食いしん坊な親友と私の美味しい日常

†漆黒のシュナイダー†

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第61話 ラーメンと辛さの先にあるもの

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 放課後の空はまだ明るく、冷たい風がビルの間をすり抜けていく。
 校門を出た瞬間、遠野が勢いよく私の腕を引いた。

「田所さん! 今日は行きたいラーメン屋があるの!」
「また食べ物の話?」
「だってね、前から行こうと思ってたんだけど田所さんも一緒に行かなきゃ意味がないと思って!」
「なんで私?」
「ほら、なんでも一緒に体験したほうが楽しいじゃん?」

 無邪気な笑顔を見せる遠野に私は深いため息をついた。
 どうせ止めても聞かないだろう。

「……どこに行くの?」
「都会の方の店が赤いラーメン屋さん!」

 その情報を聞いた瞬間、私は足を止めた。

「ちょっと待って。あそこって、めちゃくちゃ辛いラーメンを出す店じゃない?」
「そう! だから最高なの!」
「……私は辛いの得意じゃないんだけど」
「大丈夫大丈夫! 味噌タンメンなら辛さ控えめだし!」

 遠野はぐいぐいと私の腕を引っ張る。
 結局、私は抵抗する間もなく都会へ向かうことになった。

 駅前の賑やかな街並みを抜け、しばらく歩くといかにも辛そうなラーメン屋が見えてきた。
 赤を基調とした看板が目立ち、店の外には並んでいる客もちらほらいる。
 扉を開けると、スパイシーな香りが一気に鼻を刺激した。

「いらっしゃいませー!」

 店員の威勢のいい声が響く。
 男性客がメインの店内に少し居心地を悪くしながらも私たちは券売機でメニューを選ぶ。

「私はもちろん、辛タンメン!」

 遠野が「辛さレベル5」と書かれたボタンを押す。
 私は少し迷った末「辛さレベル3」の味噌タンメンを選んだ。

「味噌タンメンなら田所さんでもいけるよ!」
「本当にそうかな……?」

 案内されたカウンター席で券を渡してしばらくすると、湯気を立てたラーメンが運ばれてきた。

 目の前には真っ赤なスープに浮かぶ豆腐、太めの麺、そして湯気とともに漂うスパイスの香り。 
 一方、遠野の辛タンメンはさらに赤みが強く、見るからに辛そうだった。

「わぁ~! めっちゃいい香り!」

 遠野は箸を取り、さっそく麺をすくい上げると一気にすすった。

「ん~~! 最高!」
「本当に大丈夫?」

 私は恐る恐るスープを一口飲む。
 途端に舌にじんわりとした刺激が広がった。

(あ、やっぱり辛い……!)

 味噌のコクが感じられるものの、あとからじわじわと舌がヒリヒリしてくる。
 思わず水を飲もうとすると遠野がすかさず止めた。

「田所さん、水はまだダメだよ!」
「なんで?」
「辛さの先に旨味があるから!」
「……遠野のその謎理論、どこから来るの?」

 遠野はニッと笑いながら次々と麺を口に運んでいく。
 その表情は本当に幸せそうだった。

「ほら、田所さんも麺を食べてみて!」

 私はスープではなく、まず麺だけをすくって口に入れた。
 もっちりとした太麺がスープを吸い込んでいて、噛むほどに辛さが広がる。
 でも不思議とただ辛いだけではなく、しっかりと旨味が感じられる。

「……意外といけるかも」
「でしょ!? 辛いだけじゃなくてちゃんとおいしいんだよ!」

 遠野が嬉しそうに笑うのを見て私ももう一口、今度はスープを絡めた麺を食べた。
 舌が軽くピリピリする気もするが、確かにクセになる味だ。

「田所さん、豆腐も食べてみて!」

 遠野が自分のスープの上に浮かんでいる豆腐をすくい、私の口に運ぶ。
 トロッと柔らかく、スープの辛味を吸い込んでいるせいでさらにピリッとした刺激が広がった。

「……っ!」

 思わず水を飲む。

「田所さん、ダメだってば!」
「無理、これは辛い!」
「でも、おいしいでしょ?」
「……まぁ、味はいいけど」
「じゃあ、次は北方ラーメンに挑戦しようよ!」
「それは絶対に無理」

 遠野が無邪気に笑い、私は呆れながらもスープをもう一口飲んだ。
 確かに辛い。
 でも、その奥にしっかりしたコクがある。

 食べ終わる頃には額にうっすらと汗がにじんでいた。
 でも、寒い日にはこれくらいの刺激があっても悪くないかもしれない――そんな風に思った。

 店を出ると冷たい空気が火照った体を包み込んだ。

「田所さん、ほらコンビニ寄ろ!」
「何するの?」
「甘いアイス食べるの! 辛い後のアイスって最高なんだよ!」
「……本当に食べることばっかりだね」

 呆れつつも私は遠野の後を追った。
 味噌タンメンの辛さはまだ舌に残っていたけれど、それすら心地よく感じるくらい私はこの時間を楽しんでいた。
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