食いしん坊な親友と私の美味しい日常

†漆黒のシュナイダー†

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第43話 積雪とかき氷

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 休日の昼下がり、私と遠野は何となく街をぶらぶら歩いていた。
 空は雲ひとつない快晴で風はまだ冷たいものの、日差しは少しずつ春を感じさせる。

「なんかさ、ちょっとずつ暖かくなってきてない?」

 遠野が上着の襟をパタパタさせながら言う。

「そうかな。まだ普通に寒いけど」
「うーん、でもこの前よりはマシじゃない?」

 私は少し考える。
 確かに先週はもっと冷たい風が吹いていた気がする。
 だけど、冬は冬だ。

「まだ2月だから油断するとまた寒波が来るかもよ」
「そっかぁ。そうなったら、もっとあったかいもの食べなきゃね!」

 相変わらずの発想だなと思いながら私は足を止めた。
 歩道沿いにある電器店の前で大きなモニターがニュースを映している。

「北日本の豪雪地帯では現在も除雪作業が追いつかず、通行止めの道路が続出しています……」

 画面には雪に埋もれた住宅街や、車道の脇に高く積み上げられた雪山が映し出されていた。

「うわぁ……すごいね」
「こっちはほとんど雪が降らないから実感湧かないよね」
「ねー。あんなに積もったら学校どころじゃなくなりそう」

 雪のせいでバスが止まったり、道が通れなくなったりするなんて、こっちでは考えられない。
 でも向こうではそれが日常なのかもしれない。

「でもなんか……雪、感じてみたくない?」

 遠野が突然そんなことを言い出した。

「は?」
「だって、こうやってニュースで見てもさ実際に触れるわけじゃないじゃん? だから雪っぽいもの食べよう!」
「……何その発想」
「雪といえば、かき氷でしょ!」
「冬にかき氷屋なんてやってないよ」
「それがね、あるんだなぁ!」

 遠野は得意げにスマホを取り出し、画面を私に見せた。
 そこには、『冬でも営業! ふわふわ天然氷のかき氷専門店』と書かれたページが表示されていた。

「……本当にあるんだ」
「ね? 行こう行こう!」
「いや、絶対寒いって」
「それがいいんじゃん! だって雪の気分を味わいたいんでしょ?」

 私はそんなこと一言も言っていないが遠野の勢いに押されてしまう。
 結局、私たちはそのかき氷屋に向かうことになった。

 店は商店街の一角にひっそりとあった。
 外観は和風の甘味処といった雰囲気で入り口の暖簾には大きく『氷』の文字が書かれている。

「いらっしゃいませ~」

 店に入ると、こぢんまりとしたカウンターの奥で店員さんが笑顔で迎えてくれた。

「ほんとにやってるんだね……」

 私は店内を見回しながら呟く。
 壁には色とりどりのシロップメニューが貼られていた。

「冬限定の『ホットシロップかき氷』ってのもある!」

 遠野が指さしたメニューには『温かい黒蜜シロップ』や『とろけるチョコレートソース』といった文字が並んでいた。

「……なんか矛盾してる気がするんだけど」
「いいじゃん、これにしよ!」

 結局、私は『黒蜜きなこ』、遠野は『チョコレートマシュマロ』を注文した。
 受け取ったかき氷は見るからにふわふわで、まるで本物の雪みたいだった。

 店内にはテーブル席もあったが、遠野が「外で食べた方が雪っぽい!」と言い出したので仕方なく外のベンチで食べることにした。

「うわぁ、黒蜜ときなこが合う!」

 遠野は幸せそうにスプーンを動かす。
 私も一口食べてみる。
 ふわっとした氷が口の中でスッと溶け、甘い黒蜜のコクときなこの香ばしさが広がる。

「……確かに美味しい」

 寒いけど、この口どけの良さはなかなかクセになりそうだ。

「ね? 冬のかき氷も悪くないでしょ?」
「うん、悪くはないけど……」

 スプーンをもう一口運ぼうとした瞬間、突如として風が吹き抜けた。

「……っ、寒っ!!」
「うひゃあ!!」

 遠野も思わず肩をすくめる。
 冬の風に吹かれながら冷たいかき氷を食べているのだから当然の結果だった。

「これ想像以上にやばいかも……」
「うぅ、でもせっかくだから食べきりたい……!」

 遠野は震えながらスプーンを動かしている。
 私もなんとか完食しようとしたが食べるたびに体温が奪われていく気がする。

「……もう限界」

 私はスプーンを置いた。

「帰って炬燵に入る」
「えっ、ずるい! 私も!」

 遠野が食べかけのかき氷を慌ててかき込みながら私の袖を引っ張ってくる。

「え、いや、遠野は自分で言い出したんだから、自分の家で暖まればいいでしょ?」
「でも、田所さんの家の炬燵あったかいじゃん!」
「どこで知ったの……?」
「この前遊びに行ったとき、あれめっちゃ快適だった!」
「……はぁ、仕方ないな」

 私は呆れつつも遠野の勢いに抗う気力もなく一緒に家へ向かうことにした。
 家に帰るなり、私たちは炬燵に直行した。

「……あったかい……」

 遠野が至福の表情で足を伸ばす。

「これが天国か……」
「さっきまで雪を感じたいとか言ってたのに」
「だって、寒かったんだもん」
「……まぁ、私も正直もう二度と冬のかき氷は食べなくていいかな」
「でも来年の夏になったら、また食べに行こうね!」
「……夏なら、まぁいいけど」

 遠野は炬燵に潜り込みながら満足そうに笑った。
 私はというと、寒さで冷えた体がじんわりと温まっていくのを感じながら冬のかき氷は一度で十分だと心に誓ったのだった。
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