女性バンドPH7②マイペースな女性ギタリストが男の娘と暮らしていた件について。

江戸川ばた散歩

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第31話 一緒にいたい理由

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 あれから試合終了まで、二人でドームの外野席に居た。
 「ビール・ウーロン茶・おつまみいかがっすかぁ」と回ってくるバイト君からビール二杯とウーロン茶一杯を買って、売店で買い込んだたこ焼きや名物の弁当をつついていた。
 確かに外野自由席では「見る」ことに力点など置けない。見ようと思ったら、それこそバードウォッチング用の双眼鏡が必要だろう。周囲では鳴り物入りの応援団がこれでもかとばかりに音と声を鳴らしている。
 なるほどね、とたこ焼きを口に運びながら、DBはその様子に目を見張っていた。でしょう、とP子さんは少しだけ笑った。

「いつもこうゆう席で見るの?」
「色々ですよね」

 選手が見たかったなら、だいたいTVで見たほうがクローズアップされることが多い。日本で一番TV中継の多い球団なのだ。ニュースだって、とある放送局はこれでもかとばかりにその球団のことばかりを流す。

「あれはですねえ、そもそもその局と球団がまあグループのようなものだからですよ」

 P子さんは以前TVを見ながら首をひねっていたDBにそう説明したことがある。
 別段P子さんとて、球団の歴史を紐解いた訳ではないが、放っておいてもその程度の知識は好きなら入ってくる。DBはふうん、と感心したようにその時はうなづいていた。

「そうですね、まあできれば内野自由席で見たいですけど、そうそうこの球団の場合、いきなりは無理だし」
「ふうん。他だったらいいんだ」
「パ・リーグとかの試合でしたらね、同じこのドーム使っていても、結構空いてるもんですよ」
「そういうもの? うちに来るお客さんは、結構パ・リーグのファンも多いんだけど」
「だからそれがマスコミの力、なんじゃないですかね。何だかんだ言っても、毎日毎日ナイトゲームの中継をゴールデンタイムに流して、三十分までは延長して時間のずれこみもオッケーにしまうような球団ってのは、絶対目に触れるじゃないですか。土曜日にはこれでもかとばかりに選手一人一人ピックアップして面白おかしく紹介しているし」
「うん、確かに、この僕だって、何人か選手の名前覚えてしまってるもんね」

 DBはうなづく。

「そう言えば、あの球団の選手たちって、皆TV慣れしてるもんね」
「そうですよね。ところが他の球団は、確かに夜や朝のニュースのスポーツコーナーでは試合の様子とか流しますけどね、とにかく何だかんだ言っても、量がケタ違いなんですよ。そうすると、親しみの度合いが違う。知ってる選手が活躍すると嬉しい、ってことあるじゃないですか」
「確かにね。うん、この間、たまたまパ・リーグのデイゲームをNHKで流していたけど、あの時間に流すんじゃ、よっぽど好きな人じゃないと見ないなあ、と思ったもん。それでも流さないよりはずっといいんだけど。試合自体は面白かったし」
「そんなことあったんですか」

 P子さんはやや驚いた。

「まあ昼間は暇なことが多いし。うんでも、この間の休みの日だよ。P子さんちょうど何か知らないけれど、遅かったじゃない」

 それは、と彼女は黙ってビールに口をつける。あの日だ。HISAKAに紹介された病院に行ってきた日。結構あれは時間を食った。戻ってきて、TEARとFAVを見送った後も、多少リーダーやMAVOと話をしていたのだ。
 FAVはその時には何かしらのショックを受けていたようだが、翌日からはまた何事も無かったように、レコーディング作業に戻っていた。
 見事なものだ、とP子さんは思った。
 TEARが何かしらの形で慰めたのだろう、とは思うのだが、そのあたりを聞くことはためらわれた。それは自分が口を出すべき範疇のことではないのだ。

「で、野球、好きになったんですか?」
「知らなかった頃よりは」
「なら、いいですけど」

 結局、お目当てのチームは負けたので、さっさと席を立った。
 勝った方のヒーローインタビューが行われていたようだが、負けた方には用は無い。
 基本的にその負けたチームのホームグラウンドであるので、客もそのファンが大半だ。同じことを考える者も多いらしく、人の波にもまれるようにしながら、二人は外に出た。
 観戦しながら何かと食べたり飲んだりしていたので、それからまたわざわざ何処かへ行こう、という気は起こらなかった。

「さすがに昼間ずっと外に居たから、疲れちゃった」

 地下鉄の駅へと向かいながら、彼は何気なく言った。そうですね、とP子さんは答えた。
 とてもそんな風には見えなかった。疲れているのは自分のほうなのだ。
 彼女は彼の頭を軽く抱きかかえた。ちら、と通り過ぎていくOLらしい女性が、びっくりしたように二人の姿を眺めていった。
 列車の込み合いを避けながら、だらだらと帰った頃には、ちょうど見たばかりの試合の結果をニュースでやっていた。
 冷たい麦茶を口にしながら、DBは生で見た試合をTVで改めて見るのが珍しいらしく、へえとかはあ、とか声を漏らしていた。

