13 / 21
第12話 「カルピスじゃないのか」
しおりを挟む
浅い眠りを何度もよし野は繰り返した。
中里を待ったまま、TVの前でうたた寝し、二時過ぎに布団に入った。だがなかなか寝付けなかった。
すっと少しだけ意識を失ったかと思うと、今度は奇妙な夢で目を覚ます。具体的にはまるで判らない。だけどそれがひどく悪い感触のものであるのは、確実に思い出せる。
外はぼんやりと明るい。柱に掛けられた時計の針が、六時少し過ぎを指していた。
彼女は起き出して、枕元に置いていた携帯を見る。鳴ったらすぐに目を覚ますことができる様に、音量を最大にしておいたものだ。
だけど結局それが鳴ることはなかった。メールも入っていない。ふう、とよし野は両手で携帯をくるむようにすると、ため息まじりに小さくつぶやく。
「……ねえ哲ちゃん、もう15日だよ、今日……」
昨日プレゼントすることに意味があったんじゃないの?
そんな彼女の言葉も彼には届かない。
仕方なく、彼女はもう一度、メモリのトップにある番号にコールする。
*
……ぴぴぴぴぴ……ぴぴぴぴぴ……
古典的な携帯電話のコール音がまだ薄暗い保健室に鳴り響く。
……うるさい……
「彼」はその音に、自分の意識が次第にはっきりしてくるのを覚えた。
コールは長い。しつこい。十……十一……。
またあの女だ。
「彼」は思う。ひどく身体がだるい。
身体が、だるい?
「彼」にとって、それは初めての感覚だった。
太い腕に力を込め、顔をしかめながら、ゆっくりと身体を起こす。と、ふっとコーヒーの匂いが漂って来た。
「……起きたかい」
「岩室さん…… 何で」
「彼」は慌てて顔を上げた。
「お前、あの時も、そう言ったな」
彼女は椅子から立ち上がる。机の上には、「麻酔銃」が置かれていた。去年の夏見た「壊れているはず」の。
「携帯、鳴ってるよ」
「どうせ、あの女だろ」
「ふうん」
彼女はずっ、とコーヒーを口に含む。
「何となく変だとは思ってたが…… 中里に見えるが、中里じゃないな、お前。もう一人の方かい」
「彼」はぴくりと肩わ震わせた。
「まあ、コーヒーでも呑むか」
「……カルピスじゃないのか」
そう「彼」が言うと、岩室は眼鏡の下の瞳を軽く細めた。
「お前はあの中里じゃないし、今は夏じゃない。カルピスは冷たい方が美味いと私は思う」
そう言って彼女は、冷蔵庫の上に置かれたサーバーから、大きなマグカップにコーヒーをなみなみと注ぐ。
「砂糖とミルクは」
「両方」
ぽん、と投げ出す様に「彼」は言った。
「なるほど、それでもそういう所は同じなんだな」
口元を軽く上げると、岩室はベッドの上の「彼」にカップを手渡した。
両手でそれを受け取ると、「彼」は黙って口にする。
「熱くはないか?」
「……」
「それとも、そんなことは感じないか?」
「……」
岩室は仕方ないな、という顔で苦笑する。
「中里は、今、どうしてるんだ?」
「彼」は唇を噛んで押し黙る。
岩室はデスクの端に片手をつき、しばらく自分のコーヒーをゆっくりとすする。
次第に空が明るくなってくる。
遠くの住宅街の間から、太陽が昇ってくるのが、薄い、白いカーテンの隙間から見える。
五分くらい経った頃だろうか。「彼」はぽつんと口を開いた。
「……オレの中だ」
「中、か」
「あんたの姿も見えてるし、コトバも聞こえるハズだ。ただ、身体だけが、今はアイツの自由にはならない」
「『R』が切れたせい、か」
勢い良く、「彼」は岩室に顔を向け、言葉を投げる。
「やっぱり、知ってたのか、あんた…… 岩室さん、あんたは、何なんだ? 何者なんだ? ただの『保健室のセンセイ』じゃねえのか? ねえんだな?」
ことん、と岩室はカップを置く。そして机の上の、小さな折り紙の箱細工を「彼」に向かって放り投げた。
「彼」の膝の上に、箱は落ちた。クリーム色の布団のカバーの上に、色とりどりの紙を組み合わせたその小さな箱は、奇妙に浮きあがって見える。
「十年前、私の友人が、突然『転校』した」
はっ、と「彼」は顔を上げる。
「それは―――まさか」
「……いや、殺された側じゃない」
岩室は首を横に振る。
「彼女自身が『R』だったんだ。ただその最後のターゲット予定にされていたのが、私だった」
「それで…… その子は……」
「インスペクターが上に報告する前に、気付いた彼女は死んだよ。自分のチームのメンバー二人を道連れにして」
岩室は軽く眉を寄せた。そんな、と「彼」はつぶやいた。
「彼女はその時、私に短い手紙を残していった」
こんな風にな、とクラスの少女達が時々交換している、複雑な折り方の淡い色の紙を目の前にかざした。
「もともと無口な子だった。でも手紙は好きだった。書きたいことが全て表せる訳ではないけれど、文字になっていれば、受け取ったひとのもとにずっと残るから、と」
