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第5話 蒼の女王について
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「やあすみません。家事長に任せておいたらつい忘れてしまったそうで。サンド・リヨン君?」
伯爵はあらかじめ郵送されていた、彼の偽の履歴書に記された名前を呼んだ。
「お構いなく。でもルビイ嬢が出てきてくれて助かりました。ですが伯爵、昨夜判っておりましたら、僕にもご挨拶の一つもできましたものを」
「いやいや」
穏やかな笑みを浮かべながら伯爵は手を振る。指を揃えて振る様が、Gの神経にやや障った。何やらそれは、馴染み深いものを思い出させる。
伯爵は思ったより若いようだった。眼鏡の底の瞳は穏やかな光をたたえ、髭もまたよく手入れがされていて、それでいて嫌味ではない。年季を重ねたように見せようとはしているが、三十越えているかどうか、というぐらいに彼には思われた。
「それで、彼女には全教科と、音楽を?」
「名目上は。ですが、さほど大仰なこととは思わないで下さい。どちらかと言えば、私は彼女と話が出来るような相手を求めていたのですから」
「話相手、ですか」
「ええ」
やや話が違うんじゃないか、と彼はふと思った。
「僕はてっきり、彼女はあの女性の身内かと思っていました」
「女性? ―――ああ、蒼の女王のことですか」
「やはりそう呼ばれているのですか?」
彼は、昨夜見たあの最高級の蒼いビスクドールの様な姿を脳裏に浮かべた。忘れようと思っても、あの姿はそうそう忘れられるものではない。
「あの方をそれ以外のどんな名で呼べましょうか?」
伯爵は笑みを浮かべながら言う。確かにそうだった。Gも無言でうなづいた。
「あの方は、去年よりの避暑客です。この都市で毎夜のようにくりひろげられる仮装舞踏会、そこでは必ず蒼の衣装をつけて現れる。そして似合っておられる、どんな色よりも」
「そうですね」
彼もまたうなづく。伯爵の言うことは間違ってはいないだろうと思う。だがこの賛美の言葉は嘘だ、と同時にGは感じていた。
崇拝者の持つあの雰囲気が、この伯爵には存在しない。他人の表現する賛美の言葉を、ひどく冷静に、陶酔したような表情で述べることができるのだ、と彼は判断した。
「今度君にもあの方を引き合わせ致しましょう。きっとよい出会いとなりますよ」
「ありがとうございます」
話が終わったのを見計らったように、少女が部屋に飛び込んできた。外へ行きましょう、という少女の誘いに彼は断る理由を持たなかった。
*
「君は嘘をついたね?」
「嘘? 何のことかしら?」
少女は彼の少し前を歩きながら、後ろ手にくるりと振り向いた。お庭を案内してあげる、と少女に連れ出されたのは、ほとんど森と言って差し支えなかった。高い木々の間からきらきらと光が漏れる。
「囲われているなんて」
「嘘じゃあないわ。今はともかく、大きくなったらそうするって、女王様もおっしゃったもの」
「蒼の女王様?」
「そうよ」
「彼女と君はどういう関係なの?」
「知りたい?」
彼はうなづいた。あの蒼の女王と呼ばれている人物に、彼は危険なものを感じとっていたのだ。
何処がどう、と言葉で説明できるものではない。それは入眠時に一瞬ぎらりと見える、夢の中の映像にも似ていた。
ひどく鮮明で、細部まで自分は把握しているはずなのに、目覚めた正気の頭の中には、それは決して映らない。
だが夢とて自分の精神活動の一つである。彼は自分のそんな一瞬の感覚を大切にしていた。
「あたしは女王様のお人形なのよ。拾われた時から」
「拾われた」
「ええそう」
ひらり、と少女の真っ赤な目の光が揺れた。
「でもきっとそんな日は来ないのよ」
少女はそう言って、意味有りげに笑った。
伯爵はあらかじめ郵送されていた、彼の偽の履歴書に記された名前を呼んだ。
「お構いなく。でもルビイ嬢が出てきてくれて助かりました。ですが伯爵、昨夜判っておりましたら、僕にもご挨拶の一つもできましたものを」
「いやいや」
穏やかな笑みを浮かべながら伯爵は手を振る。指を揃えて振る様が、Gの神経にやや障った。何やらそれは、馴染み深いものを思い出させる。
伯爵は思ったより若いようだった。眼鏡の底の瞳は穏やかな光をたたえ、髭もまたよく手入れがされていて、それでいて嫌味ではない。年季を重ねたように見せようとはしているが、三十越えているかどうか、というぐらいに彼には思われた。
「それで、彼女には全教科と、音楽を?」
「名目上は。ですが、さほど大仰なこととは思わないで下さい。どちらかと言えば、私は彼女と話が出来るような相手を求めていたのですから」
「話相手、ですか」
「ええ」
やや話が違うんじゃないか、と彼はふと思った。
「僕はてっきり、彼女はあの女性の身内かと思っていました」
「女性? ―――ああ、蒼の女王のことですか」
「やはりそう呼ばれているのですか?」
彼は、昨夜見たあの最高級の蒼いビスクドールの様な姿を脳裏に浮かべた。忘れようと思っても、あの姿はそうそう忘れられるものではない。
「あの方をそれ以外のどんな名で呼べましょうか?」
伯爵は笑みを浮かべながら言う。確かにそうだった。Gも無言でうなづいた。
「あの方は、去年よりの避暑客です。この都市で毎夜のようにくりひろげられる仮装舞踏会、そこでは必ず蒼の衣装をつけて現れる。そして似合っておられる、どんな色よりも」
「そうですね」
彼もまたうなづく。伯爵の言うことは間違ってはいないだろうと思う。だがこの賛美の言葉は嘘だ、と同時にGは感じていた。
崇拝者の持つあの雰囲気が、この伯爵には存在しない。他人の表現する賛美の言葉を、ひどく冷静に、陶酔したような表情で述べることができるのだ、と彼は判断した。
「今度君にもあの方を引き合わせ致しましょう。きっとよい出会いとなりますよ」
「ありがとうございます」
話が終わったのを見計らったように、少女が部屋に飛び込んできた。外へ行きましょう、という少女の誘いに彼は断る理由を持たなかった。
*
「君は嘘をついたね?」
「嘘? 何のことかしら?」
少女は彼の少し前を歩きながら、後ろ手にくるりと振り向いた。お庭を案内してあげる、と少女に連れ出されたのは、ほとんど森と言って差し支えなかった。高い木々の間からきらきらと光が漏れる。
「囲われているなんて」
「嘘じゃあないわ。今はともかく、大きくなったらそうするって、女王様もおっしゃったもの」
「蒼の女王様?」
「そうよ」
「彼女と君はどういう関係なの?」
「知りたい?」
彼はうなづいた。あの蒼の女王と呼ばれている人物に、彼は危険なものを感じとっていたのだ。
何処がどう、と言葉で説明できるものではない。それは入眠時に一瞬ぎらりと見える、夢の中の映像にも似ていた。
ひどく鮮明で、細部まで自分は把握しているはずなのに、目覚めた正気の頭の中には、それは決して映らない。
だが夢とて自分の精神活動の一つである。彼は自分のそんな一瞬の感覚を大切にしていた。
「あたしは女王様のお人形なのよ。拾われた時から」
「拾われた」
「ええそう」
ひらり、と少女の真っ赤な目の光が揺れた。
「でもきっとそんな日は来ないのよ」
少女はそう言って、意味有りげに笑った。
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