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絆されていく
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『記憶喪失 20代 原因』
『記憶喪失 どうすれば』
『記憶喪失 病院』
私はパソコンを開き、思いつく限りの検索ワードを入力して検索ボタンを押した。表示されるページをスクロールしながら読み進めていくと、記憶喪失……というより、病気としては「記憶障害」と呼ぶのが一般的らしい。それに関する記事がいくつか見つかった。
それらに軽く目を通した結果、記憶障害の原因は病気やストレスなどが考えられる、ということがわかった。しかし、適切な治療により記憶を取り戻すことができる場合もあるらしい。
「えっと、突然の記憶障害は脳の病気の可能性もあるみたいです。だから、まずは早く病院に行った方がいいかもしれません。なにか重大な病気だったらいけないですし」
「病院……」
私がそう言うと、彼は不安そうな表情を浮かべた。よほど心配なんだろう。
「大丈夫です。ちゃんと検査して治療してもらったら、きっと全部思い出せますよ」
根拠のない励ましだとわかっていても、私はそう言わずにはいられなかった。少しでも彼の力になりたいと思ったのだ。
でも、彼は予想外の反応を見せた。私の言葉を聞いて驚いたように目を丸くしたあと、くしゃりと顔を歪めて泣き出してしまったのだ。
「い、いやだ! 病院なんて……! 僕は……僕は病気じゃ、ない……!!」
彼は私の腕を掴み、必死に訴えかけてくる。その手は震えていて、顔色は真っ青だった。
(ちょっと待って、なんか思ってたより深刻な感じ? これ、本当にただごとじゃないんじゃ……?)
私が動揺しているうちに、彼はさらに言葉を紡いでいく。
いわく、病院で精密検査を受けたら、自分のことが何もかもバレてしまうかもしれない。自分が何者なのかすらわかっていない状態で、もしも何か恐ろしい秘密がわかったりしたら、自分はもう生きていけなくなってしまう。だから、絶対に嫌なのだと。
彼の言葉を聞きながら、私はなんとか冷静になろうとしていた。
「で、でも、一応病気がないかだけ検査してもらったほうが……」
「う……、こわい、嫌だ、行きたくない……!!」
私が何を言っても彼は泣きじゃくるだけで会話にならない。パニックになってしまっているようだ。
(ど、どうしよう……)
困ってしまったけれど、このまま放ってもおけない。私は彼を落ち着かせるために、ぎゅっと抱きしめることにした。知らない人、しかも異性を抱きしめるなんて結構抵抗もあったけど、今はこれ以外の方法が思いつかなかった。
しばらく背中をさすっていたら少し落ち着いたのか、彼はぽつりと話し始めた。
「……ごめん、なさい。また迷惑をかけてしまって……。僕、ずっとあなたに迷惑かけてますよね……ごめんなさい……」
そして、彼は消え入りそうな声で「もう死んでしまいたい」と呟いた。
私はその言葉を聞いて、彼をぎゅう、と強く抱きしめ直した。
「……そんなこと言わないでください。大丈夫、私はあなたと一緒にいます」
そう言いながら、私は彼のことを励まそうと笑った。でも、うまく笑うことができなかった。
この人は、自分のせいで誰かを巻き込んでしまうことをひどく恐れているのだ。
彼の気持ちになって考える。今まで生きてきた記憶がないということは、それはつまり、自分の存在を証明してくれるものがないということだ。もし自分が本当は存在していなくて、ある日突然消えてしまったとしても、誰も気づかない。それどころか、誰かに存在を認めてもらうこともできない。誰にも必要とされず、誰からも求められず、ずっと一人でさまよい続けるしかない。
そんなの、あまりにも寂しい。
(あれ、私、さっきまですごい怖かったはずなのにな……)
彼の背中をとんとんと、子どもをあやすように優しく叩きながら、私は不思議と穏やかな気持ちになっていた。どうしてかわからないけれど、彼を放っておくことはできない、と思ってしまう。
どうしてこんなにも彼のことを考えてしまっているのだろうか。出会って間もない他人だというのに。考えてみても答えは出なかった。