「彼」は唇をぐっと噛んだ。
「実際、その手紙の内容は、私にはさっぱり判らなかった。さようならのひとことも無かった。それに中等の六年生だ。今更『転校』もないだろう、と当時の私でも思った」
だが案外誰も考えないものだな、と彼女は苦笑しながらつぶやく。
「その訳の判らなさが、それは私の中で、ずっと疑問になって気持ちの中にくすぶっていた。大学に行っても消えることは無かった。そして適性と努力の結果、私はこうやって保健医になって、学校という場に戻ってきて―――そして、判った。彼女の正体が」
「その子が『R』だってことがかよ」
「ああ」
「どうやって、そんなこと、判ったんだよ!?」
「昔、折り紙のカブトムシの中に、自分が受けたことを父親に書き残して自殺した『B』の少年が居た」
「え……」
「彼」は話の飛躍に目を丸くする。
「父親は教師だった。だから、それが正しいはずの教育改革のために、国が自分の息子にした結果だ、と悟るのは早かった。彼は―――復讐を誓い、仲間を増やして行った」
「彼」は折り紙細工の箱と、岩室に交互に目をやる。
「……そういう集団が、あるんだよ。私や―――うちのダンナが、参加している集団がな」
「彼」は思わず胸を押さえた。
中里を待ったまま、TVの前でうたた寝し、二時過ぎに布団に入った。だがなかなか寝付けなかった。
すっと少しだけ意識を失ったかと思うと、今度は奇妙な夢で目を覚ます。具体的にはまるで判らない。だけどそれがひどく悪い感触のものであるのは、確実に思い出せる。
外はぼんやりと明るい。柱に掛けられた時計の針が、六時少し過ぎを指していた。
彼女は起き出して、枕元に置いていた携帯を見る。鳴ったらすぐに目を覚ますことができる様に、音量を最大にしておいたものだ。
だけど結局それが鳴ることはなかった。メールも入っていない。ふう、とよし野は両手で携帯をくるむようにすると、ため息まじりに小さくつぶやく。
「……ねえ哲ちゃん、もう15日だよ、今日……」
昨日プレゼントすることに意味があったんじゃないの?
そんな彼女の言葉も彼には届かない。
仕方なく、彼女はもう一度、メモリのトップにある番号にコールする。
*
……ぴぴぴぴぴ……ぴぴぴぴぴ……
古典的な携帯電話のコール音がまだ薄暗い保健室に鳴り響く。
……うるさい……
「彼」はその音に、自分の意識が次第にはっきりしてくるのを覚えた。
コールは長い。しつこい。十……十一……。
またあの女だ。
「彼」は思う。ひどく身体がだるい。
身体が、だるい?
「彼」にとって、それは初めての感覚だった。
太い腕に力を込め、顔をしかめながら、ゆっくりと身体を起こす。と、ふっとコーヒーの匂いが漂って来た。
「……起きたかい」
「岩室さん…… 何で」
「彼」は慌てて顔を上げた。
「お前、あの時も、そう言ったな」
彼女は椅子から立ち上がる。机の上には、「麻酔銃」が置かれていた。去年の夏見た「壊れているはず」の。
「携帯、鳴ってるよ」
「どうせ、あの女だろ」
「ふうん」
彼女はずっ、とコーヒーを口に含む。
「何となく変だとは思ってたが…… 中里に見えるが、中里じゃないな、お前。もう一人の方かい」
「彼」はぴくりと肩わ震わせた。
「まあ、コーヒーでも呑むか」
「……カルピスじゃないのか」
そう「彼」が言うと、岩室は眼鏡の下の瞳を軽く細めた。
「お前はあの中里じゃないし、今は夏じゃない。カルピスは冷たい方が美味いと私は思う」
そう言って彼女は、冷蔵庫の上に置かれたサーバーから、大きなマグカップにコーヒーをなみなみと注ぐ。
「砂糖とミルクは」
「両方」
ぽん、と投げ出す様に「彼」は言った。
「なるほど、それでもそういう所は同じなんだな」
口元を軽く上げると、岩室はベッドの上の「彼」にカップを手渡した。
両手でそれを受け取ると、「彼」は黙って口にする。
「熱くはないか?」
「……」
「それとも、そんなことは感じないか?」
「……」
岩室は仕方ないな、という顔で苦笑する。
「中里は、今、どうしてるんだ?」
「彼」は唇を噛んで押し黙る。
岩室はデスクの端に片手をつき、しばらく自分のコーヒーをゆっくりとすする。
次第に空が明るくなってくる。
遠くの住宅街の間から、太陽が昇ってくるのが、薄い、白いカーテンの隙間から見える。
五分くらい経った頃だろうか。「彼」はぽつんと口を開いた。
「……オレの中だ」
「中、か」
「あんたの姿も見えてるし、コトバも聞こえるハズだ。ただ、身体だけが、今はアイツの自由にはならない」
「『R』が切れたせい、か」
勢い良く、「彼」は岩室に顔を向け、言葉を投げる。
