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27話目 空には見送りの花火

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 カエンは甘味を入れる彼女にすかさず訊ねた。彼女はその問いには意外に驚かずうなづく。

「はい」
「聞きたかったんだ。どうしてカラシュが…… 皇后陛下が、君達を指揮できるんだ。彼女には国政に参加できる権限はない。私兵を持つことも出来ない筈だ」

 多少呑みやすくなったコーヒーを一口すすると、山吹は顔をあげて、カエンを真っ直ぐ見る。

「カエンラグジュ様は」
「カエンだ」
「ではカエンは、どの位、残桜衆の事を御存知ですか?」
「大して知らない。ただ藩国『桜』の残党ということ程度だ」
「残桜衆は、四代帝陛下の頃より、帝国の『良き変化』の為に動く集団です」
「良き変化?」

 アーランはその言葉に引っかかった。

「現在何名居るか、はわたくしにもよく判りません。ただ、大きく分けて三大隊があります。それらは独立していて、直接仕える主君もその隊長の判断で決定されます。ですから下手すると、残桜衆同士が相打ちになる可能性もありますが、今のところ幸運にもそんなことはありません」

 すらすらと、何処か違う世界の話が山吹の口から流れてくる。少なくともアーランの歴史の知識の中には無かったことだ。藩国時代のことはあまり学校では詳しく教えない。

「一つの大隊は五から六の小隊から成ります。基本的な主旨が大隊長の意志に反しないならば、小隊長は主君を選ぶことができます。わたくし達の隊はその小隊のうちでも小さい方で、およそ三十人はおりません。朱《シュ》をご覧になったでしょう?」

 二人はうなづく。

「彼がわたくし達の小隊長です。朱は数年前、皇后陛下と知り合われて、あの方の元に付くことを決定しました。彼が決定したならば、それがわが隊の進む方向です」
「皇帝陛下ではなく?」
「はい。皇后陛下に、です」
「良き変化とはどういうことだ? あの保存庁長官のように考える者だっている訳じゃないか」
「ここから先は、あくまで朱の考えです。わたくしは彼についてきただけですから」

 微妙にカエンは口元をゆがめる。

「本来残桜衆とは、カエンのおっしゃる通り、藩国『桜』の残党です。当初は反帝国運動の先鋒でした。ですが、四代帝陛下には『桜』の血が混じっておられました。三代の皇后陛下は『桜』の親衛隊の一人でした」

 二人はいきなりそこで歴史談義になるとは思っていなかったが、内容が内容だったので、驚き、興味を持った。

「するとあくまで『桜』の復活を願う我々の目的は、ここで半ば完結してしまった訳です。帝国の中枢自体に『桜』の血が入ってしまったのですから」

 確かに、とアーランは黙ってうなづいた。

「すると反帝国運動、という題目は効力を持たなくなります。そこで当時の――― 当時はまだ三隊に分かれていず、頭領には近江《オウミ》法師という人物が付いていました。彼は引退し、隊を三つに分け、それぞれの大隊長に帝国をより良い方向へと向かわせる主君を見つけるように命じて姿を消しました。残桜衆は、『桜』の為の部隊です。帝国が『桜』の姿を変えたものとすれば、我々が帝国をより良い方向へ持っていこうとするのは、ひいては『桜』の為だ…… と」
「つまり、君達の行動には矛盾は無いし、皇后陛下《カラシュ》が雇ったというよりは、君達が勝手に協力しているだけ、ということだね?」
「はい」

 迷い無く、山吹はうなづいた。

「えーと、山吹、じゃ、あの時のことは」
「あの時」
「私達が捕まったときの」
「あ、はい、そのことでしたら、わたくしの口からわたくしの視点で説明できます。もともと皇后陛下の楓館に女官として入り込んでいる者が居りまして、彼女から出る間合いを伝えてもらっていました。しばらく我々は、紅中私塾の近辺で警護していたのです」
「知らなかった」
「気付かれることはないと思います。ですからあなた方が連れ去られる時につけて行き、カラシュさまに先に目を覚ましてもらい、あなた方への解毒薬と、アーラン、あなたの身体を自由を一時的に奪う薬を手渡しました」

 なるほど、とアーランは思った。それならカラシュがそんな薬を持っていたのも判る。

「ではカラシュが、何か間合いを見計らっていたのは」

 山吹はうなづく。

「我々が向こうの証拠を掴むのを」
「だが、ワタシ達が捕まったのはコグレ屋だった。どうしてすぐに保存庁長官だって判った?」
「いえ、当初は彼らはあなた方をそちらへ運ぼうとしたのです。ところが途中で変更を。調べてみた所、向こうの屋根裏に静山砲と資料が山になっていたので、あなた方を閉じこめるだけの場所がなかったそうです」

 場所が無かっただけかい、とカエンは苦笑して頭を抱えた。

「ですがその行動のおかげで、コグレ屋と保存庁長官のつながりが判りましたから、決して無駄では無いと」
「まあそうだね……」
「御理解いただけましたか?」

 山吹は実に素直に訊ねた。カエンはやれやれ、とつぶやく。アーランも頭が半ば混乱しつつも、何とか、と答えた。

「ではこれからは、よろしくお願いします」

 そのまま山吹は荷物を持って立ち上がろうとしていた。

「ちょっと待った。行かせないよ」

 だがカエンは彼女の荷物を持つ手を止める。 

「何をなさいます。わたくしの席は三等ですから、そちらへ戻らなくては」
「一緒に行くのはいいさ。だけど、条件があるんだ」

 一体何を言い出すんだ、とアーランは驚く。

「残桜衆は、与えられた役割は完璧にこなすと聞いている。だから君はワタシ達と同じように留学生の顔をしていてくれ。ワタシ達の友達だ」
「友達、ですか」
「そう。だから三等ではなく、ここに居ること。元々ここは最大三人仕様だ。君一人加えることくらい、充分な広さだろう?」
「ですがわたくしは」
「残桜衆は、より良い方向に行かなくてはならないんだろう? だったらもっといろいろなことを学んで、自分の考えを持つんだ」
「良いのですか?」
「難しいなら、最初はフリでいいさ」
「はい」

 その時、どん、と聞き覚えのある音が響いた。
 アーランは慌てて窓に顔をくっつける。

「カエン、山吹、花火!」
「花火?」
「あ、朱とリョク達ですわ。言い忘れてました。花火が残っているから、暗くなったら窓の外を見ろ、と」
「どうしてそんな大事なことを黙っているのよっ!」

 アーランはそう言って山吹を引っ張って窓に一緒にくっつける。
 始めは無音で光が昇る。光る。広がる。枝垂る。
 そしてあの大きな音が伝わる。

「綺麗」

 誰ともなく、そうつぶやいた。
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