インチキで破廉恥で、途方もなく純情。

亜衣藍

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 奏は青ざめたまま、椅子に腰を下ろしてからも、ずっと小さく震えている。

 眼前には、美味しそうな料理が並べられるが、全く食欲はない。

 今のこの状況を思うと、とても物を食べる気にはなれない。

 どうやら、自分はこの馬淵へとせられる事になったらしい。

 しかし、馬淵は――……。

 チラリと見ると、馬淵はその視線に気付いた様子もなく、機嫌のいい様子でワインを口にしている。

(間違いない、この人は……)

――――この男は、アルファではない。

……ベータだ……。

 このベータの男と、正嘉の代わりにつがいになれというのか?

「お、お父さま、お母さま――あの……」

「なんだ? 」

「……笙と、篠笛は……」

「ああ、あの子たちはサークルの合宿でそれぞれ外出しているんだ。それがどうかしたか? 」

「そう――ですか……」

 どうやら、期待していた兄弟との再会も流れたらしい。

 正嘉とも会えず、兄弟とも会えない。

 両親には会えたが、それも期待した展開とは大きく異なった。

 両親の様子からして、青柳正嘉と奏の婚約は、間違いなく破談になったようだ。

 察するに――――奏が、青柳の家を逃げ出したのを口実に、向こうから婚約破棄を申し渡されたのだろう。

 しかし、どうにかしてオメガの奏を高く売れないものかと、懲りずに両親は奏の嫁ぎ先を探したのではなかろうか?

 大方、この馬淵はベータではあるが、かなり裕福な男なのだろう。

 馬淵と結城。

 そのどちらから言い出したかは分からないが、結城家への援助を条件に、奏を番に差し出す事となったか。

 放漫経営で毎度のように資金難に陥る結城家にとって、それは渡りに船だったろう。

 男ではあるが、奏は間違いなく優秀な頭脳を持ったオメガだ。

 もしも腹に子を宿せば、高い確率で、優秀な子供が産まれる。

 そこをセールスポイントにして、この馬淵へと奏を売りつけたのだろう。

(僕は……物なんかじゃない……)

 奏は、そっとカトラリーに手を伸ばすと、小さく声を漏らす。

「お父さま、お母さま。申し訳ありませんが……食事が終わりましたら、僕は一度大学の方に顔を出さないといけないので、ここで失礼致します」

「なに? 」

「地下鉄を使うので、お気遣いは結構です」

 しかし、これに馬淵は不機嫌そうな声を上げた。

「おいおい、オレはここに部屋を用意しているんだぞ」

「? 」

「それとも、勿体つけて更に金を引き出す作戦か? 」

 その不快そうな声に、父親は慌てて言葉を返す。

「いいえ! そんな、滅相もない。どうぞ、今日はこのまま奏とお泊り下さい」

 父親のセリフに、奏は愕然とする。

「え……? お父さま? 」

「ホホホ、この子ったら、本当に世間知らずで――ごめんなさいね、馬淵さん」

 信じられない母親の追従に、奏の顔はますます蒼白になった。

 何という事だろう。

 自分は、このまま売り渡されてしまうのか?

 この、さっき会ったばかりの、全然知らないベータの男に?

(嫌だ! そんなの絶対に、嫌だ!! )

 テーブルには、馬淵と結城の両親と、奏の四人が着席している。

 馬淵の連れの男二人はボディーガードであったのか、着席せずに、少し離れた所に待機して辺りの様子を窺っている。

 奏はそれを確認すると、レストランからの退路を一瞬で考えた。

 エレベーターは、呼んですぐ来るとは限らない。

 ならば、階段を使うのが良い。

 階段は、化粧室の奥の方にあるようだ。Stairsと、表示が見える。

「――すみません、少し席を外します」

「なに? 」

「その、食事中ですが……ちょっと、ここに来るまで我慢していたので……」

 そう呟き、もじもじと化粧室の方を見ると、馬淵は納得したようだ。

「ふんっ」

 馬淵は、婚約者に向けるとは思えない尊大な態度のままで、顎をしゃくった。

 行って来いと言う事だろう。

 カバンをクロークに預けたままだったので、まさか奏が逃走しようと考えているとは思わなかったらしい。

 奏は静かに席を立つと、化粧室へと消えた。

 それから10分後。

「大変です、馬淵さん! あのオメガ野郎が消えました!! 」

「なにっ!? 」

 ボディーガードの声に、馬淵は怒りの形相になった。

 それは、奏の肉親である父親と母親も、全く同じであった。


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