「やっぱり、知ってたのか、あんた…… 岩室さん、あんたは、何なんだ? 何者なんだ? ただの『保健室のセンセイ』じゃねえのか? ねえんだな?」
ことん、と岩室はカップを置く。そして机の上の、小さな折り紙の箱細工を「彼」に向かって放り投げた。
「彼」の膝の上に、箱は落ちた。クリーム色の布団のカバーの上に、色とりどりの紙を組み合わせたその小さな箱は、奇妙に浮きあがって見える。
「十年前、私の友人が、突然『転校』した」
はっ、と「彼」は顔を上げる。
「それは―――まさか」
「……いや、殺された側じゃない」
岩室は首を横に振る。
「彼女自身が『R』だったんだ。ただその最後のターゲット予定にされていたのが、私だった」
「それで…… その子は……」
「インスペクターが上に報告する前に、気付いた彼女は死んだよ。自分のチームのメンバー二人を道連れにして」
岩室は軽く眉を寄せた。そんな、と「彼」はつぶやいた。
「彼女はその時、私に短い手紙を残していった」
こんな風にな、とクラスの少女達が時々交換している、複雑な折り方の淡い色の紙を目の前にかざした。
「もともと無口な子だった。でも手紙は好きだった。書きたいことが全て表せる訳ではないけれど、文字になっていれば、受け取ったひとのもとにずっと残るから、と」
「彼」は唇をぐっと噛んだ。
「実際、その手紙の内容は、私にはさっぱり判らなかった。さようならのひとことも無かった。それに中等の六年生だ。今更『転校』もないだろう、と当時の私でも思った」
だが案外誰も考えないものだな、と彼女は苦笑しながらつぶやく。
「その訳の判らなさが、それは私の中で、ずっと疑問になって気持ちの中にくすぶっていた。大学に行っても消えることは無かった。そして適性と努力の結果、私はこうやって保健医になって、学校という場に戻ってきて―――そして、判った。彼女の正体が」
「その子が『R』だってことがかよ」
「ああ」
「どうやって、そんなこと、判ったんだよ!?」
「昔、折り紙のカブトムシの中に、自分が受けたことを父親に書き残して自殺した『B』の少年が居た」
「え……」
「彼」は話の飛躍に目を丸くする。
「父親は教師だった。だから、それが正しいはずの教育改革のために、国が自分の息子にした結果だ、と悟るのは早かった。彼は―――復讐を誓い、仲間を増やして行った」
「彼」は折り紙細工の箱と、岩室に交互に目をやる。
「……そういう集団が、あるんだよ。私や―――うちのダンナが、参加している集団がな」
「彼」は思わず胸を押さえた。
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
義妹の嫌がらせで、子持ち男性と結婚する羽目になりました。義理の娘に嫌われることも覚悟していましたが、本当の家族を手に入れることができました。
石河 翠
ファンタジー
義母と義妹の嫌がらせにより、子持ち男性の元に嫁ぐことになった主人公。夫になる男性は、前妻が残した一人娘を可愛がっており、新しい子どもはいらないのだという。
実家を出ても、自分は家族を持つことなどできない。そう思っていた主人公だが、娘思いの男性と素直になれないわがままな義理の娘に好感を持ち、少しずつ距離を縮めていく。
そんなある日、死んだはずの前妻が屋敷に現れ、主人公を追い出そうとしてきた。前妻いわく、血の繋がった母親の方が、継母よりも価値があるのだという。主人公が言葉に詰まったその時……。
血の繋がらない母と娘が家族になるまでのお話。
この作品は、小説家になろうおよびエブリスタにも投稿しております。
扉絵は、管澤捻さまに描いていただきました。
三十年後に届いた白い手紙
RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。
彼は最後まで、何も語らなかった。
その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。
戴冠舞踏会の夜。
公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。
それは復讐でも、告発でもない。
三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、
「渡されなかった約束」のための手紙だった。
沈黙のまま命を捨てた男と、
三十年、ただ待ち続けた女。
そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。
これは、
遅れて届いた手紙が、
人生と運命を静かに書き換えていく物語。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる