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しおりを挟む奏は、アパートや研究所へは戻らずに、違う場所を目指して歩いていた。
向かう先は、七海達樹が入院している病院である。
未だ昏睡状態で目覚めない七海ではあるが、何となくその顔が見たくなった。
そして、たとえ答えが返ってこなくても――――七海に、話を聞いてほしいと思った。
(僕は、これからどうしたらいいんだろう…………)
馬淵栄太からの、手紙を読んでみた。
そこには、謝罪と苦悩が綿々と書き綴ってあった。
一度目は、謝罪と愛の告白が。
二度目には、発情期以外でのデートの誘いが。
三度目には、再び謝罪と……話を聞いてくれないかという懇願が。
四度目には、少々の恨み言と愛の言葉が。
五度目には――――…………ひたすらに、愛が。
(僕は……でも、僕は――)
未だに、正嘉を忘れていない。
あんなに手酷く見捨てられたのに、まだ想いが彼に残っている。
――――だって、あの人が…………運命の番、魂の番なんだもの…………。
だがしかし、そう直感したのは奏だけで。
どんなに待ち焦がれても、正嘉は奏を迎えには来てくれない。
ましてや、愛しているなんて…………言われてもいない。
(滑稽なピエロだな、僕は――――正嘉さまからは、罵倒の言葉しか聞いていないのに)
奏は自嘲気に笑いながら、トボトボと歩き続ける。
――――いったい、七海ならどう言うだろうか?
どう言ってくれただろうか?
眠りに就いたままの今の七海が、何も言わないのは分かっているが、それでも……奏は、話を聞いてほしいと思う。
いつも、正しい事を目指して行動し、実行した七海。
頼もしい、奏の兄貴分のようだった、気高い七海。
奏は、七海の事が大好きだった。
(七海先輩――――僕は、どうしたらいいんでしょう? )
返事がかえってこない事は重々承知しているが、話だけでも聞いてほしい。
奏は、いつものように面会者申請をして、馴染みの看護師に挨拶をしてから、七海の個室を訪れた。
しかし、先客がいたらしい。
「あ――――ヤン助教……? 」
手を上げて声を掛けようと思ったが、何やら様子がおかしい事に気付き、その手を止める。
(ヤン助教? )
楊浩然は、七海が大学にいた時から、ずっと七海の助手をしていた人物だ。
七海や奏と同じく、オメガであり、七海の二十年来の友人でもある。
しかし、華やかで美しく、尚且つずば抜けて頭脳明晰であった七海に比べ、どうしてもヤンは影の薄い人物だと人の目には映った。
ヤンは、成績もそれなりに優秀で整った容姿をしてはいたが、如何せん、眩しい太陽のような七海が全てを攫って行くので、必然的に影は薄くなりがちだった。
七海が暴漢に遭い、こうして長い眠りに就かなければ、表舞台には決して出る事はなかったであろう人物である。
そのヤンとは、七海が入院してから、こうしてこの病室で頻繁に会うようになった。
それまでは、同じA大学に居ながら、あまり顔を合わせなかったが――――。
(ん? もう一人いる? )
その事に気付き、奏の顔が曇る。
――――あれは、九条理事長じゃないのか?
逆光の所為か、七海の病室にいる二人には、奏の姿は視認されていないらしい。
いったいどういう経緯があって、本来なら犬猿の仲である筈のこの二人が?
――――だって、そうだろう? 七海を含め、こっちは全員がオメガだ。対して九条は、七海を襲った犯人である息子を庇い続ける、イケ好かないアルファだ――――
それがなんで、七海を挟んで見つめ合っているのか。
――――そう、随分と険悪な様子で、ヤンと九条は見つめ合うどころか睨み合っているのだ。
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