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「会長……予定していた午後の視察は、村越部長に代行してもらいましょうか? 」

「なに? 」

「僭越ながら、お疲れのご様子でしたので――」

 不機嫌な様子で書類に目を通す主に気を遣い、秘書の松田が、これからのスケジュールを変更するかと声を掛ける。

「それ程重要案件でもないですし。午後は空けて、会長は20時からの……」

「いい、余計な事はするな」

「は……」

 静かだが、どこか苛立ちを含んだ声に、松田は頭を下げて粛々と自分の仕事へ戻った。

 松田が会長と呼んだ相手は、彼よりはるかに年若い青年である。

 
 それは、アルファの中のアルファと言われている青柳正嘉であった。


 彼は、若干二十歳にして青柳家の実権を握り、その資産運用も一手に引き受けて経営者として成功を収めている天才である。

 当然学業も完璧にこなし、飛び級を重ねて今に至る。

「……母校での講義は、如何なさいます? 講演依頼も来ておりますが」

「それは予定が合わないと言って断れ。大体、オレの名を出せば、簡単に人が集まるからという下心が見え見えなのが気に食わん」

「正嘉さまが在学していたという事実がステータスなのですから、仕方がないですよ。海外の名門大も――」

「うるさい」

 ピリッとした空気に、今度こそ松田は押し黙った。

 エアーコンプレッサーの音だけが静かに聞こえる部屋で、正嘉は書類とPCに視線を投げながら――――しかし仕事とは違う事を考える。



 それは、運命の番の事だ。



 昨夜――――正嘉は、わざわざ九条恵美を連れて、郊外にある辺鄙な場所まで車を走らせた。

 運命の番である、結城奏を迎えに行く為にだ。

 本来なら向こうから来るのを待っているつもりだったが、いつになっても来ないので仕方なしにこちらから出向く事にしたのだ。

 取り敢えず、手土産も用意した。

 九条恵美は我が儘放題に育てられた女らしく、奏に向かって随分と無礼な事をしたくせに、未だ正式に謝罪をしていないらしい。

 まずは、失礼極まりない行いをしたこの女に、詫びを入れさせようと思った。

 そうする事で、奏は正嘉の事を、何と頼りになる男だと好感を持つだろう。

 恵美など、どうでもいい。

 今欲しいのは、結城奏の心と身体だ。

――――そう思って、行動に移したのだが。

 いざ奏を目の前にして、理性を失ったのは正嘉の方であった。

 アルファを目の前にして、体を熱くして濡れて悶えるのはオメガの方である筈だ。

 だが実際は、オメガである奏の方が正嘉を拒み、何とアルファである正嘉に帰れとまで言ってきた。

――――こんな筈ではなかった。

 相手は運命だろうと何だろうと、どうせ卑しいオメガだ。

 直ぐ様アルファのフェロモンに感化して、身体中をドロドロに溶かして『抱いてくれ』と縋り付いて簡単に股を開くと思っていた。

 そして、どうか番にして下さいと懇願して、髪を掻き揚げてうなじを晒すのだと考えていた。

 実際に、今まで出会ったほぼ全てのオメガがそうだった。

 どんなに振り解いても必死になって纏わりつき、欲望に染まった醜い顔で『何でもするから捨てないで』と縋って来る。

 そのくせ、オメガはヒート状態になると相手は誰でもいいのか――――正嘉以外のアルファにも、同じように形振り構わず縋り付いているオメガの姿を、何度も目の当たりにした。

 だから、オメガなどは…………と、軽蔑していたのだが。

 しかし奏は、そのオメガには当て嵌まらなかった。

 互いに運命だと認識したのに、奏は、正嘉を否定して拒絶した。

 そしてあろう事か、ベータに付けられた傷痕を、番の証・・・・だと言ってきた。


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