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間髪置かず、業者や関係者が次々と目の前を往来し、部屋の中央に整然と並べられる色とりどりの服や、様々な匂いに二人は圧倒される。
香水の匂い、革の匂い、花の匂い、化粧の匂い――――人間の匂い。
「…………これが、プロの仕事か――」
気軽な学生バイトの時の空気とは、全然違う。
現場の緊張感に圧倒され、径はどうしても委縮してしまう。
(初日だってのに、もう、なんだか自信がなくなったよ……こんなにピリピリしてるなんて知らなかった……業界の華やかな雰囲気に憧れただけってノリの幸樹なら、尚更だよな……叔父さんに断って、幸樹だけでも遊びに抜け出せるようにしてやるか……)
そう思い、チラリと隣を見遣ると、何と凹んでいると思っていた幸樹が、今まで見た事のない真剣な表情で、周囲に視線を走らせているではないか。
――――何を見ているんだ?
視線の先を追ったら、テキパキと働く多くのアシスタント、それとタローと同じ数名のスタイリスト、ヘアデザイナー、メイキャップ・アーティストの動く様子だった。
幸樹の真剣な顔に戸惑い、径は思わず声を掛ける。
「こ、幸樹……? 」
「――――径、オレ、本気になった。高校卒業したら、タローさんに弟子入りする」
意外な言葉に、径は思わず訊き返す。
「……え? それ、本当か? 」
「ああ! 学校に行くのもいいけど、スタートは早い方がいいだろう? プロのスタイリストになるなら、本物の所へ弟子入りして沢山学んだ方がいいじゃん! 」
これが、あのチャラかった幸樹か!?
何となくショックを受けて、径は口を開いた。
「――オレ、お前の事を勘違いしていたみたいだ」
「何が? 」
「…………髪の毛は真っ赤に染めてるし、制服は着崩しているし、その外見同様に、軽くてチャラい楽な人生ばっかりを選んで生きるようなヤツだと思ってたよ」
その言い草に、幸樹は大袈裟に傷付いたような表情を浮かべる。
「ひっど! お前、オレをそんな風に見てたのかよ? 」
「だから、ゴメンって! 」
笑って、径は謝罪する。
「――――だから、見直したよ」
すると、幸樹は照れたように微笑んだ。
「そりゃ、サンキュー」
「オレは――高校卒業したら、専門学校に行くよ。カッコいい仕事が出来るように、キチンと基礎を身に付けてから、ファッションの世界に飛び込もうと思う」
「いいんじゃね? お前のそのシンチョーなところも、きっと大切だよ」
そう言うと、また互いの視線を絡ませ、二人は笑った。
「おっす! お二人さん! 」
丁度そのタイミングで、タローの一番弟子のミキが駆け寄って来た。
「早速で悪いんだけど、レイの所に小物をお願いね! あと、軽く食事代わりにスムージーも。はい、これがオーダー表。今回はA+の姉妹ブランドがメインのレセプションだから、あっちほど忙しくないのが助かるけど、このオーダーは絶対に間違えないでね! 」
渡された紙には、幾つも修正が入った跡の残る、全身コーディネイトが書かれていた。
頭のてっぺんから靴まで、こういうのは全てブランド指定が入っている。
カフスの一つでも間違ったら、訴訟沙汰になる場合もある。
なぜから、彼らはブランドの看板としてメディアに晒されるのだから。
径と幸樹は緊張して、書かれている小物を頭に叩き込む。
その初々しい様子に、見習い時代を思い出したらしいミキはクスっと笑った。
「うち等は今回メンズだから、あっち程大変じゃないよ。 そんな緊張しなくていいって! それに、今夜はパーティーがメインだから、モデルの衣装替えは二回だけだし。あたしもチエックするから大丈夫! それに、あんた達は現場アテンドだから、スムージーやクラッカー片手に、モデルの機嫌だけ取ってりゃいいよ」
「は、はい! 」
「あたしはタロー先生のアシストもあるからちょっと席を外すけど――このオーダー通りに、レイにお願いね。あいつ人間が出来てるから、他のモデルみたいに意地悪はしないからリラックスしていいよ」
そう言うと、ミキはまた忙しそうにメイク道具を抱えて去って行った。
「――――よし、やるか! 」
径と幸樹も気合を入れて、オーダー片手に、踵を返した。
香水の匂い、革の匂い、花の匂い、化粧の匂い――――人間の匂い。
「…………これが、プロの仕事か――」
気軽な学生バイトの時の空気とは、全然違う。
現場の緊張感に圧倒され、径はどうしても委縮してしまう。
(初日だってのに、もう、なんだか自信がなくなったよ……こんなにピリピリしてるなんて知らなかった……業界の華やかな雰囲気に憧れただけってノリの幸樹なら、尚更だよな……叔父さんに断って、幸樹だけでも遊びに抜け出せるようにしてやるか……)
そう思い、チラリと隣を見遣ると、何と凹んでいると思っていた幸樹が、今まで見た事のない真剣な表情で、周囲に視線を走らせているではないか。
――――何を見ているんだ?
