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第2話 ルビーのような真っ赤な目をした少女
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陽気そうな男がGに近付いたことで、それまで彼を遠巻きに見つめていた紳士淑女達が、次第に群がり始めた。
「帝都からいらしたの? 学生さん?」
それでもその中で、一番物怖じしないのは子供であるらしい。作り物の長い白いふわふわした耳をつけ、ルビーのような真っ赤な目をした少女は彼に近づき、訊ねる。
「そうだよ。夏休みなんだ」
そして彼も、そんな邪気の無さそうな少女には軽く微笑みすら見せる。
「それはそれは。惑星アルティメット。ここはいい所だ」
そして、やや小柄な紳士の一人が不安定で奇妙な曲線形のグラスを手に、歌うような口振りでつぶやく。
「美しい花を散らす冷たい風も、大地を凍てつかせる氷も無い。一年中爽やかな風が緩やかに大地を吹き抜ける。陽射しが皮膚と目を灼くことも無い。雨もまたよし」
「また伯爵の独り言が始まったわ」
ルビーの目の少女は、肩をすくめると、彼に向かってころころと笑いかける。頭の上で二つに分けた長い髪が、そのたびにふわふわと揺れた。
言い様によっては嫌味にしか取れない台詞なのに、妙に邪気がない。そういうものかな、とGは軽く目を細めた。
そしてそんな少女に向かって同じ色のカクテルを手渡しながら、キムはこつん、と少女の頭を軽く弾くと、揶揄うもんじゃないよ、と片目をつぶった。
はあい、と少女はぺろりと舌を出した。可愛らしいものだ、とGは思い、口の端を軽く上げた。
そんな会話が聞こえたのかどうか定かではないが、「伯爵」と呼ばれた紳士はつと席を立った。
キムはちら、とその方向に視線をやり、軽く肩を竦めた。
「もしかして俺、変なこと言った?」
「君のせいじゃあないだろう」
「そうよ、いつもあのひとはそうなのよ」
少女が口をはさむ。
「君は今の紳士をよく知っているようだね。伯爵というのは本当の名?」
「さあどうかしら」
少女はふらふらと首を横に振る。その拍子に大きな耳も長い髪も一緒に揺れた。
「ここでは毎晩の様に仮装舞踏会が開かれているのよ。そしてここに居る人達は、その時に名乗った名が全て。あたしだってそうよ。あたしが今ここで、何処かの国の公女さまとでも名乗ればそれもまたここでは本当のことなのよ」
「なるほどね。ここではここなりの役割が皆あると」
キムは頬に指をちょいと当て、面白そうに話に耳を傾けた。
「そ。だから今日のあたしはここではアリスの兎よ。貴方がたはだあれ?」
「僕達?」
彼らは顔を見合わせた。
「考えてこなかった?」
くすくす、と少女は笑う。
「じゃああたしが付けても構わない?」
二人は同時にうなづいた。少女はそれではまず、と前置きをすると、Gの方を向いた。
「あなたはその白の軍服がとてもよく似合うから、『大佐』なんてどお?」
「悪くないな」
「俺は? 俺は?」
「あなたは―――」
自分を指差し催促するキムに、うーん、と少女は唇に人差し指を当てると、やや上目づかいに見据えた。
「笑い猫、なんてどう?」
「笑い猫ねえ…… 猫は俺の柄じゃあないと思うけど」
青年は栗色の長い髪をざっとかき上げる。確かにそうだ、とGも思う。猫よりは犬のような気がする。
「でもいいさ。そうそう悪くはない」
「決まりね」
少女は紅の瞳を輝かせた。
「ところで君は、誰の兎なの?」
「あたし?」
白いレースにくるまれた少女の手がつ、と人差し指を立てた。何かを捜すかのようにその指は人混みをたどっていたが、やがて一つの場で止まった。
「見て」
少女は絶対の命令であるかのようにそう告げた。
「あそこにあたしの御主人様がいらっしゃるわ」
Gは少女の指の向く方向へつ、とその視線を向けた。は、と目を見開く。
あれは人間か?
