後輩と先輩のやつ

十六原

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高校3年(後輩)と大学1年(先輩)

電話

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『いきなりごめんね。ちょっと話したいことあるんだけど、今電話かけてもいい?』

47日ぶりに、先輩とのトーク画面が更新された。
自分の目を疑った。あの先輩が、僕になんの興味もなさそうな先輩が、僕と話したがっている? そんな、まさか。
先輩とは今までに何度も電話をしたことがある。別に話す用がないときでも、ただなんとなく何時間も通話を繋げたままにして過ごしたりもした。どちらかが寝落ちするまで、どうでもいいような話をしたりもした。まあいつも先輩が寝落ちして終わるんだけど。
でも、そういう電話をかけるのは、『電話をかけてもいいですか?』の許可を取るのは、いつも僕の役目だった。だって話したいと思っているのはいつも僕だけだから。先輩は僕のわがままに付き合ってくれているだけに過ぎなかった。別に本人からそういうふうに言われたわけじゃないけどきっとそうだろう。先輩の中で、僕は今のところ「そこそこ仲のいい友達」止まり。「彼氏にしたい人」の枠には、まだ入れていないのだから。
そんな先輩からの電話。『話したいこと』ってなんだろう。やっぱりあの告白についてだろうか。

──あの告白以来、先輩と連絡を取れずにいた。
前までは毎日、少なくとも朝起きたときと夜寝る前に1回ずつ、先輩にメッセージを送っていた。先輩はあんまり返信がマメなタイプではないから、たいてい既読無視か、よくてスタンプが送られてくるくらい。だけど僕はそれでもよかった。僕からのメッセージに目を通している間、それがほんの1秒にも満たない時間だったとしても、先輩が僕のことを考えていてくれたら。毎日一瞬でも先輩の意識が僕に向いていれば、きっと先輩に忘れられることはないだろうと少しは安心できたのだ。僕がいちばん恐れていたのは、大学生になった先輩の中で、僕が「高校時代の思い出」の一部になってしまうことだった。そうやって先輩にだんだん忘れられていくのが、僕は何よりも怖かったのだ。
だけど、中途半端に告白をしてしまったせいでそうも言っていられなくなった。現状、先輩からの返事は保留状態。先輩はきっと僕に対して気まずい感情を抱いているはず。それが容易に想像できるこの状況で、無神経に今までのようなメッセージを送る度胸は僕にはなかった。クリスマスも、本当は先輩を誘って二人で出かけたりしたかったけど我慢した。とにかく、先輩が僕と話したいと思ってくれるまで静かに待つしか僕に選択肢はなかった。実際にその時が来たらどうせ振られるんだろうとは思っていたけど、それでももしかしたら、なんて期待してしまう自分がいて、もう感情がぐちゃぐちゃだった。

先輩からの『電話していい?』のメッセージが来てから、もうすぐ5分が経つ。
僕のせいで先輩を待たせているかもしれない。
早く、いいですよって返信しないと。
しないといけないのに、指が震えてうまく文字が打てない。
今までずっと、振るならさっさと振ってくれ、なんて思っていたけど、本当はそんなわけないのだ。本当は怖くてたまらない。今、この電話で振られるのかもしれない。それがすごく怖い。直接会って振られるなら、なんとかもう一度考え直してもらえるように頼んだりできる、かもしれない、けど。電話だったら切られたらおしまいだ。
でも、それはそれとして久しぶりに先輩の声が聴きたい。振られるのはもちろん怖いけど、それよりも大好きな人の声を聴きたい気持ちのほうが勝った。文字を打つのは諦めて、震える指で恐る恐る通話ボタンを押した。呼び出し音が鳴る。もう後戻りはできない。両手で握りしめているのに、あまりの緊張でスマホを落としそうだ。

「……もしもし、先輩?」

呼び出し音が止み、相手が通話に出た気配がしたと同時に口を開いた。なんとかいつも通りの明るい声を出したつもりだったけど、少し声が裏返ったかもしれない。久しぶりの電話は、というよりも、好きな人との電話はいつでも緊張するものだ。

「もしもし。ごめんね、今大丈夫だった?」
「え、あっ、はい。大丈夫です。め、珍しいですよね、先輩から電話……」
「うん。どうしても話したいことあって」
「話したいこと……って、もしかして、あの……」
「……そうそう、こないだのお返事……しないとなって思ってるんだけど。できたら、直接会って話したくて。それでもいいかな」
「直接……。会ってくれるんですか? ……なんか、嬉しいです」
「そう? よかった。受験勉強の邪魔になったらよくないかなって思ってたけど、でも受験終わるまでまだ3か月くらいある……よね? あんまり待たせすぎても申し訳ないし、どうしようかなーって」
「そんな、僕は全然……いつでも大丈夫ですよ」

本当は一刻も早く返事をもらいたい気持ちをぐっとこらえ、なんだかかっこつけたことを言ってしまった。でも、直接会って返事をしたいという先輩の気持ちは素直に嬉しい。普段は面倒くさがりなところも多いけど、なんだかんだ誠実な人だ。きっと僕に大して興味もないはずなのに、そんな僕にもまっすぐ向き合ってくれようとしている。先輩のそういうところがやっぱり好きだな、と思った。
最初は緊張でうまく話せなかったものの、なんとなくすぐに振られそうな雰囲気は感じなかったため、恐怖心が薄れて多少は自然に話せるようになってきた気がする。

「よかったら来週……年が明けてから一緒に初詣に行って、そのときにお返事できたらなって思ってるの。ほら、合格祈願もしたいし。あ、でも他に予定とかあったら別の日に……」
「あの、予定はないですよ。元日でも大丈夫です、ほんと、僕はいつでも行けるので、先輩の都合がいい日に……お願いします」
「よかった。私も今は冬休みだからいつでもいいんだけど……じゃあせっかくだし元日にしよっか」
「は、はい。……楽しみに、してますね。会えるの」
「うん、私も楽しみにしてる」





◇◇◇





その後、一応受験生である僕に気をつかってか、先輩はすぐに電話を切り上げた。僕はもっと話していたかったので正直寂しくはあるけど、あれ以上話していたらそのうち余計なことを口走っていた可能性もあるので、逆によかったのだと思うことにした。

とにかく……元日の朝から、先輩と会えることになった。
それが最高の一年の始まりになるか、最低な一年の始まりになるかは、まだわからないけど。
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