エルフを殺せない世界 【第一章完結】

春風春音

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第一章

第004話 愚者の輪舞

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 朝露がまだ土を濡らす訓練場で、俺は一人、剣を握っていた。
 
 聖騎士長が来るにはまだ早い時間だ。

 それでも、体を動かしていないと、自分がとんでもなく小さな存在に思えて仕方なかった。

 ――昨日のことが、ずっと胸につかえている。
 
 あんな言い方、するつもりじゃなかった。

「アレンならすぐ聖騎士にも入れるさ。
 ……俺も、アレンみたいにアスランと同じ“雷”の魔法だったらよかったな」
 
 兄はそう言って、少しだけ寂しそうに笑っていた。

 だけど俺は、素直に受け取れなかった。
「本当はそんなこと思ってないだろ」

 思わず言い返していた。アルが少し驚いたように眉を上げる。
「……アレン?」

「どうせ俺は落ちこぼれだ……。
 みんな、アルさえいればいいって思ってるよ」

「アレン! そんなことない、俺は――」

「……いいんだ。
 わかってるから。アルからの同情はいらない」

 背を返すように踵を返した瞬間――視界の端に、ふたりの顔が映った。
 
 兄は言葉を失ったまま、悲しげに目を伏せていて、妹は困ったように眉をひそめ、戸惑いの混じった視線をこちらに向けていた。

 その表情が、胸の奥に残った。
 
 ――それでも、引き返せなかった。

 俺は足を止めず、そのまま歩き出す。
 
 名前を呼ぶ声が背に届いても、もう振り返ることはできなかった。
 
 兄があんな顔をするなんて、思ってもいなかった。
 
 ――言わなければよかった。

「なんか同じことを……ショウにもやった気がするな……」
 漏れた呟きは、霧の中に溶けていった。
 
 ――結局、俺はどの世界でもこうなのか……。

 そんな思考に沈みかけた時、背後から低く静かな声が響いた。
「関心ですね。もう剣を振ってるとは」

 反射的に振り返る。そこに立っていたのは、長い赤髪をひとつに束ね、鋭い眼光を放つ男だった。
 
 氷のような冷たさを感じさせるその視線に、無意識のうちに身構える。
 
 ――いかにも、悪役って感じの人だな……。

「……あなたがアルテミアの聖騎士長なのか?」

「ええ、如何にも」
 男は口元を歪め、不気味な笑みを浮かべた。
 
 以前から引っかかっていたことがある。
 この王宮は、あまりにも閉鎖的だ。
 
 王族は成人するまで、国民の前に姿を見せてはならないという決まりがあり、王宮の外へ出ることも禁じられている。
 
 顔を合わせる相手も、常に限られていた。

 だからこそ、成人前に戦に参加することを許された兄は、異例中の異例だろう。

 とはいえ、俺がこの世界で過ごした7年間、ずっと誰にも会えなかったわけではない。
 
 俺もこれまで、王宮の宴で重鎮たちの姿を遠目に見たことはある。だが、この男の顔には、見覚えがなかった。
 
 それなのに――なぜか懐かしさを覚えるのが不思議だった。
 
 ――もしかして、栄誉貴族なのか……?
 
 この国には、王家に次ぐ地位を持つ"栄誉貴族"が四家存在する。その一角の出身なら、どこかで会っていても不思議ではない。

「……失礼を承知で聞くが、あなたは、栄誉貴族の者か?」

 男は、くすくすと笑い声を漏らした。
「いいえ、私は貴族ではありません」

 ――貴族じゃないのに、聖騎士長になったのか……。すごすぎるだろ、それ。

 心の中で呟きながら、ふと視線を逸らす。
 ――この人になら、言ってもいいかもしれない。

「頼みがある。俺を王族だと思わないで接してくれ……」
 
 吐き出すように言った。
「この王宮の中だと……息苦しいから」

 男はまた愉快そうに笑った。
「ええ、いいでしょう。私はアイザックと申します」

 ――アイザック……どこかで聞いた気がするな。
 
「ああ、アレンだ。これからよろしく頼む」

「では、まず魔法を見せてください」

 言われるがまま、俺は右手を水平に翳した。
 
 指先に意識を集中し、全神経をそこに込める。
 すると、指先に黒い電気纏うことができた。

「そのまま強めてください」
 アイザックの目は、鋭く俺の指先を見据えていた。

 ――もっと……強く……。
 黒い雷は指から手首へ、そして腕へと広がっていく。

「それを限界まで維持してください」
 アイザックに目を向けると冷たい視線が差した。

「はあ……はあ……もう限界だ……」
 俺は肩で息をしながら、視線を上げた。
 
 だが、アイザックは冷たい視線でこちらを見つめていた。
 
 ――もう……これ以上無理だ……倒れてしまう。
 
 俺は腕に力を込めるの止めた。そして腕に走っていた黒い電気は見えなくなった。

「まだ、やめていいと言ってませんよ」

「……しかし、あのまま続けてたら、倒れてしまう」

「私は限界までと言いました」

 ――こいつ……何言っているんだ? どう見てもさっきが限界だった。
 
「俺は天才じゃない。兄を見て、王族の基準が高くなっているかもしれないが、俺は、ただ凡人だ」

「なるほど、あなたには負け癖がついているようです」

「……なんだと……?」

「今日は夕方まで、先程の魔法を出す事を繰り返していただきます」

 ――魔法だけ……?
 
「……剣術は学べないのか?」

 アイザックは溜め息まじりに言った。
「剣術以前の問題です」

「俺は……魔法より、剣を学びたい……」
 自分の中にある確信が、自然と口をついて出た。
 
 ――魔法には向いていない。でも剣なら……。
 
 密かに続けてきた剣の訓練。見張り兵との稽古。
 今では複数の兵相手にも勝てるようになっていた。

「どうやら、勘違いしているようだ。……いいでしょう。私に勝てたら、剣術を教えましょう」
 
 ――舐められているな、完全に。
 
「ルールはなんだ?」

「私に“剣を抜いて向けることができたら”でいいでしょう」

 ――それだけ? 簡単すぎる。
 
「負けても知らないぞ……」

 アイザックは鼻で笑った。
「では、決闘の手順はご存知ですね?」

「ああ、問題ない」
 両者、手を翳し合図とする。それで開始だ。

「では、健闘を祈ります」
 アイザックが距離を取る。
 
 俺は深く息を吸い、目を閉じた。
 
 ――絶対に勝つ。

 好きだからじゃない。
 魔法が嫌いだから、剣に賭けているんだ。

 手を翳し、そしてすぐさま腰の剣に手をかける。

 ――勝てる。俺の剣速なら……!
 
 が、次の瞬間。
 背に、冷たい何かが当てられた感覚がする。
 
「……え?」

 目の前に、もうアイザックの姿はなかった。

「これが、魔法の力です」
 背後から、静かな声が聞こえた。

 ――負けた? でも、どうやって……?
 剣に触れた瞬間には、もう背後に?

「……どうやって、俺の後ろに――」

 アイザックはまた、不気味に笑った。
 
「さあ、早く集中して。力を込めてください」
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