ワルモノ

亜衣藍

文字の大きさ
上 下
32 / 47
7

7-12

しおりを挟む
 聖の事情を察し、相手はますます同情したらしい。

 今時、こんな義理人情で動く人間は珍しい。

 どいつもこいつも、バブル景気に浮かれて金儲けに走り、昔の任侠映画のような世界は遠い話になっている。ここ最近の男の仕事は、もっぱら土地転がしの為に地権者を脅して賺して、札束をチラつかせて土地を買い漁る事ばかりだ。

 極道も、しょせんは金儲け主義の外道に成り下がってしまったと、男は、かつて憧れていた世界の凋落ぶりに落胆していた。

 だが、ここに奇跡があった。

 恩のある親分の為に、身を挺して、意に添わぬ仕打ちに耐え続けている健気な極道がまだ存在していたのかと。

――――しかし、これが任侠映画のように、腹マイトで単騎敵陣に乗り込んで華々しく散るならともかく、変態野郎の玩具にされるのをひたすら我慢しなけりゃならない極道なんて、それこそ浮かばれない。

 しかも、この子はどう見てもまだ十代の少年だ。


 それで、この覚悟。凛として美しい、極道の鏡だ。


 心底、本気で惚れてしまう。

『分かった。オレは、上野の本家にはツテがある。ひとっ走りして、信頼できる兄貴分にオレから相談するよ』

「えっ! でも、そうしたら正弘親分が危険に――」

『大丈夫だ。正弘親分だって、何度も修羅場をくぐってんだぜ? あのお人が、手前の手下を人質に取られているって知ったら鬼になるぜ。鉄砲玉なんざ、間違いなくとっ捕まって返り討ちになるさ』

「でも……」

『親分の警護は必ず厳重になるはずだ。竜真の息の掛かったヤツなんざすぐに炙り出されるだろう。絶対に、上手くやるよ』

 その頼もしい言葉に、ようやく聖はホッと胸を撫で下ろした。

「助かる、恩に着るよ」

『ああ。その、明日まで――頑張れるか? 』

 それは……難しい。

 だが、聖は青ざめた顔のまま、微笑みを浮かべた。

「大丈夫だ」

『そうか――その、オレの名前は真壁まかべとおるってんだ。ここを出たら、オレと仲良くしてくんねぇか? 』

「勿論だ。上手くいけば、あんたはオレの命の恩人だ」



 若干、意思の疎通がずれていたが、聖はそれに気付かぬまま大きく頷いた。


しおりを挟む

処理中です...