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『しかし――恵美には、必ず君に謝罪させなければ……』
「本当に、もういいんです! それに、誇り高い九条家のオメガのお嬢様が、恋敵の部屋を狙って石を投げるくらいに追い詰められていた事……可哀想だと思います」
本当に心からそう思い、恵美に同情するように言うと、九条はフゥと溜め息をついた。
『――――すまない。君は本当に、心根の優しい善良な人なんだね……ありがとう……』
「いいえ、そんなっ! 」
今の奏は、栄太の愛を全身に受けているからこそ余裕があるのだ。
決してそんな、聖人君子ではない。
だが、九条は最後まで奏に感謝しながら電話を切った。
――――ここまでが、奏に起こった『嬉しい事』であったのだが……。
◇
さて、試験薬を自分の身体に注入し、変化を逐一観察する事となった奏である。
本当は栄太にも相談しなければならない所だろうが、絶対に反対されると思い、それは止める事にした。
これはオメガを救う研究であるから、奏としては何としても完遂したいところだ。
要らない事を言ってトラブルになるのは、さすがに御免だ。
(栄太さんに余計な心配はかけたくないし)
試験薬による副作用は実験動物には現れなかったのだから、これはかなり安全な薬の筈だ。ヒトに対する予定の臨床実験を先行して奏が行うだけなのだから、リスクも少ない。
それなのに『試験薬の被験者になったんですよ』と、わざわざ栄太に報告するのは、自分から揉める要素を投下するだけだろう。
奏は、次の自分の発情期を計算した。
本当に薬が効くなら――――あと約20前後に迫っている筈の発情期は、奏の身には起こらない。
発情抑制剤を服用すれば、試験薬と同様に発情期は抑えることが出来るが……実際の所、抑制剤には中毒性が高いというリスクがある。
接種過剰の中毒症状に陥り、命を失ってしまうオメガは、毎日のように発生している。
奏達が開発しようとしている新薬は、そういったリスクのない安全な薬だ。
しかも、安価を保証できる。
(黙っている事、栄太さんには悪いけれど……この薬を開発するのは七海先輩から託された大事な夢ですから。ここは僕も引けません)
発情期が来ない事を栄太が訝しがったら、その時は仕方がないから説明するかもしれないが――――それまでは、秘密にしておこう。
その代わりに、奏は、他は栄太の望むようにしてやろうと思った。
(しかし本当に、こんな短期間でマンションを用意しちゃうなんて……行動力有り過ぎだよ、栄太さん)
研究所を後にした奏は、嘆息しながら、新しい住居に足を向けた。
――――そう、なんと栄太は、一週間と経たずに研究所の近くへ、本当にマンションを買ってしまったのだ。
栄太の気持ちも汲み、今回は、奏は折れてやることにした。
アパートをシェアしていた同室の安里には、大学のオメガの後輩を紹介してやった事で、どうにか転居で揉めずに済んだが。
こちらにはこちらの事情もあるというのに、まったく、栄太には困ったものだ。
(有難迷惑って、ハッキリ言わない僕も悪いけどさ)
もしかして、これが惚れた弱みというヤツなのかな……?
そう思い、ちょっと頬を赤らめながら、奏はバックから新しい部屋の鍵を取り出そうとした。
しかし――――何か妙な気配を感じて、奏はハッと顔を上げる。
そして周囲へ視線を払った所で、その原因を知った。
「あ――――あなた、は……? 」
誰何の声を漏らしたが、答えを返されなくても分かる。
黒曜石のように輝く漆黒の瞳。黒々とした、烏の濡れ羽色の髪。白皙の面に、スッと通った鼻筋。形のいい唇。堂々とした体躯。
落ち着いた、耳によく響く麗しい美声…………。
「久しぶりだな」
「正嘉、さま……」
「本当に、もういいんです! それに、誇り高い九条家のオメガのお嬢様が、恋敵の部屋を狙って石を投げるくらいに追い詰められていた事……可哀想だと思います」
本当に心からそう思い、恵美に同情するように言うと、九条はフゥと溜め息をついた。
『――――すまない。君は本当に、心根の優しい善良な人なんだね……ありがとう……』
「いいえ、そんなっ! 」
今の奏は、栄太の愛を全身に受けているからこそ余裕があるのだ。
決してそんな、聖人君子ではない。
だが、九条は最後まで奏に感謝しながら電話を切った。
――――ここまでが、奏に起こった『嬉しい事』であったのだが……。
◇
さて、試験薬を自分の身体に注入し、変化を逐一観察する事となった奏である。
本当は栄太にも相談しなければならない所だろうが、絶対に反対されると思い、それは止める事にした。
これはオメガを救う研究であるから、奏としては何としても完遂したいところだ。
要らない事を言ってトラブルになるのは、さすがに御免だ。
(栄太さんに余計な心配はかけたくないし)
試験薬による副作用は実験動物には現れなかったのだから、これはかなり安全な薬の筈だ。ヒトに対する予定の臨床実験を先行して奏が行うだけなのだから、リスクも少ない。
それなのに『試験薬の被験者になったんですよ』と、わざわざ栄太に報告するのは、自分から揉める要素を投下するだけだろう。
奏は、次の自分の発情期を計算した。
本当に薬が効くなら――――あと約20前後に迫っている筈の発情期は、奏の身には起こらない。
発情抑制剤を服用すれば、試験薬と同様に発情期は抑えることが出来るが……実際の所、抑制剤には中毒性が高いというリスクがある。
接種過剰の中毒症状に陥り、命を失ってしまうオメガは、毎日のように発生している。
奏達が開発しようとしている新薬は、そういったリスクのない安全な薬だ。
しかも、安価を保証できる。
(黙っている事、栄太さんには悪いけれど……この薬を開発するのは七海先輩から託された大事な夢ですから。ここは僕も引けません)
発情期が来ない事を栄太が訝しがったら、その時は仕方がないから説明するかもしれないが――――それまでは、秘密にしておこう。
その代わりに、奏は、他は栄太の望むようにしてやろうと思った。
(しかし本当に、こんな短期間でマンションを用意しちゃうなんて……行動力有り過ぎだよ、栄太さん)
研究所を後にした奏は、嘆息しながら、新しい住居に足を向けた。
――――そう、なんと栄太は、一週間と経たずに研究所の近くへ、本当にマンションを買ってしまったのだ。
栄太の気持ちも汲み、今回は、奏は折れてやることにした。
アパートをシェアしていた同室の安里には、大学のオメガの後輩を紹介してやった事で、どうにか転居で揉めずに済んだが。
こちらにはこちらの事情もあるというのに、まったく、栄太には困ったものだ。
(有難迷惑って、ハッキリ言わない僕も悪いけどさ)
もしかして、これが惚れた弱みというヤツなのかな……?
そう思い、ちょっと頬を赤らめながら、奏はバックから新しい部屋の鍵を取り出そうとした。
しかし――――何か妙な気配を感じて、奏はハッと顔を上げる。
そして周囲へ視線を払った所で、その原因を知った。
「あ――――あなた、は……? 」
誰何の声を漏らしたが、答えを返されなくても分かる。
黒曜石のように輝く漆黒の瞳。黒々とした、烏の濡れ羽色の髪。白皙の面に、スッと通った鼻筋。形のいい唇。堂々とした体躯。
落ち着いた、耳によく響く麗しい美声…………。
「久しぶりだな」
「正嘉、さま……」
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