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第5話 P子さん、男の娘を拾う
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何となく飲み足りない様な感じもしたのだが、一人でまた何処かの店に入り浸るというのも趣味ではない。
LUXURY組とは逆方向の線に乗ると、駅前のコンビニエンスで何本かのビールを買った。やや重い袋を手に引っかけ、もう片方の手はジーンズのポケットに突っ込んだままで歩き出した。
ひんやりとした空気が、頬をかすめる。夜の空気。
P子さんは夜の街が結構好きだった。昔からそれはなじみ深いものだった。
もともと昼型の人間ではない。中学生の頃に病気を持ってたせいか、学校にもあまり行かずに昼間は眠っていることが多かった。
そして夜の静かな時に起き出しては、手に入れたばかりのギターを鳴らす日々。退屈な日々を、ギターはずいぶんと慰めてくれた。
外へあまり出られなかった頃、両親は女の子らしい趣味に興味を全く持たなかった娘に、それなら、と暇つぶし用に楽器を与えた。あくまで暇つぶし、である。
なのに今、それが飯の種になっている。
変なものですねえ。
P子さんは思う。
中学の出席日数はぎりぎりだった。だから高校もぎりぎりの所にしか入れなかった。そしてそれも結局は体質に合わず、リタイヤしている。
何になりたい、というものもなかった。何をしたい、ということもなかった。
無気力、と言ってしまえばおしまいだ。夢を見る程の気力も体力も、その頃の自分にはなかった。
ただ、それでもギターを手放しはしなかった。
そのギターのおかげで、それでも今こうやって一人暮らししてごはんも食べられる程度になっている。
ある種の人々に、と限られるが、全国的に名を知られても居る。不思議なものだ。
病気しなかったら?
普通の学生をしていたら?
不意にそんな疑問が自分の中に湧くこともあった。
無意味な仮定だと判ってはいる。だがもしそうだとしたら―――
少なくとも、今ほど自由に気楽に生きていることはないだろう、とP子さんは思うのだった。
そんなことをつらつらと考えていたら―――
ぐにゃり。
足元が、揺れる。慌てて足を上げる。
何ですか一体。
まさか野良猫の死体でも踏んだのか、とおそるおそる足元を見る。
街灯の青緑の光の下、足跡がしっかりとプリントされた白い服があった。
PINKHOUSE《ピンクハウス》だとかKETTY《ケティ》だとか金子功《カネコイサオ》だとか、そんなブランドの名前が頭をよぎる。
同僚ヴォーカリストが大好きな、そんなブランド達だった。
ステージの上の同僚を見る限りでは想像もできないのだが、普段着で事務所に来る時には、必ずと言っていい程、その類のブランド品を身につけている。似合わない、と思うのだが、口に出したことはない。
一見違いが判らなさそうなブランドだが、P子さんはMAVOのおかげで悲しいかな、見分けができていた。ブランドの本物ではない。まがいものだ。ただ、まがいものにしては、バランスはいいな、と思った。
彼女はかがむと、その服の中身をつん、と指でつついた。柔らかい。暖かい。
「もしもし?」
そう訊ねるのが果たして正解なのか判らない。だがかと言って、適切な言葉、というのはそういう時にとっさに浮かぶものではない。
「こんなとこで寝てると、風邪ひきますよ」
そうなのだ。確かにこの類の服は、重ね着が常套手段とは言え、まだこの時期は道で寝れば明け方には冷え込むだろう。
いや、それ以前に、こんな所で女の子が寝ているなんて、危険にも程がある……
しかし。
ん? とP子さんはふと首を傾ける。何処とは言わない。何処とは言えないのだが、何か、奇妙な感じを覚えた。
何だろう?
おかしいと言えばおかしい。
こんな服の子が、道ばたに転がっていること自体、まずおかしい。P子さんは、返事の無い相手の背後に立つと、よ、と両脇に手を入れた。
「……あ~」
低い声が、耳に入る。ん?
まさか、と思いつつ、作業は続行される。よ、と声を掛けて、彼女は相手の体を背後から一気に引き起こした。
「……んー」
やはり低い声が、耳に入ってきた。まさか。
がくん、と首が後ろに倒れる。P子さんの視線は、ちょうど目の下にある、その突起に吸い寄せられた。
「男!?」
確かに低い声だとは、思ったが。確かに同僚のアルトの声とは質が違うとは思ったが。
だがしかし。
彫りの深いまぶた。紅を引いた唇、化粧しているとはいえ、―――可愛すぎる。
「ん……」
まぶたが半分開く。
中から、黒目勝ちの瞳がのぞく。
ぴょん、と心臓が跳ねるのをP子さんは感じた。
こんなのってありですかい。
「水……」
唇が、動く。
「水…… ちょうだい……」
ああ、とようやく自分の理解できる範疇のことだ、とP子さんは安心する。
呑みすぎたのだろう。ふといつもの呑み仲間達のことを思い出して、彼女は苦笑した。
「立てますか?」
面白く、なっていた。
P子さんは答えを聞くともなく、そのままその「男」の体勢を変えさせた。がくん、と首が後ろから前に倒れ、その拍子に「彼」の目は開いた。
「え」
さすがに驚いたのだろうか。それまでぼうっとさせていた目を倍の大きさに広げた。
一体何が起こったのか、すぐには理解できない様だった。
「ほら肩貸して」
言われるままに「彼」は腕を上げた。
大きくふくらんだ、レースやフリルをこれでもかとつけられた袖にくるまれた腕がP子さんの肩に掛けられた。
片手にビール、片手にまがいものだけど美少女。何となく楽しくなって、P子さんは、新曲の自分のフレーズを口ずさんでいることに気付いた。
別に可愛らしい女の子もどきが好き、という訳ではないのだが。
そのはずなのだが。
LUXURY組とは逆方向の線に乗ると、駅前のコンビニエンスで何本かのビールを買った。やや重い袋を手に引っかけ、もう片方の手はジーンズのポケットに突っ込んだままで歩き出した。
ひんやりとした空気が、頬をかすめる。夜の空気。
P子さんは夜の街が結構好きだった。昔からそれはなじみ深いものだった。
もともと昼型の人間ではない。中学生の頃に病気を持ってたせいか、学校にもあまり行かずに昼間は眠っていることが多かった。
そして夜の静かな時に起き出しては、手に入れたばかりのギターを鳴らす日々。退屈な日々を、ギターはずいぶんと慰めてくれた。
外へあまり出られなかった頃、両親は女の子らしい趣味に興味を全く持たなかった娘に、それなら、と暇つぶし用に楽器を与えた。あくまで暇つぶし、である。
なのに今、それが飯の種になっている。
変なものですねえ。
P子さんは思う。
中学の出席日数はぎりぎりだった。だから高校もぎりぎりの所にしか入れなかった。そしてそれも結局は体質に合わず、リタイヤしている。
何になりたい、というものもなかった。何をしたい、ということもなかった。
無気力、と言ってしまえばおしまいだ。夢を見る程の気力も体力も、その頃の自分にはなかった。
ただ、それでもギターを手放しはしなかった。
そのギターのおかげで、それでも今こうやって一人暮らししてごはんも食べられる程度になっている。
ある種の人々に、と限られるが、全国的に名を知られても居る。不思議なものだ。
病気しなかったら?
