インチキで破廉恥で、途方もなく純情。

亜衣藍

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「お前に話がある」

「丁度良かった。僕も、あなたにお話があったんです」

 そう言うと、奏と馬淵は、お互いに牽制し合うような視線を向けた。

 奏に発情期のサイクルが訪れたので、こうして久しぶりの対面となった次第である。

「――その首輪は苦しくないのか? 」

「それをあなたに言ってどうするんです? 」

 ニコリともせずに、奏は冷たく返した。

   ◇

 普段は、奏達オメガは首を隠さない。

 首飾りを付けるのは、発情期の期間中だけである。

 不用意にオメガが首を噛まれて『番』とされないように、そう法令化されているからであるが……これはオメガを護るというよりも、オメガの発情ヒートフェロモンに触発されて、アルファやベータが『不本意な番契約』を結んでしまい、その後損害を受けない為の意味合いの方が強い。

 何だかんだと綺麗ごとを言うが、いつだって世間はアルファとベータこそを保護しようとしている。

 ま、今に始まった事ではないから、それはもうどうでもいい事だが。

(七海先輩――でも、あなたの件に関してだけは……僕は、絶対にあいつを許せない)

 先日、お見舞いで訪れた病院で、偶然に、大学の理事である九条に遭遇した。

 そこで奏は、ここに至るまでの七海の苦悩を、九条へと吐露した。

 九条は、その真相に何か強く感じ取ったらしいが――でも結局、そこまでだった。

 やはり七海を襲った犯人捜査は迷宮入りのまま、一向に進展していない。

(七海先輩を愛していたと言うなら、どうして憎い犯人である筈の息子を庇うんだ。結局、どいつもこいつもアルファの言う事は嘘だらけの口ばっかりだ)

 つい期待して、七海の身体の、本当の状態を話してしまった。

 頭脳明晰で才能に溢れ、それ故未来を失った七海。

 優しくて、思いやりがあって、可哀想な七海。

 目を覚ますまで、傍にいて――ずっと、その手を握っていてほしいと思ってしまった。

 だが、現状は変わらなかった。

 今も七海は一人で、病院で眠り続けている。隣には伴侶などいない。

 あんなヤツに、真実など教えるべきではなかった――――そう奏は後悔している。

 きっと、七海が若かりし頃、求婚を受け入れなかった事を…………今更ながら、あいつは心底安堵しているのに違いない。

 七海と番にならなくて、本当に良かったと!

   ◇

「――――聞いているのか? 」

 ハッとして、奏は顔を上げた。

 目の前には、苛立った様子の馬淵が座っている。

「……聞いてますよ」

 確か、首輪は苦しくないのかとか、そんなどうでもいい事を言っていたな。

 フンっと笑い、奏は口を開く。

「僕の事はどうでもいいでしょう? あなたには関係のない話だ」

 コーヒーに口を付けながら、そう返す。

 ここは、奏の発情期の間だけ利用しているホテルの、ロビーラウンジだ。

 ホテルのスタッフも、この奇妙なカップルの事情を何となく察しているのか、最近は甘い雰囲気づくりに気を遣って、部屋にアロマキャンドルが用意されていたり、ムーディーな間接照明が設置されていたり、それとなくローションが置かれていたりする。

 奏が馬淵と、関係を持つことになった5年前に、如何にもヤルだけといった風のラブホテルだけは嫌だと言ったので、ここはごく普通のホテルであるのだが……。

(距離が丁度いいからって、ここを定宿にしたのは間違いだったな)

 苦々しく思い、奏は眉間にシワを寄せる。

――――変な気を遣われるなんて最悪だ。

 どうせ、どいつもこいつもオメガの男体なんて……と、嘲笑っているくせに。

 そんな内心を、そのまま表情に出しながら、奏は馬淵を見る。


「……お話があると言いましたね? 僕から先に話しますか? それとも、あなたから? 」

「お前からで構わん」

「そうですか」

 一つ息を吐き、奏は口を開いた。

「それでは言わせて頂きます。僕達の、この不毛な関係は、もう終わらせましょう」

「っ!? 」

 当然予測していたと思っていたのだが、馬淵には意外なセリフであったようだ。

「ど――どうしてだ? 」

 そう、少し震える声で訊き返してきた。

(何をバカな事を言っているんだ――)

 奏はそう思いながら、嘆息する。

「だって、あなたとセックスするようになって5年ですよ? 今まで律儀に発情期に合わせてヤッてるのに、僕の身体には一向に妊娠の兆候はありません。これって、もう何回ヤッても無駄という事でしょう? 」

「……」

「相性のいい組み合わせなら、たとえオメガの男体でも妊娠している筈だ。でも、生憎僕らの相性は合わなかったらしい」

「だが――」

「馬淵さん、当然あなたもそう思っている筈だ。忙しい商談の最中わざわざ時間を取って、僕の為にセックスするのは苦痛だと、何度も愚痴を言っていたじゃないですか」

 それが馬淵の矜持だとは察していたが、言われた方は傷付くし心が冷える。

 奏は馬淵との行為のたびに、愛ではなく虚無感を募らせていった。

――――そう、憎悪ではなく、本当に虚無だ。

 馬淵には愛情も無ければ、正嘉に対するような憎悪も感じない。

――――何の興味も湧かない。

 ペットに褒美でもやるつもりなのか、時折、馬淵は奏へと比較的高価なプレゼントを贈る時もあったが、それらも全て手も付けずに包装されたまま放置している。

 馬淵が自分の為に何を買ったかとか、そういう興味も、奏には一切ない。

 今日は、それら全てを袋に入れて、返却するつもりで持ってきた。

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