インチキで破廉恥で、途方もなく純情。

亜衣藍

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 奏は、愛していると言ってくれた栄太の言葉を信じて、自分も彼の事を愛して行こうと決意したのだから。

 その信じようとした相手から、もしも軽蔑されたなら――奏はどうすればいいのか?

 不安で不安で、仕方がない。

 奏は、震える手で自分の下腹部を触る。

「僕の、このお腹の――まだ形にもなっていない赤ちゃんの父親だって、栄太さんに、本当はどっちかと問い詰められたら……僕は――――」

 心細いような声で不安を口にする奏を、七海は同情したように見つめた。

 七海も、奏と同じオメガだ。その心情は、よく分かる。

「……オレは、色々とハンデのあるオメガの男体の身で、子供を体内に宿しただけでも大したものだと思うけれど……」

 慰めの言葉を探しながらも、七海は溜め息をつく。

 本来なら喜ばしい事なのに、返すがえずも、どうして奏の隣には頼りになる筈の番が寄り添っていないのだろうと思うと、悔しくて仕方がない。

 いや、もしここに青柳正嘉が現われたら、奏の運命の番だろうが七海は決して許さないだろう。特製の猛獣撃退スプレーを吹き付けて、目がしばらく見えないような激痛を味合わせて十二分に痛めつけてやろうとさえ思う。

 そしてまた、七海は、仕事の忙しいのを理由に奏の事をいつまでも放置している馬淵栄太も、やはり許せない。

 スプレーは勘弁してやるが、必ず正座させて一時間以上は説教してやる。

 本当に全く、どうしてこんなに一途で可愛い番を放っておけるのかと。

 バカで無神経な男達には、本当に腹が立つ!

 釣った魚には餌をやらないような男なら、お前には絶対に奏は渡さないと言ってやりたい。七海は、奏の兄弟でも親でもないが、そんな苛烈な言葉を馬淵栄太に叩き付けてやりたいと思う。

「奏――」

 七海が、奏へまた何か言葉を掛けようとした時、コンコンと扉がノックされた。

「失礼します、七海様。お客様が訪ねていらっしゃいましたが」

「客? 」

 いったい誰だろう?

 七海の友人なら、必ず事前に電話かメールで連絡を入れる。

 いきなり先方を訪ねるような真似などしない。

「名前は? 」

「その……馬淵栄太さんと仰る方です。結城奏さんはこちらですかと」

(やっとか! )

 七海は呆れ、奏を振り返る。

「奏――」

『良かったな』という言葉を掛けようとしたが、それは途中で引っ込んだ。

 奏の顔色は、蒼白だ。

 やっと番が来てくれたことへの安堵と、正嘉によって『番の上書き』をされた事の負い目。そして何より、ブースターを使ってセックスした事により、受胎を可能にはしたが…………その胤は、いったい栄太と正嘉のどちらなのかがまだ判別できないという懊悩。

 これだけの事共を、どう栄太に説明すればいいのか。

 それを考えると、奏はとても喜ぶ気分にはなれない。ただ、恐怖に凍り付く。

「な、七海先輩……ぼ、ぼ、僕は…………」

 カタカタと震える奏を安心させようと、七海は優しく声を掛けた。

「大丈夫だ、落ち着け。…………どうする? まだ気分が悪いようなら――――今日は馬淵には帰ってもらって、会うのはまた後日にしてもらうか? 」

「――――い、いいえ! お仕事が忙しいのに、きっと無理をしてここ九条邸を訪ねてくれたに違いないから……会います」

 青い顔をしながら、それでも奏は気丈に言った。

(そうだ! この事は、いつまでも黙っていられない事なんだし、早めに知らせるに越したことはない。栄太さんだって、隠される方がイヤに違いないよ)

 勇気を出して、この首に刻まれた傷の説明をしようと思う。

 抵抗したけれど、力の差が歴然としていて――――逆らえなかった。

『番の上書き』なんて、奏はされたくなかった。

 だけど、抵抗虚しく噛み付かれ、そのショックで倒れてしまい…………気が付いたら、一人でマンションのベッドに転がっていた。

 残されていたのはハンカチが一枚だけだったが、覚えのある残り香に、それが正嘉のものだと直ぐに分かった。



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