ナラズモノ

亜衣藍

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(でも、いいんだ……一番は、この心にある人に捧げられたんだから)

 そして、今は。

 八年前に撮った、小さな男の子が写った写真をそっと取り出し、聖は微笑んでいた。

 この写真に写る可愛らしい子供が、聖の息子であるユウだ。



 写真を撮ってから八年の時が経ち、今、ユウは十五歳になる。

 ユウの親権を巡って、八年前の当時は畠山の家と密かに争った。

『中学の時、担任だった畠山裕子さんと関係を持った、御堂聖です』

 それを告げると、裕子の両親は目に見えて顔色を変えた。

 そして聖は、土下座をしてその両親に頼み込んだ。

 畠山ユウは、聖の実子であるのは間違いないのだから、自分の戸籍へ入れさせてくれと。

 納得できないならば、DNA鑑定も辞さないと。

 だが、ネグレストの子供を極道が救った事が珍しかったのだろう、これがどこからか漏れてしまい、週刊誌に嗅ぎ付けられ、最悪な事に、

【母親に捨てられた可哀想な子供を救ったのは、なんとヤクザだった! ヤクザよりも怖いのは恋に狂った母親か!? 】

 と、報道されてしまった。

 多分、田舎の畠山の家にまでリポーターが押し掛けたのだろう。

 何より世間体を気にする畠山の家は、早々にこの騒動に幕引きを図りたいと考え、まだ首の傷も完治していないユウを、強引に連れ去るように引き取ってしまった。

 子供を渡してくれと訴える聖の訴えを頑として聞かず、岩手の実家へと、強引にユウを連れて行ってしまったのだ。

 それが、孫に対する愛情からではなく、ただただ体裁を気にしての行動だと知った聖は、何度も裁判で親権を争おうとした。

――――だが、考えてみろ。自分は何者だと。

 極道であり、ヤクザだ。

 敵も多く、とても子供など、こんな環境では満足に守ることも難しい。

 今は己の身でさえ、満足に守れていないのだから。

 弁護士を立てて公に訴えたいと、何度もそう思いながら、聖は実行に移せずに随分と苦悩した。

 そして悩んだ末に、密かにこの事を正弘に打ち明けた。

 正弘は真剣な顔で聖の話を聞くと、嘆息しながらこう言った。

「おめぇは、その子と真っ当に生きていくなら、まずは極道を辞めなきゃなんねぇ」

 尤もな言葉に、聖はうなだれた。

「はい……」

「だが、ヤクザってのはなぁー―なるのは簡単でも、抜けるのは大変なんだ。深くこの世界に係わりすぎちまった今の状況では――そう易々と行かないかもなぁ……青菱の連中も、案の定おめぇに色込みで目を付けていやがる。昔のように、オレの力がもっと強かったら……」

 苦し気に溜め息をつき、正弘はそれでも、聖を安心させるように言った。

「……もうしばらく、様子を見て大人しくしていろや。オレが何とか、青菱に顔が立つような――縁のある家極道一家に根回しをしてやるからよぉ」

 そう、言ってくれた。

 だが、それがかなり難しいことを、誰よりも聖は知っていた。

 正弘を、天黄組を、今以上に厳しい立場に追い込んではならない。

 青菱には、関西の橋本会とのいざこざで大きな借りがあり、天黄組は安泰と言える状況ではなかった。

 多額の上納金を収めるために、上野にあった土地の幾つかを引き払ったのだから。

 そして、聖自身も、何度も己の身体を犠牲にしなければならなかった。

 盃事を執り行い、極道になった以上、青菱に命令されれば否とは言えない。

 それがこの世界のおきてだ。

 そうと知っていて極道になったのだから、東堂の一件と違い、もう逃れることなどできない。

 腹なら、決まっていた。

 一番は、心にある人で叶ったのだから、もういいのだと。

 それでも日々、聖の身体をおもんばかって少しでも庇おうとしてくれている正弘を、これ以上苦境に立たせてはダメだ。

 だから、散々悩んで考えて――――あの、新年の会合の席で宣言したのだ。

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