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しおりを挟むその日――――奏は、嬉しい事と悪い事、二つを味わう事となった。
まず最初は、嬉しい事が分かった。
場所は、国立生化学研究所内、オメガ症免疫研究室である。
そこで、嬉しい一報がもたらされた。
「No.5―3試作品、これはかなり期待できるデータです! 実験動物全ての結果が8割強と出ました。経過観察も良好で後遺症は見当たりません。これを基にして申請し、ヒトに対する臨床実験の許可も近く下りる見通しです」
その報告に、居合わせた研究員たちは全員が歓喜に沸いた。
最初は、七海が研究していたアレルゲン免疫療法からスタートした治療法であるが、奏達はそこから更に進化させ、オメガの持つ免疫本体に作用する新薬を開発させようと日々奮闘していた。
これさえ完成すれば、アルファフェロモンにはオメガは感染しないし、もうヒートを発症しない。
それがようやく、形になりつつある!
「――――臨床実験、最速でいつからになりそうですか? 」
奏の問いに、メンバーの一人が答えた。
「ええと、厚生省からも出来るだけ早期に通すという返答はもらっていますが……順調に行って、八か月程先ですかね」
臨床実験の次にそのデータを集め、解析して、更に実用化は数年先となる。
(実用化は早くても、2年……か――――)
そう計算したところで、奏は意を決して口を開いた。
「リーダーの僕がNo.5―3被験者となって、先行してある程度のデータを集積します。そうしたら、幾らかは実用化も早まるでしょう」
「えっ!? 」
奏のセリフに、その場に居た全員が驚いた。
彼らの尊敬する七海達樹は、それを同じ事を自らの身体に繰り返して、オメガの死病と恐れられた感染症を防ぐワクチンを開発したが。
その結果自分の身体を壊してしまい、子を身籠る事も不可能になってしまった。
そして、長くは生きられない身となってしまい…………現在は、それとは別件の暴行事件によって、意識不明のまま長い眠りに就いている。
しかしとにかく、自分の身体を実験台にするにはリスクが大きいというのは、奏が誰よりも知っている筈だ。
「だ、ダメだ!! 結城は、七海先生と同じ轍を踏みたいのか! 」
当然の用に、仲間達は反対の言葉を口にした。
だがこれに、奏は苦笑を返す。
「――――大丈夫だよ。七海先輩の時と違って、今回の新薬は後遺症を発症していないのは確認済みじゃないか」
「実験動物と、ヒトは違う! 」
「そ、そうだよ。もっとデータを集める必要だって……」
そう言い募る仲間に、奏は言う。
「皆の気持ちは嬉しいけど、どっちにしろヒトで臨床実験は必ずするんだ。それなら、僕がまずは第一号になるというだけさ。それに僕なら、何の遠慮も要らないよ? 朝昼晩、常に付きっ切りでデータを取れる。これ程、被験者にピッタリのヤツはいないと思うよ」
出来るだけ明るく言うと、奏はニッコリと微笑んだ。
「――――さ、それじゃあ、完成したばかりの僕達の夢。No.5―3を用意してください。抗原抗体反応の経過は、一番確認しないとね」
「結城――」
尚も心配顔の研究員たちに、奏はもう一度、安心させるように笑った。
◇
九条からの報告を受け、その時の奏はかなり心に余裕があった。
まず、馬淵栄太の件だ。
彼は、愛人との間に設けた子の親権をずっと争っていたが、向こう側の言い分を聞き入れて訴えを取り下げる事になったらしい。
先日、奏とのデートの途中で退席した原因は、このまま裁判を続行するか示談交渉に応じるかで、双方の弁護士と急遽話し合う事になった為のようだ。
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