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3年後、アルク再び(俯瞰視点三人称)

55 リタリットを苛立たせる話

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「俺の調べたところによると、その頃、やっぱり噂が立ってましてね、その娘ってのが、母親の浮気相手との子供だって言うんですよ」
「……よく言ってることが、判らないな」
「計算が、合わないんすよ。その父親、ってのは首府に詰め切りになる職業だと思って下さいね。だけど、その母親ってのは、首府からちょっと離れたとこにずーっと住んでるす。何でかは俺も判らないです。仲が良くなかったのかもしれない。だけど、その母親が、その息子が三つの時に、妊娠した」
「……帰ってくることくらいあるだろ」
「ところが、それに関しては、公式記録が、全て証言してくれてしまうんすよ。絶対に自宅には戻っていないって。ではその時にできた子供は誰の子か。答えは簡単じゃないすか」
「ってことは、その父親、ってのは、娘が自分の娘じゃないってこと、知ってたって訳じゃないか?」
「そうですよ。だからそう言ってたんす」
「じゃ何で、その娘の方を可愛がるんだ? 普通は、そういう時は、息子の方を可愛がるんじゃないか? 自分の跡継ぎだし、血を継いでいるし」
「その父親が実力主義の人だった、ってのは確かにあります」
「けどそれはアタマで考える部分だろ? こっちは? こっちはどうなんだよ?」

 リタリットは手を開いて自分の胸を押さえる。

「普通は、本当の息子の方を可愛がるもんじゃないかよ?」
「その辺は、俺にも判りません。けど、何で、リタリットさん、あんたがそんなに怒るんすか? そんな、人の話なのに」
「知るかよ」

 ぷい、とリタリットは視線をテーブルに落とす。

「オレだってそんなこと判らねーんだから。それで、そいつ、その後どうしたの? 中等を卒業して。中央大に入って、どうしたの?」

 え、とリルは持ち上げかけたカップを危うく取り落としそうになる。

「……ああ、中央大に入ってからすね。そう、その人は、三ヶ月でその大学で行方不明になるんすよ。たった三ヶ月」
「もったいない」
「全くすよ。そうそう、そのクラスメートだった人に、会ってきたんすが、自分達が、苦労して入ったところでそんなストレートに入って、すぐに抜けてしまうなんて、ずるい、って言う意味のこと言ってましたけど」
「ずるい、ねえ」

 リタリットは皮肉気に笑った。

「だけど、結果だぜ? そいつの実力が、それしか無かった。もしくは、そこまでした努力が、そいつの思う以上に、そのアタマのいいガキがしていたかもしれないんだよ? そんな、事情が一人一人あるのに、一くくりにされてたまるかっていうの」
「ずいぶんと肩を持つんすね」
「一方的な見方ってのが嫌いなだけだよ。で?」
「ああ。それで終わり」
「終わり」
「って言うか、それから二年ほど、そのキャンパスのあちこちで目撃されては居るんすが、水晶街の騒乱をきっかけに全く姿が消えるんすよ」
「じゃあ、きっと騒乱に検挙されて、どっかに捕まったか、地下活動でもしてるんだろ。珍しくもない」
「でも捕まってるはずは無いんすよ」
「何で。何でそんなことが言える?」
「だって、その彼の父親ってのは、この星系で一番の権力者だったから」

 部屋の中の空気が凍り付いた。

「俺が探しているのは、ハイランド・ゲオルギイという人物す」
「変な…… 名前だ……」
「そして、彼女、中央放送局のゾフィー・レベカが探している男というのは、『ヴァーミリオン』と呼ばれていた男です」
「ヴァーミリオン……『朱』?」

 リタリットは、口を思わず塞いだ。
 「朱」は、あのウトホフトが口にした名だ。
 あの「赤」の代表が、昔こんな組織の人間として、育てた男の通称だ。
 何で、それがここで出てくる?
 

「その人を知ってます? 今、どうしてるか、知ってます?」
「……知らない」
「これは仕事の話じゃないんす。あくまで、俺の好きな女性の」
「確かにオレも『朱』って奴の話は聞いたことがある。だけど、そいつが今どうしてるか、なんてオレは知らない。だいたい何でオレに聞くんだ? オレに何か関係あるって言うのか?」

 無いですね、とリルは目を伏せた。

「すみません、俺の仕事が上手く行かないからって、何か八つ当たりしたみたいで」
「あ……」

 いきなり気が抜けるのをリタリットは感じる。
 リルはリタリットが火を点けられた様になったら、とにかくすぐに退け、とドクトルに言われていた。
 つまりはそういうことか、とリルは納得する。

「……こっちこそ…… くそ、何だってオレまでこんな興奮しないといけないんだ……」
「それは、の思し召しでしょ」
「違うよ、だよ……」

 つぶやく様に、リタリットは言った。

「すみません。ホント。でもドクトルとマスターがあんたなら知ってるかも、と言ったんで、ついむきになったんすよ」
「あ? ああ……」
「俺、食事済ませたら首府に戻ります」
「いいのか? 報告は」
「居なかったものは、仕方ないでしょう?」

 ごめん、とリタリットは頭を下げた。
 そうしながら眠気が迫っているのを彼は感じた。
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