インチキで破廉恥で、途方もなく純情。

亜衣藍

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 ドクン、と、鼓動が跳ねた。

 そして、背中を冷や汗がつと流れる。

 正嘉を目の当たりにして、奏は、蛇に睨まれたカエルのように硬直した。

 青ざめたまま無言になる奏へ、正嘉は一歩二歩と近寄り、その眼前へ立つ。

 まだ20歳の若者なのに、正嘉から漂うのは、言い様の無いブルーブラッドの圧倒的な雰囲気と風格だ。

 一目見て、誰もが思うだろう。

 ああ、彼こそは間違いなくアルファであろうと。

(どうして、今になって……? )

 ようやく忘れようとしていたのに――――。

 立ち尽くす奏を見下ろしながら、正嘉は静かに微笑んだ。

「――――どうした? わざわざこちらから来てやったというのに」

 この言葉に、まるで呪縛されたように、奏の身体はますます強張る。

 そんな無言の奏をどう思ったか、正嘉はその小さな顎へ手を掛けると、グイッと奏の顔を覗き込んだ。

「……ふん……オメガはあまり外見が変わらないんだな? お前、本当にオレより十も年上なのか? 」

「……何の、御用ですか? 」

 そこで奏は、ようよう声を絞り出した。

 自分は、以前のように、阿呆のように運命を信じていた馬鹿者ではない。

 もう、運命だの魂だの、そんなものは封印した筈だ。

 それでも、どうしても脳裏に浮かんでくる、正嘉に対する切ない慕情は――――栄太を選ぶことで、もう見切りを付けようとしていた筈だ。

 ああ、しかし!

 正嘉を認識してから、頭の中では、ガンガンと鐘が鳴り響いている気分だ。

 運命だ! 彼こそが、紛う事なき魂の番だと!!

――――だが、それがどうしたっ!

「き、気安く、僕に触れないでください!! 」

 奏はそう言うと、顎に掛かっていた手をパシッと叩いた。

 この反応は、相手にとっては少々意外だったらしい。

 正嘉は軽く目を見開き、次に眉間へシワを寄せる。

「どうした? わざわざ来てやったのに、嬉しくないのか? 」

「――――嬉しくないか、ですって!? 」

 奏はそう吐き捨てる様に言うと、目に力を込めてキッと相手を睨んだ。

「あなたは、僕にとって最早ただの他人です。……要件が無いのであれば、失礼します」

 そう言い、正嘉ヘ背中を向けてマンションへ足を向けようとするが、

「要件なら、ある」

 正嘉はそう告げると、立ち去ろうとしていた奏の肩へ手を掛けた。

「やはり、お前だ。間違いない」

「何の事ですか? 」

 意味が分からずそう訊き返すと、正嘉はニヤリと笑った。

 その笑顔が――堪らないほどに魅力的に見えてしまい、奏は愕然とする。

(あんなに徹底的に罵倒され、とことん無視されて非情に追い出されたのに、どうして僕は……)

 正嘉の顔を見ると頬が熱くなり、その声を聴くと、また胸がドクンと高鳴る。


 その広い腕の中へ飛び込み、厚い胸に甘え、大きな背中へ手を回したい――――。


 だが、それを全て頭から追い出すように、奏は大きく深呼吸をした。

 そうして努めて冷静さをキープし、出来るだけ迷惑そうな声を作って、正嘉ヘ向き直る。

「この手を離してください。そうしてから、改めてご用件を伺いましょう」

「なに? 」

「ところであなたの要件とは、急を要するお話ですか? 」

 冷静に問い質すと、やや憮然とした様子で「そうではないが」と返してきた。

 そこで奏は、深呼吸をして再び気息を正すと、声に力を込めて抗議をした。

「僕は、研究所の実験が続いて疲弊しています。昨夜も徹夜でした。なので、どうしても要件があるなら、また後日お願いします」

「っ! 」

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