女性バンドPH7②マイペースな女性ギタリストが男の娘と暮らしていた件について。

江戸川ばた散歩

文字の大きさ
5 / 51

第5話 P子さん、男の娘を拾う

しおりを挟む
 何となく飲み足りない様な感じもしたのだが、一人でまた何処かの店に入り浸るというのも趣味ではない。
 LUXURY組とは逆方向の線に乗ると、駅前のコンビニエンスで何本かのビールを買った。やや重い袋を手に引っかけ、もう片方の手はジーンズのポケットに突っ込んだままで歩き出した。
 ひんやりとした空気が、頬をかすめる。夜の空気。
 P子さんは夜の街が結構好きだった。昔からそれはなじみ深いものだった。
 もともと昼型の人間ではない。中学生の頃に病気を持ってたせいか、学校にもあまり行かずに昼間は眠っていることが多かった。
 そして夜の静かな時に起き出しては、手に入れたばかりのギターを鳴らす日々。退屈な日々を、ギターはずいぶんと慰めてくれた。
 外へあまり出られなかった頃、両親は女の子らしい趣味に興味を全く持たなかった娘に、それなら、と暇つぶし用に楽器を与えた。あくまで暇つぶし、である。
 なのに今、それが飯の種になっている。

 変なものですねえ。

 P子さんは思う。
 中学の出席日数はぎりぎりだった。だから高校もぎりぎりの所にしか入れなかった。そしてそれも結局は体質に合わず、リタイヤしている。
 何になりたい、というものもなかった。何をしたい、ということもなかった。
 無気力、と言ってしまえばおしまいだ。夢を見る程の気力も体力も、その頃の自分にはなかった。
 ただ、それでもギターを手放しはしなかった。
 そのギターのおかげで、それでも今こうやって一人暮らししてごはんも食べられる程度になっている。
 ある種の人々に、と限られるが、全国的に名を知られても居る。不思議なものだ。

 病気しなかったら?
 普通の学生をしていたら?

 不意にそんな疑問が自分の中に湧くこともあった。
 無意味な仮定だと判ってはいる。だがもしそうだとしたら―――
 少なくとも、今ほど自由に気楽に生きていることはないだろう、とP子さんは思うのだった。
 そんなことをつらつらと考えていたら―――

 ぐにゃり。

 足元が、揺れる。慌てて足を上げる。

 何ですか一体。

 まさか野良猫の死体でも踏んだのか、とおそるおそる足元を見る。
 街灯の青緑の光の下、足跡がしっかりとプリントされた白い服があった。
 PINKHOUSE《ピンクハウス》だとかKETTY《ケティ》だとか金子功《カネコイサオ》だとか、そんなブランドの名前が頭をよぎる。
 同僚ヴォーカリストが大好きな、そんなブランド達だった。
 ステージの上の同僚を見る限りでは想像もできないのだが、普段着で事務所に来る時には、必ずと言っていい程、その類のブランド品を身につけている。似合わない、と思うのだが、口に出したことはない。
 一見違いが判らなさそうなブランドだが、P子さんはMAVOのおかげで悲しいかな、見分けができていた。ブランドの本物ではない。まがいものだ。ただ、まがいものにしては、バランスはいいな、と思った。
 彼女はかがむと、その服の中身をつん、と指でつついた。柔らかい。暖かい。

「もしもし?」

 そう訊ねるのが果たして正解なのか判らない。だがかと言って、適切な言葉、というのはそういう時にとっさに浮かぶものではない。

「こんなとこで寝てると、風邪ひきますよ」

 そうなのだ。確かにこの類の服は、重ね着が常套手段とは言え、まだこの時期は道で寝れば明け方には冷え込むだろう。
 いや、それ以前に、こんな所で女の子が寝ているなんて、危険にも程がある……
 しかし。
 ん? とP子さんはふと首を傾ける。何処とは言わない。何処とは言えないのだが、何か、奇妙な感じを覚えた。

 何だろう? 

