ワルモノ

亜衣藍

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   ◇

 この平成元年は、西暦1989年である。

 この頃は、まだまだポケベルが主流であった。

 携帯電話が花開いたのは、90年代後半になってからである。

 91年、NTTがムーバを発表し、携帯電話は230gにまで軽量化され、それまでショルダーフォンと呼ばれていたバカでかい携帯電話から、ようやく現代の携帯電話の形に近づくのだ。

 しかし90年代半ばまでは、圧倒的なポケベル時代。

 携帯電話自体は、多くの人々にとってまだまだ遠い存在だった。

 というのも、94年まで携帯電話の端末はレンタル制であり、携帯電話が勢いよく普及し始めたのは、今のような端末買い取り制が始まってからだったのだ。

   ◇

「じゃあ、頼んだぞ! 」

 そう言うと、兄貴分は慌てた様子で車庫へ向かった。

 事情を聞いたらしく、他にも何人かが、バイクで急いで出ていく。

 それを見送りながら、碇はさすがに困っていた。

 今日は、兄貴分も幹部たちも、一切が出払っている。

 つまり、上野本家から来た客人たちを持成すような身分の人間が、この屋敷から全員留守となったのだ。

 言い返せば、最早、上野本家に対して気を遣うような雰囲気に無いということなのであろうが。

 それにしても、関西との繋がりを察知されるのがマズイらしいというのは分かったが、それで全員が出払うというのはどうなんだろう?

 頭が悪いにも程がある。

 それとも、他に何か理由があるのか? 

「――屋敷はデカいが、新しい親分さんは何だか……上野の大親分とは全然違うみたいだな」

 秘密主義だか何だか知らないが、人身御供を用意したり、それまでの御法度を破ったり。

 どうにも、好きになれそうにない。

 碇は苦虫を噛み潰したような顔になりながら、客人を通した応接間へ向かった。

 だが、そこで碇は、またもや困惑する事態に陥る。

 なんと、仲間と一緒に茶を人数分用意して、慣れない手つきでそれを応接間へ運ぼうと、渡り廊下を歩いていた途上で、あの一団と出会ったのだ。

「あ、の……」

 戸惑い、口を開いた碇に、一人が邪険に手を振り払った。

「ああ、いい、いい。もうオレ達は帰るよ」

 帰ってくれるなら、手間が省けて助かる。

――――だが、しかし、おかしいではないか?

「兄さんたちは、本当にこのままお帰りでいいんですかい? 」

 念のために訊いたら、あっさりと言い返された。

「そんなこたぁ、お前に関係ない。オレ達も用事があるんだ。今日は、いったんこのまま帰らせてもらうぜ」

「そう、ですか――何のおもてなしも出来ねぇで、すいません。兄貴や親分たちも、ちょうど出払っていまして……」

「いいってことよ。竜真の野郎も跡目襲名して忙しいんだろう? 」

「へぇ……」

 訝しみながらも、碇は他の仲間たちと頭を下げ、大人しくそのまま一団を見送った。

 男たちの真の目的が、この、迷路のように増築した屋敷の構造を詳細に知る事と、あの風呂敷包みを仕掛ける為だったのだと気づいたのは、もう少し後であった。

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