3days,あるいはまだ見ぬチューリップ~学内暗殺者の悲劇

江戸川ばた散歩

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第12話 「カルピスじゃないのか」

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 浅い眠りを何度もよし野は繰り返した。
 中里を待ったまま、TVの前でうたた寝し、二時過ぎに布団に入った。だがなかなか寝付けなかった。
 すっと少しだけ意識を失ったかと思うと、今度は奇妙な夢で目を覚ます。具体的にはまるで判らない。だけどそれがひどく悪い感触のものであるのは、確実に思い出せる。
 外はぼんやりと明るい。柱に掛けられた時計の針が、六時少し過ぎを指していた。
 彼女は起き出して、枕元に置いていた携帯を見る。鳴ったらすぐに目を覚ますことができる様に、音量を最大にしておいたものだ。
 だけど結局それが鳴ることはなかった。メールも入っていない。ふう、とよし野は両手で携帯をくるむようにすると、ため息まじりに小さくつぶやく。

「……ねえ哲ちゃん、もう15日だよ、今日……」

 昨日プレゼントすることに意味があったんじゃないの? 
 そんな彼女の言葉も彼には届かない。
 仕方なく、彼女はもう一度、メモリのトップにある番号にコールする。



 ……ぴぴぴぴぴ……ぴぴぴぴぴ……

 古典的な携帯電話のコール音がまだ薄暗い保健室に鳴り響く。

 ……うるさい……

 「彼」はその音に、自分の意識が次第にはっきりしてくるのを覚えた。

 コールは長い。しつこい。十……十一……。
 またあの女だ。

 「彼」は思う。ひどく身体がだるい。

 身体が、だるい?

 「彼」にとって、それは初めての感覚だった。
 太い腕に力を込め、顔をしかめながら、ゆっくりと身体を起こす。と、ふっとコーヒーの匂いが漂って来た。

「……起きたかい」
「岩室さん…… 何で」

 「彼」は慌てて顔を上げた。

「お前、あの時も、そう言ったな」

 彼女は椅子から立ち上がる。机の上には、「麻酔銃」が置かれていた。去年の夏見た「壊れているはず」の。

「携帯、鳴ってるよ」
「どうせ、あの女だろ」
「ふうん」

 彼女はずっ、とコーヒーを口に含む。

「何となく変だとは思ってたが…… 中里に見えるが、中里じゃないな、お前。もう一人の方かい」

 「彼」はぴくりと肩わ震わせた。

「まあ、コーヒーでも呑むか」
「……カルピスじゃないのか」

 そう「彼」が言うと、岩室は眼鏡の下の瞳を軽く細めた。

「お前はあの中里じゃないし、今は夏じゃない。カルピスは冷たい方が美味いと私は思う」

 そう言って彼女は、冷蔵庫の上に置かれたサーバーから、大きなマグカップにコーヒーをなみなみと注ぐ。

「砂糖とミルクは」
「両方」

 ぽん、と投げ出す様に「彼」は言った。

「なるほど、それでもそういう所は同じなんだな」

 口元を軽く上げると、岩室はベッドの上の「彼」にカップを手渡した。
 両手でそれを受け取ると、「彼」は黙って口にする。

「熱くはないか?」
「……」
「それとも、そんなことは感じないか?」
「……」

 岩室は仕方ないな、という顔で苦笑する。

「中里は、今、どうしてるんだ?」

 「彼」は唇を噛んで押し黙る。
 岩室はデスクの端に片手をつき、しばらく自分のコーヒーをゆっくりとすする。
 次第に空が明るくなってくる。
 遠くの住宅街の間から、太陽が昇ってくるのが、薄い、白いカーテンの隙間から見える。
 五分くらい経った頃だろうか。「彼」はぽつんと口を開いた。

「……オレの中だ」
「中、か」
「あんたの姿も見えてるし、コトバも聞こえるハズだ。ただ、身体だけが、今はアイツの自由にはならない」
「『R』が切れたせい、か」

 勢い良く、「彼」は岩室に顔を向け、言葉を投げる。

「やっぱり、知ってたのか、あんた…… 岩室さん、あんたは、何なんだ? 何者なんだ? ただの『保健室のセンセイ』じゃねえのか? ねえんだな?」

 ことん、と岩室はカップを置く。そして机の上の、小さな折り紙の箱細工を「彼」に向かって放り投げた。
 「彼」の膝の上に、箱は落ちた。クリーム色の布団のカバーの上に、色とりどりの紙を組み合わせたその小さな箱は、奇妙に浮きあがって見える。

「十年前、私の友人が、突然『転校』した」

 はっ、と「彼」は顔を上げる。

「それは―――まさか」 
「……いや、殺された側じゃない」

 岩室は首を横に振る。

「彼女自身が『R』だったんだ。ただその最後のターゲット予定にされていたのが、私だった」
「それで…… その子は……」
「インスペクターが上に報告する前に、気付いた彼女は死んだよ。自分のチームのメンバー二人を道連れにして」

 岩室は軽く眉を寄せた。そんな、と「彼」はつぶやいた。

「彼女はその時、私に短い手紙を残していった」

 こんな風にな、とクラスの少女達が時々交換している、複雑な折り方の淡い色の紙を目の前にかざした。

「もともと無口な子だった。でも手紙は好きだった。書きたいことが全て表せる訳ではないけれど、文字になっていれば、受け取ったひとのもとにずっと残るから、と」

 「彼」は唇をぐっと噛んだ。

「実際、その手紙の内容は、私にはさっぱり判らなかった。さようならのひとことも無かった。それに中等の六年生だ。今更『転校』もないだろう、と当時の私でも思った」

 だが案外誰も考えないものだな、と彼女は苦笑しながらつぶやく。

「その訳の判らなさが、それは私の中で、ずっと疑問になって気持ちの中にくすぶっていた。大学に行っても消えることは無かった。そして適性と努力の結果、私はこうやって保健医になって、学校という場に戻ってきて―――そして、判った。彼女の正体が」
「その子が『R』だってことがかよ」
「ああ」
「どうやって、そんなこと、判ったんだよ!?」
「昔、折り紙のカブトムシの中に、自分が受けたことを父親に書き残して自殺した『B』の少年が居た」
「え……」

 「彼」は話の飛躍に目を丸くする。

「父親は教師だった。だから、それが正しいはずの教育改革のために、国が自分の息子にした結果だ、と悟るのは早かった。彼は―――復讐を誓い、仲間を増やして行った」

 「彼」は折り紙細工の箱と、岩室に交互に目をやる。

「……そういう集団が、あるんだよ。私や―――うちのダンナが、参加している集団がな」

 「彼」は思わず胸を押さえた。
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