 おかしいと言えばおかしい。
 こんな服の子が、道ばたに転がっていること自体、まずおかしい。P子さんは、返事の無い相手の背後に立つと、よ、と両脇に手を入れた。

「……あ~」

 低い声が、耳に入る。ん?
 まさか、と思いつつ、作業は続行される。よ、と声を掛けて、彼女は相手の体を背後から一気に引き起こした。

「……んー」

 やはり低い声が、耳に入ってきた。まさか。
 がくん、と首が後ろに倒れる。P子さんの視線は、ちょうど目の下にある、その突起に吸い寄せられた。

「男!?」

 確かに低い声だとは、思ったが。確かに同僚のアルトの声とは質が違うとは思ったが。
 だがしかし。
 彫りの深いまぶた。紅を引いた唇、化粧しているとはいえ、―――可愛すぎる。

「ん……」

 まぶたが半分開く。
 中から、黒目勝ちの瞳がのぞく。
 ぴょん、と心臓が跳ねるのをP子さんは感じた。

 こんなのってありですかい。

「水……」

 唇が、動く。

「水…… ちょうだい……」

 ああ、とようやく自分の理解できる範疇のことだ、とP子さんは安心する。
 呑みすぎたのだろう。ふといつもの呑み仲間達のことを思い出して、彼女は苦笑した。

「立てますか?」

 面白く、なっていた。
 P子さんは答えを聞くともなく、そのままその「男」の体勢を変えさせた。がくん、と首が後ろから前に倒れ、その拍子に「彼」の目は開いた。

「え」

 さすがに驚いたのだろうか。それまでぼうっとさせていた目を倍の大きさに広げた。
 一体何が起こったのか、すぐには理解できない様だった。

「ほら肩貸して」

 言われるままに「彼」は腕を上げた。
 大きくふくらんだ、レースやフリルをこれでもかとつけられた袖にくるまれた腕がP子さんの肩に掛けられた。
 片手にビール、片手にまがいものだけど美少女。何となく楽しくなって、P子さんは、新曲の自分のフレーズを口ずさんでいることに気付いた。
 別に可愛らしい女の子もどきが好き、という訳ではないのだが。
 そのはずなのだが。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

二重のカーテン (スカートの下の黒い意志)

MisakiNonagase
青春
洗濯物の隙間に隠したのは、母としての祈りと、娘のプライド。 かつて、女子高生という生き物はもっと無防備で、自由だった。 44歳の主婦、愛子が朝のベランダで手にするのは、娘たちが毎日履き替える漆黒のオーバーパンツ、通称「黒パン」。それは、令和を生きる娘たちが自らの尊厳を守るために身に着ける、鉄壁の「鎧」だった。 小学校時代のママ友たちとのランチ会。そこで語られるのは、ブルセラショップに下着を売っていた奔放な50代、無防備なまま凛と歩くしかなかった40代、そして「見せないこと」に命を懸ける10代の、あまりに深い断絶。さらには、階段で石像のように固まる父、生徒の背後に立たないよう神経を削る教師……。 一枚の黒い布を通して浮き彫りになる、現代社会の歪さと、その根底にある不器用なまでの「優しさ」。 ベランダに干された黒いカーテンの向こう側に、あなたは何を見ますか?

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。 だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。 しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。 王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。 そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。 地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。 ⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

17歳男子高生と32歳主婦の境界線

MisakiNonagase
恋愛
32歳の主婦・加恋。冷え切った家庭で孤独に苛まれる彼女を救い出したのは、ネットの向こう側にいた二十歳(はたち)と偽っていた17歳の少年・晴人だった。 「未成年との不倫」という、社会から断罪されるべき背徳。それでも二人は、震える手で未来への約束を交わす。少年が大学生になり、社会人となり、守られる存在から「守る男」へと成長していく中で、加恋は自らの手で「妻」という仮面を脱ぎ捨てていく…

ビキニに恋した男

廣瀬純七
SF
ビキニを着たい男がビキニが似合う女性の体になる話

処理中です...