「でもたまにはいいね。誰がどうとか判らないけれど、周りの音とか、何かお祭りみたいで」
「そうですね。何かああいう応援はけしからん、とか言う人も居るらしいですが、ワタシは好きですよ」
「そう? 結構P子さんあんだけ騒々しいと嫌なんじゃないか、と思ったけど」

 彼女は首を横に振った。

「ワタシはあれはお祭りだ、と考えてますからね。あれで憂さが晴らせればいいんじゃないですか?」
「ふーん。お祭りかあ。ねえ、バンドのライヴもそういうとこってない?」
「ライヴが?」
「うん。うちの店のママの妹が、PH7のファンだって言うんだけど」
「おやまあ」

 それはそれは、とP子さんは肩をすくめた。

「ん、大丈夫。あなたのことは気付かれないようにしてるから」
「そのほうがいいですね」

 自分のためにも、彼のためにも。

「で、その子はまあ、PH7だけでなくて、いろんなバンドのライヴにも行ってるって言うんだけど、それってやっぱり普段の学校とかでつまらなかったことがあっても、そこで忘れられる、とか言うんだよね」
「それが『お祭り』?」
「うん、僕はそう思ったけれど」
「それはありますねえ。ワタシはあまりそういう意識はないですが、HISAKAはそういうこと考えてるようですよ」
「あなたのとこのリーダーが?」
「あいつは曲書いたり演奏する時のアタマと、そういうこと考えるアタマと、二つ持ってるんじゃないかとワタシは思うんですがね。そう、できればTV露出は多いほうがいい、とも言ってますね」
「TV、出るの?」

 DBは目を丸くする。

「機会があれば、出られるだけ出よう、ってあれは言ってますがね。ワタシは面倒くさいの一言に尽きると思いますがね、でもまあそのくらいは『お仕事』ってことで」

 それでも毎日毎日決まった時間に会社に行くOLちゃん達よりはましだ、と彼女は思う。

「でもそうしたら、全国的にあなたの顔が知れてしまうよね」
「今だって一応全国誌に顔は出てるんですよ? それでこの程度なんだから、別に変わりゃしませんよ」

 ぽん、とP子さんはDBの肩を叩いた。
 だけどDBは知っている。TVというものは、雑誌のように、それを読む人が自主的に動かない限り中身が判らないものと違って、一方的に、その前に居る人々に情報を送り出すものなのだ。
 別に見る気のないものであったとしても、たまたまその時間にTVの前に居たら、その情報を受け取ろうという意志が無かったとしても、音の一部分、バンドの名前くらいは頭に刷り込まれてしまうのだ。自分がいつの間にか野球選手を覚えてしまったように。
 P子さんもそれを全く考えていない訳ではない。だが今はそう懸念することはない、と思っていた。

「でもそうなったとして、人気が出たら、僕はここに居てはいけないかもね」
「は?」

 思わずP子さんは問い返していた。気付かないうちに、眉根が寄せられていた。

「何言ってるんですか」
「だって僕は、やっぱりこうゆう商売やっている訳だし。『人気バンドのギタリストの同居人はゲイバーづとめ』とか言われたら」
「だったら辞めればいいでしょう。アナタだっていつかは昼間の仕事につこうとは思ってるんでしょう? それは理由になりませんよ」
「だけど」
「だいたいウチのバンドがそんなことで傷つけられなくちゃならない程売れるってまだ決まった訳じゃあないでしょう」

 リーダーはそのくらい売れるようにしよう、と思っているだろうが。

「でも」
「ワタシはアナタに居て欲しいですよ」
「そうなの?」
「そうですよ」
「何で?」
「何でって」

 P子さんは詰まった。だが答えはたぶん、一つしかない。

「好きですし」
「本当?」

 彼は問い返した。その目には、やや不安げなゆらめきがあった。P子さんはうなづいた。

「そうたぶん」

 DBは何も言わずに、向き合う彼女の首に腕を伸ばした。

「僕もあなたが好きなんだ。とっても」
「そうなんですか?」
「そうたぶん」

 同じ言葉を返す。

「あなたと居ると、僕は別に皆が僕に期待したような、そんな姿でなくっていいって感じがしたんだ」
「そうなんですか?」
「うん」

 それがどういう意味なのか、P子さんには本当に意味は判らない。
 ただ彼が言う言葉そのものは、本当のことに、感じられる。

「ワタシには、アナタは、現実だったから」
「?」

 さすがにそれは言葉が足りない。

「アナタがこうやって触れてくるのは、間違いがない、今ここでワタシに対して起こっている、現実だ、って感じられるんですよ」

 そんなこと、今までほとんどなかった。―――ギターを除いて。
 誰かと触れていることで、自分が今ここの、現実に居ることを思い出すのかもしれない。
 ただそうやって自分が触れてもいい、と思うことができる相手というのは滅多に居ないから。

「だからアナタが居ないと、ワタシはまた」

 知らなかった頃に戻るのは嫌だ、と彼女は感じていた。
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