彼の脳裏に、反射的にひらめいたのはそんな問いだった。
それは大きなビスクドールだった。少なくとも彼の目にはそう映った。
どっしりとした光沢のあるエリザベス朝風の蒼の衣装に全身をくるまれたそれは、そこにそうして立っているだけで、周囲を息苦しくするくらいの強烈な存在感があった。
だがとても人間とは思えなかった。
それが呼吸していると考えることができなかった。
例えそれが、たっぷりとした孔雀の羽根の扇を心臓の鼓動くらいのテンポで緩やかに揺らせていたとしても。
あれを知っているか、とGはキムに目配せをした。彼は曖昧に肩を竦めた。
「女王様」
兎の少女は名乗った名さながらに軽い足どりで、彼女の主人の元へ駆け寄った。
回転数を間違えた映画のフィルムのように、蒼の女王の首が軽く角度を変え、召使いの少女に向かってゆっくりと手をさしのべる。
「女王様、ね」
ふとキムがくす、と笑っているのにGは気付いた。
「何がおかしい?」
「いや、仮装舞踏会って楽しいな、とね」
「帝都からいらしたの? 学生さん?」
それでもその中で、一番物怖じしないのは子供であるらしい。作り物の長い白いふわふわした耳をつけ、ルビーのような真っ赤な目をした少女は彼に近づき、訊ねる。
「そうだよ。夏休みなんだ」
そして彼も、そんな邪気の無さそうな少女には軽く微笑みすら見せる。
「それはそれは。惑星アルティメット。ここはいい所だ」
そして、やや小柄な紳士の一人が不安定で奇妙な曲線形のグラスを手に、歌うような口振りでつぶやく。
「美しい花を散らす冷たい風も、大地を凍てつかせる氷も無い。一年中爽やかな風が緩やかに大地を吹き抜ける。陽射しが皮膚と目を灼くことも無い。雨もまたよし」
「また伯爵の独り言が始まったわ」
ルビーの目の少女は、肩をすくめると、彼に向かってころころと笑いかける。頭の上で二つに分けた長い髪が、そのたびにふわふわと揺れた。
言い様によっては嫌味にしか取れない台詞なのに、妙に邪気がない。そういうものかな、とGは軽く目を細めた。
そしてそんな少女に向かって同じ色のカクテルを手渡しながら、キムはこつん、と少女の頭を軽く弾くと、揶揄うもんじゃないよ、と片目をつぶった。
はあい、と少女はぺろりと舌を出した。可愛らしいものだ、とGは思い、口の端を軽く上げた。
そんな会話が聞こえたのかどうか定かではないが、「伯爵」と呼ばれた紳士はつと席を立った。
キムはちら、とその方向に視線をやり、軽く肩を竦めた。
「もしかして俺、変なこと言った?」
「君のせいじゃあないだろう」
「そうよ、いつもあのひとはそうなのよ」
少女が口をはさむ。
「君は今の紳士をよく知っているようだね。伯爵というのは本当の名?」
「さあどうかしら」
少女はふらふらと首を横に振る。その拍子に大きな耳も長い髪も一緒に揺れた。
「ここでは毎晩の様に仮装舞踏会が開かれているのよ。そしてここに居る人達は、その時に名乗った名が全て。あたしだってそうよ。あたしが今ここで、何処かの国の公女さまとでも名乗ればそれもまたここでは本当のことなのよ」
「なるほどね。ここではここなりの役割が皆あると」
キムは頬に指をちょいと当て、面白そうに話に耳を傾けた。
「そ。だから今日のあたしはここではアリスの兎よ。貴方がたはだあれ?」
「僕達?」
彼らは顔を見合わせた。
「考えてこなかった?」
くすくす、と少女は笑う。
「じゃああたしが付けても構わない?」
二人は同時にうなづいた。少女はそれではまず、と前置きをすると、Gの方を向いた。
「あなたはその白の軍服がとてもよく似合うから、『大佐』なんてどお?」
「悪くないな」
「俺は? 俺は?」
「あなたは―――」
自分を指差し催促するキムに、うーん、と少女は唇に人差し指を当てると、やや上目づかいに見据えた。
「笑い猫、なんてどう?」
「笑い猫ねえ…… 猫は俺の柄じゃあないと思うけど」
青年は栗色の長い髪をざっとかき上げる。確かにそうだ、とGも思う。猫よりは犬のような気がする。
「でもいいさ。そうそう悪くはない」
「決まりね」
少女は紅の瞳を輝かせた。
「ところで君は、誰の兎なの?」
「あたし?」
白いレースにくるまれた少女の手がつ、と人差し指を立てた。何かを捜すかのようにその指は人混みをたどっていたが、やがて一つの場で止まった。
「見て」
少女は絶対の命令であるかのようにそう告げた。
「あそこにあたしの御主人様がいらっしゃるわ」
Gは少女の指の向く方向へつ、とその視線を向けた。は、と目を見開く。
あれは人間か?
彼の脳裏に、反射的にひらめいたのはそんな問いだった。
それは大きなビスクドールだった。少なくとも彼の目にはそう映った。
どっしりとした光沢のあるエリザベス朝風の蒼の衣装に全身をくるまれたそれは、そこにそうして立っているだけで、周囲を息苦しくするくらいの強烈な存在感があった。
だがとても人間とは思えなかった。
それが呼吸していると考えることができなかった。
例えそれが、たっぷりとした孔雀の羽根の扇を心臓の鼓動くらいのテンポで緩やかに揺らせていたとしても。
あれを知っているか、とGはキムに目配せをした。彼は曖昧に肩を竦めた。
「女王様」
兎の少女は名乗った名さながらに軽い足どりで、彼女の主人の元へ駆け寄った。
回転数を間違えた映画のフィルムのように、蒼の女王の首が軽く角度を変え、召使いの少女に向かってゆっくりと手をさしのべる。
「女王様、ね」
ふとキムがくす、と笑っているのにGは気付いた。
「何がおかしい?」
「いや、仮装舞踏会って楽しいな、とね」
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