後輩と先輩のやつ

十六原

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高校3年(後輩)と大学1年(先輩)

告白

 やっぱりこんなこと言うんじゃなかったな。彼女の戸惑ったような顔を見た瞬間にそう思った。このまま永遠に続くんじゃないかと錯覚するほどの沈黙が余計に僕の不安を掻き立てる。今すぐこの場から逃げ出したい。明らかに返答に困っている彼女を、これ以上見ていたくない。
 彼女を困らせてしまった。他でもない、僕のせいで。その事実だけで胸が締め付けられるような思いがする。大事にする、なんて偉そうなことを言っておきながら、こんなの彼女に迷惑をかけているだけじゃないか。

 ──ずっと好きだった、一つ上の先輩に告白した。
 普段から好きだということは何度も伝えてきたつもりだったけど、今回はそういうのとは違う。これは、彼女と僕の関係を、『友達』から『恋人』に一気に進めるための告白だった。
 本当は、今日この場で告白するつもりなんて全くなかった。きっかけは本当に些細なことだ。僕が毎週末のように彼女の家に入り浸っていることについて、今朝彼女にそれとなく咎められたから。たったそれだけ。それも別に厳しく怒られたりしたわけではない。彼女にとっては、日常の中の些細な会話、くらいのものだったんだと思う。ただ、彼女にしては珍しく、今回はキッパリとした口調だったのだ。きっと彼女は、僕の受験が近いこともあって心配して言ってくれたんだろう。彼女は優しいから、僕が少しでも勉強に集中できるようにと提案してくれたに違いなかった。僕だって彼女のそういう優しいところが好きだ。でも、彼女の言葉からはこれまで感じたことのなかった、明確な"拒絶"の意図を含んだ言い方に、僕の不安が今までにないくらい煽られたのも事実だった。たぶん、彼女が大学生になってからは二人でゆっくり会える時間が極端に減ったから、僕は自分が思っていたよりずっと焦っていたんだろう、と今になってみると思う。とにかく、僕は不安になったその勢いで彼女に交際を迫ってしまったのだ。彼女と離れたくない一心だったとはいえ、こんな衝動的すぎる行動に出るなんて、普段の僕なら絶対にやらないことだった。

 彼女が、ずっと伏せていた目をこちらに向ける。何かを決意したような、でも少し泣きそうにも見えるような顔だった。彼女がこういう表情をする時は大抵、⋯⋯何か言いづらいことを言うときだ。つまり僕にはもう、彼女がこれから言おうとしていることがわかってしまったも同然だった。今まで自分がどれだけ彼女を見てきて、どれだけ彼女のことをたくさん知っているのかということを、まさかこんな形で実感するとは思わなかった。なんだか皮肉な話だ。
 あのね、と切り出した彼女の声は、緊張しているのか少し震えているようにも聞こえた。だからできるだけ彼女が安心して話せるように、僕はなるべく普段通りの笑顔でいることを心がけた。これからフラれることがわかっているせいか、案外冷静にいられている気がする。どうやって断られるんだろう。次はどうやってアプローチしようかな。まずはなるべく明るく振る舞おう、そうしないときっと彼女に気まずい思いをさせてしまうから──。そんなことをぼんやり考えていたら、彼女の口から出てきたのは意外な言葉だった。

「ありがとう、嬉しい。すごく」

 僕は完全に油断していた。てっきりすぐに振られるものだと思い込んでいたのに、今の彼女ときたら恥ずかしそうに俯いて、それどころか頬までほんのり赤く染めている。これじゃまるで僕からの告白を心から喜んでくれているみたいじゃないか。そんなわけないなんて分かりきってるのに、勘違いだってわかってるのに、それでも嫌がっているようには見えなくて期待してしまう自分が嫌だ。僕が予想外の展開に呆気に取られているうちに、彼女はぽつりぽつりと自分の気持ちを話し始めた。僕のことは友人としては大好きだということ。でも異性として好きかどうかはまだ分からなくて、だけど告白されて嫌な気持ちはしなかったこと。
 ──返事はもう少し考えさせてほしい、ということ。

「待たせちゃうことになるけど、分からないっていう曖昧な状態のまま返事したくないから⋯⋯」

 いつもより少し真剣な顔で、いいかな、なんて言われたら頷くしかなかった。彼女はこんなにも必死に僕とのことを考えて、冷静に答えを出そうとしてくれているんだから。
 ただ同時に、酷い、という思いも僕の中には確かにあった。そうやって全部を先延ばしにして、また僕を苦しめるつもりなんだ。いつも期待させるだけさせておいて、肝心なところではするりとかわしてしまうような彼女が、僕には少しだけ憎くもあった。彼女の笑顔ひとつで、優しい言葉ひとつで、どれだけ僕の心がかき乱されているのかなんて、彼女は考えたこともないんだろう。そうじゃなかったら今この場で、ほんとに嬉しい、なんて僕の目の前で──しかも満面の笑顔で──言うわけがない。お願いだから今だけはこれ以上優しくしないで欲しかった。期待なんてするだけ無駄だと頭ではわかっているのに、ひとたび彼女に笑いかけられただけで僕はいとも簡単に胸に甘い期待を抱いてしまうから。
 僕はいつからこんなに単純な人間になったんだろう。少なくとも彼女に出会う前は感情にいちいち振り回されるような性格じゃなかったと思う。きっと彼女に出会ってからだ、全てがおかしくなったのは。そんなこと本当はとっくに気づいてるけど、それ以上に好きなんだから僕にはどうすることも出来ない。よく言う"惚れた方が負け"って、きっとこういうことなんだろう。これでまた当分の間、僕は彼女の優しい笑顔に苦しめられることになるんだから。いっそキッパリ振ってくれればこちらも気が楽だったのに、なんて考えまで浮かんできてしまうくらいには僕にも限界が来ているのに。振り向いてくれそうもない相手をいつまでも思い続けるなんて馬鹿のすることだ。きっと昔の自分だったら迷いなくそう言えたと思う。もし今もそうやって割り切ってしまえたなら、僕はこんなに苦しまずに済んだのだろうか。
 その後はどうしたのかあまり覚えていない。きっと適当なところで話を切り上げて帰ったんだと思う。別れ際の玄関先で、じゃあまたね、と笑う彼女の声だけは嫌にハッキリと耳に残っていた。

 ごめんとは言われなかった。わざとなのか、偶然そうなっただけなのかは分からない。だけど、それだけが今の僕にとって唯一の救いだった。
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