普通の学生をしていたら?
不意にそんな疑問が自分の中に湧くこともあった。
無意味な仮定だと判ってはいる。だがもしそうだとしたら―――
少なくとも、今ほど自由に気楽に生きていることはないだろう、とP子さんは思うのだった。
そんなことをつらつらと考えていたら―――
ぐにゃり。
足元が、揺れる。慌てて足を上げる。
何ですか一体。
まさか野良猫の死体でも踏んだのか、とおそるおそる足元を見る。
街灯の青緑の光の下、足跡がしっかりとプリントされた白い服があった。
PINKHOUSE《ピンクハウス》だとかKETTY《ケティ》だとか金子功《カネコイサオ》だとか、そんなブランドの名前が頭をよぎる。
同僚ヴォーカリストが大好きな、そんなブランド達だった。
ステージの上の同僚を見る限りでは想像もできないのだが、普段着で事務所に来る時には、必ずと言っていい程、その類のブランド品を身につけている。似合わない、と思うのだが、口に出したことはない。
一見違いが判らなさそうなブランドだが、P子さんはMAVOのおかげで悲しいかな、見分けができていた。ブランドの本物ではない。まがいものだ。ただ、まがいものにしては、バランスはいいな、と思った。
彼女はかがむと、その服の中身をつん、と指でつついた。柔らかい。暖かい。
「もしもし?」
そう訊ねるのが果たして正解なのか判らない。だがかと言って、適切な言葉、というのはそういう時にとっさに浮かぶものではない。
「こんなとこで寝てると、風邪ひきますよ」
そうなのだ。確かにこの類の服は、重ね着が常套手段とは言え、まだこの時期は道で寝れば明け方には冷え込むだろう。
いや、それ以前に、こんな所で女の子が寝ているなんて、危険にも程がある……
しかし。
ん? とP子さんはふと首を傾ける。何処とは言わない。何処とは言えないのだが、何か、奇妙な感じを覚えた。
何だろう?
おかしいと言えばおかしい。
こんな服の子が、道ばたに転がっていること自体、まずおかしい。P子さんは、返事の無い相手の背後に立つと、よ、と両脇に手を入れた。
「……あ~」
低い声が、耳に入る。ん?
まさか、と思いつつ、作業は続行される。よ、と声を掛けて、彼女は相手の体を背後から一気に引き起こした。
「……んー」
やはり低い声が、耳に入ってきた。まさか。
がくん、と首が後ろに倒れる。P子さんの視線は、ちょうど目の下にある、その突起に吸い寄せられた。
「男!?」
確かに低い声だとは、思ったが。確かに同僚のアルトの声とは質が違うとは思ったが。
だがしかし。
彫りの深いまぶた。紅を引いた唇、化粧しているとはいえ、―――可愛すぎる。
「ん……」
まぶたが半分開く。
中から、黒目勝ちの瞳がのぞく。
ぴょん、と心臓が跳ねるのをP子さんは感じた。
こんなのってありですかい。
「水……」
唇が、動く。
「水…… ちょうだい……」
ああ、とようやく自分の理解できる範疇のことだ、とP子さんは安心する。
呑みすぎたのだろう。ふといつもの呑み仲間達のことを思い出して、彼女は苦笑した。
「立てますか?」
面白く、なっていた。
P子さんは答えを聞くともなく、そのままその「男」の体勢を変えさせた。がくん、と首が後ろから前に倒れ、その拍子に「彼」の目は開いた。
「え」
さすがに驚いたのだろうか。それまでぼうっとさせていた目を倍の大きさに広げた。
一体何が起こったのか、すぐには理解できない様だった。
「ほら肩貸して」
言われるままに「彼」は腕を上げた。
大きくふくらんだ、レースやフリルをこれでもかとつけられた袖にくるまれた腕がP子さんの肩に掛けられた。
片手にビール、片手にまがいものだけど美少女。何となく楽しくなって、P子さんは、新曲の自分のフレーズを口ずさんでいることに気付いた。
別に可愛らしい女の子もどきが好き、という訳ではないのだが。
そのはずなのだが。
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