ただ、ここで彼と別れたら彼がどこか遠くに、もう二度と会えない場所に行ってしまうような気がして、それはなんだか嫌だと思った。
『記憶喪失 どうすれば』
『記憶喪失 病院』
私はパソコンを開き、思いつく限りの検索ワードを入力して検索ボタンを押した。表示されるページをスクロールしながら読み進めていくと、記憶喪失……というより、病気としては「記憶障害」と呼ぶのが一般的らしい。それに関する記事がいくつか見つかった。
それらに軽く目を通した結果、記憶障害の原因は病気やストレスなどが考えられる、ということがわかった。しかし、適切な治療により記憶を取り戻すことができる場合もあるらしい。
「えっと、突然の記憶障害は脳の病気の可能性もあるみたいです。だから、まずは早く病院に行った方がいいかもしれません。なにか重大な病気だったらいけないですし」
「病院……」
私がそう言うと、彼は不安そうな表情を浮かべた。よほど心配なんだろう。
「大丈夫です。ちゃんと検査して治療してもらったら、きっと全部思い出せますよ」
根拠のない励ましだとわかっていても、私はそう言わずにはいられなかった。少しでも彼の力になりたいと思ったのだ。
でも、彼は予想外の反応を見せた。私の言葉を聞いて驚いたように目を丸くしたあと、くしゃりと顔を歪めて泣き出してしまったのだ。
「い、いやだ! 病院なんて……! 僕は……僕は病気じゃ、ない……!!」
彼は私の腕を掴み、必死に訴えかけてくる。その手は震えていて、顔色は真っ青だった。
(ちょっと待って、なんか思ってたより深刻な感じ? これ、本当にただごとじゃないんじゃ……?)
私が動揺しているうちに、彼はさらに言葉を紡いでいく。
いわく、病院で精密検査を受けたら、自分のことが何もかもバレてしまうかもしれない。自分が何者なのかすらわかっていない状態で、もしも何か恐ろしい秘密がわかったりしたら、自分はもう生きていけなくなってしまう。だから、絶対に嫌なのだと。
彼の言葉を聞きながら、私はなんとか冷静になろうとしていた。
「で、でも、一応病気がないかだけ検査してもらったほうが……」
「う……、こわい、嫌だ、行きたくない……!!」
私が何を言っても彼は泣きじゃくるだけで会話にならない。パニックになってしまっているようだ。
(ど、どうしよう……)
困ってしまったけれど、このまま放ってもおけない。私は彼を落ち着かせるために、ぎゅっと抱きしめることにした。知らない人、しかも異性を抱きしめるなんて結構抵抗もあったけど、今はこれ以外の方法が思いつかなかった。
しばらく背中をさすっていたら少し落ち着いたのか、彼はぽつりと話し始めた。
「……ごめん、なさい。また迷惑をかけてしまって……。僕、ずっとあなたに迷惑かけてますよね……ごめんなさい……」
そして、彼は消え入りそうな声で「もう死んでしまいたい」と呟いた。
私はその言葉を聞いて、彼をぎゅう、と強く抱きしめ直した。
「……そんなこと言わないでください。大丈夫、私はあなたと一緒にいます」
そう言いながら、私は彼のことを励まそうと笑った。でも、うまく笑うことができなかった。
この人は、自分のせいで誰かを巻き込んでしまうことをひどく恐れているのだ。
彼の気持ちになって考える。今まで生きてきた記憶がないということは、それはつまり、自分の存在を証明してくれるものがないということだ。もし自分が本当は存在していなくて、ある日突然消えてしまったとしても、誰も気づかない。それどころか、誰かに存在を認めてもらうこともできない。誰にも必要とされず、誰からも求められず、ずっと一人でさまよい続けるしかない。
そんなの、あまりにも寂しい。
(あれ、私、さっきまですごい怖かったはずなのにな……)
彼の背中をとんとんと、子どもをあやすように優しく叩きながら、私は不思議と穏やかな気持ちになっていた。どうしてかわからないけれど、彼を放っておくことはできない、と思ってしまう。
どうしてこんなにも彼のことを考えてしまっているのだろうか。出会って間もない他人だというのに。考えてみても答えは出なかった。
ただ、ここで彼と別れたら彼がどこか遠くに、もう二度と会えない場所に行ってしまうような気がして、それはなんだか嫌だと思った。
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