視線の先を追ったら、テキパキと働く多くのアシスタント、それとタローと同じ数名のスタイリスト、ヘアデザイナー、メイキャップ・アーティストの動く様子だった。
幸樹の真剣な顔に戸惑い、径は思わず声を掛ける。
「こ、幸樹……? 」
「――――径、オレ、本気になった。高校卒業したら、タローさんに弟子入りする」
意外な言葉に、径は思わず訊き返す。
「……え? それ、本当か? 」
「ああ! 学校に行くのもいいけど、スタートは早い方がいいだろう? プロのスタイリストになるなら、本物の所へ弟子入りして沢山学んだ方がいいじゃん! 」
これが、あのチャラかった幸樹か!?
何となくショックを受けて、径は口を開いた。
「――オレ、お前の事を勘違いしていたみたいだ」
「何が? 」
「…………髪の毛は真っ赤に染めてるし、制服は着崩しているし、その外見同様に、軽くてチャラい楽な人生ばっかりを選んで生きるようなヤツだと思ってたよ」
その言い草に、幸樹は大袈裟に傷付いたような表情を浮かべる。
「ひっど! お前、オレをそんな風に見てたのかよ? 」
「だから、ゴメンって! 」
笑って、径は謝罪する。
「――――だから、見直したよ」
すると、幸樹は照れたように微笑んだ。
「そりゃ、サンキュー」
「オレは――高校卒業したら、専門学校に行くよ。カッコいい仕事が出来るように、キチンと基礎を身に付けてから、ファッションの世界に飛び込もうと思う」
「いいんじゃね? お前のそのシンチョーなところも、きっと大切だよ」
そう言うと、また互いの視線を絡ませ、二人は笑った。
「おっす! お二人さん! 」
丁度そのタイミングで、タローの一番弟子のミキが駆け寄って来た。
「早速で悪いんだけど、レイの所に小物をお願いね! あと、軽く食事代わりにスムージーも。はい、これがオーダー表。今回はA+の姉妹ブランドがメインのレセプションだから、あっちほど忙しくないのが助かるけど、このオーダーは絶対に間違えないでね! 」
渡された紙には、幾つも修正が入った跡の残る、全身コーディネイトが書かれていた。
頭のてっぺんから靴まで、こういうのは全てブランド指定が入っている。
カフスの一つでも間違ったら、訴訟沙汰になる場合もある。
なぜから、彼らはブランドの看板としてメディアに晒されるのだから。
径と幸樹は緊張して、書かれている小物を頭に叩き込む。
その初々しい様子に、見習い時代を思い出したらしいミキはクスっと笑った。
「うち等は今回メンズだから、あっち程大変じゃないよ。 そんな緊張しなくていいって! それに、今夜はパーティーがメインだから、モデルの衣装替えは二回だけだし。あたしもチエックするから大丈夫! それに、あんた達は現場アテンドだから、スムージーやクラッカー片手に、モデルの機嫌だけ取ってりゃいいよ」
「は、はい! 」
「あたしはタロー先生のアシストもあるからちょっと席を外すけど――このオーダー通りに、レイにお願いね。あいつ人間が出来てるから、他のモデルみたいに意地悪はしないからリラックスしていいよ」
そう言うと、ミキはまた忙しそうにメイク道具を抱えて去って行った。
「――――よし、やるか! 」
径と幸樹も気合を入れて、オーダー片手に、踵を返した。
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