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(どうしたんだ!? 何をしている? )

 ただ事でない様子に、奏は息を潜めながら静かに近付き、そっと聞き耳を立てる。

 すると…………。

「何度も言うが、決して七海に危害を加えるな! 」

 そのセリフは、何と九条の口から飛び出した。

 驚いて、奏は思わず自分の口を押える。

(えっ!? どういうことだ!? )

「何もしやしませんよ。あなたこそ、いい加減に私を脅し続けるの、止めてくれませんか? 」

「脅す、だと? 」

「だって、そうでしょう? 防犯カメラの映像、そのデータを抑えていると言われちゃあ、私も安心して眠れませんよ」

 そう言うと、ヤンは――――奏が知らない顔になって、微笑んだ。

 それは、まるで悪魔のような笑みだった。

(えっ!? どういう意味だ? )

 ヤンのセリフが耳に入り、奏の頭の中は真っ白になる。

 ヤンは、言葉数は少ないが、優しくて頼りになるA大助教授の筈だ。

 今まで、眠ってしまった七海の代わりに、何度も相談に乗ってもらっている。

 そうだ――――親身になって、ヤンは奏の話を聞いてくれた……。


 しかし言い換えれば、ヤンは、七海が眠りに就かなければ、本来なら奏と接点のない人物だった。


(まさか――ヤン助教!? )

 恐ろしい考えが浮かび、奏の顔はサッと青ざめる。

 そして、その考えが正しいと証明するように、ヤンは再び口を開いた。

「あなたには、分からないでしょう? 同じオメガで、同い年の幼馴染で、共に同じ大学、同じ専攻。でも、常に人の目を引いてチヤホヤされるのは決まってコイツ・・・だ」
 したたる毒のような言葉を吐き、ヤンは暗い声で告げる。

「羨ましいを通り越して、私がコイツに、憎しみを募らせるのは当たり前だと思いませんか? 」

「――しかし、七海はお前の事を親友だと信じていた」

「ふんっ! コイツはね……人は全員、自分の事を好意的に思っていると信じていた、とんでもないお人よしなんだ。だから、私も当然自分の事は好意的に思っていると、疑いもしなかったんだよ。本当にムカつく」

 ヤンはそう吐き捨てると、九条を睨み付ける。

「あなたもですよ。私はあなたと番いたいと、何度も言いましたよね? 」

「……ああ」

「だけど! あなたもコイツの方しか見ていなくて――不公平だとは思いませんか!? 何もかも、コイツばかりが――――!!」

 同じオメガの男体だというのに、こんなにも天と地で扱いが違う。

 ヤンは、呪いの言葉を吐き続ける。

「しかもこいつは、オメガの死病を防ぐワクチンまで開発して! 同族のオメガからも尊敬されるわ、国からも表彰されるわ――――でも、オメガ黄金期を過ぎたなら、私と同じレベルまで世間の扱いも下がると思っていたのに!」

 案に反し、七海はオメガ国立研究所へヘッドハンティングが決まり、あっさりと大学から去るという。

 七海達樹の名は、決して墜ちないし傷もつかない。

 相変わらず、大学の生徒からは慕われて人気があり、オメガ同族からは羨望と尊敬を集めている。

 全部全部、ヤンが昔から手にしたかったものだ。

 でも、それらは全て七海が攫って行く。

 運命に選ばれるのは、いつも七海だ。

 好きな人も――――。

「だから、暴漢を雇って、大学に一人で居たこいつを狙わさせたんだ。ぐちゃぐちゃにレイプしてぶっ殺せって。でも、コイツはしぶとく生きてやがる……しかし笑わせますよね? こいつ、とっくに身体はボロボロだったんですよ? 」

「――」


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