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しおりを挟む黒塗りの高級車が、浅草の屋敷に戻ってきたのは夕刻に入ってからだった。
渋滞に嵌まり込み、思いのほか帰宅に時間が掛かってしまった。
主の帰りに、しかしいつもは、もっと大勢で頭を下げて出迎えるはずなのに、何故だか人が少ない。
「おい、帰ったぞ! 」
「へ、へいっ! 」
バタバタと出迎えに現れた連中を睥睨し、竜真は一喝する。
「何やってんだ!! 他の連中はどこ行きやがった! 」
「べ、ベルを持ってる奴らに、すぐに帰るよう連絡入れます。その、昼をちょいと過ぎた辺りに上野本家からお客人が来まして――そちらさんと東堂さんが鉢合わせしたらマズイってんで、親分に知らせようと、泡を食ってみんな出かけたんです」
「阿呆っ!! そっから何時間経っていると思ってんだ! 」
「すいません! 」
平身低頭になる手下を足蹴にして、竜真は屋敷の中へ足を踏み入れる。
数人の職人たちが、恐ろし気にそれを見送った。
次に車から現れた男が目に入り、またまた職人たちは気味が悪いものを見る顔になって、眉をひそめる。
後部座席から姿を現した男は、身なりはどこぞの庁舎に勤めているように大変良いが、如何せん、目が普通ではない。
かなり、イッている。
一人で何やら妄想に耽っているのか、フッフッフと時折笑いながら、屋敷奥へ消えていった。
金払いはいいのでつい引き受けてしまったが、こんな屋敷の仕事なんざとっとと終わらせて、早く手を切りたいと、その場にいた全員が思った。
◇
「東堂さん、ご夕食も用意できてますが」
「ああ、いい、いい。私は結構ですよ」
そう言うと、東堂は一刻も早く奥の離れへ行こうと、ソワソワと目線を泳がせた。
そんな東堂を焦らすように、竜真は鷹揚に笑いかける。
「まぁまぁ、そう言わずに。今日は川岸でいい肴が手に入ったんですよ。ウチの料理長が腕を振るって用意しています。せめて一献、どうです」
「ああ、そうですか? それなら、私はあの子と一緒したいですね」
「酒をですか?いや、どうでしょう……案外真面目なヤツですから、飲んだことはないと思いますが? そんな事より、長いこと車内にいて、疲れたでしょう。さぁ、こちらへどうぞ」
巧みに、竜真は東堂を宴席へ誘う。
だが、東堂は限界だった。
これ以上竜真と言葉の駆け引きをする気はないのか、憤然と口を開く。
「結構です。それより私はね、あの子と遊びたいんです。もっとハッキリと言うと、あの子を、大阪に連れて帰りたいんですよ。そして私のマンションに囲って、毎日とことん骨の髄までしゃぶり上げて可愛がりたいんです。しかし竜真さんが、あの子で遊ぶのは、私がここにいる間だけと言うから、仕方なしに私は一ヵ月も東京で、足止め状態になってしまったんだ。これはね、結構マズイんですよ」
「ほぉ? と言うと? 」
「まったく、分かっているクセに――」
恨みがましい顔になり、東堂はしばし竜真を睨み付ける。
だが、相手は鷹揚とした態度を崩さず、東堂の次のリアクションを悠然と待ち構えている。
睨み合うこと、数分。
溜め息をつき、東堂は仕方なしに口を開いた。
「――はいはい、私の降参ですよ。ここ関東での取引に関しては、完全に天黄組……つまり、新組長の竜真さんに委託する事にしましょう。こちらはクスリを横流しするまでで手を引きます。アガリは3:7。それでよろしいんでしょう? 」
――――よし、やっとその言葉を引き出せた!
竜真は内心で喝采を上げ、ニヤリと笑った。
「ありがたいです。週末の盃固めの時に、必ずその件は、念書をお願いしますよ」
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