3days,あるいはまだ見ぬチューリップ~学内暗殺者の悲劇

江戸川ばた散歩

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第16話 納得のできる理由

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「出会ったのは、四年前かな」

 高村は話し出した。

「俺が教育大を卒業して、その後薬大に入り直してた時だ」
「そんなこと、できるんですか?」
「適性はあったからね。教育大でも化学専攻だったし。ただ俺、その時に、キミ等みたいな奴等に出会ってしまってね」

 そう言えば。「彼」に岩室は言っていた。

「俺はその時の奴等に『R』を託されて、その分析のために、薬大に行き直してたんだ」
「そんなことが……」
「色々なチームがあるらしいよ」

 高村はふっと苦笑する。

「だけどまあ、さすがに行き直しとなると、親のすねかじりって言う訳もいかないし、国の補助もそうそう効かないだろ。そもそも国のやり方に反旗翻すためだしね。だから民間の奨学金と、バイトで何とかしのいでたってとこ」

 それはすごい、と中里は思う。

「でもまあ、どうせバイトするんだったら、と思ってね、学校の紹介で、薬品会社のルートセールスとかやってたんだよ。指定されたとこに、薬品を届けるって奴。車の免許は持ってたし、やっぱり今の時代、何処でもパートとバイトが主戦力だろ。結構重宝がられてたぜ。で、そのルートの一つに、キミ等の学校があったんだ」

 おっと、こっちだな、と彼は前方に青いルートの看板が見えた時、カーナビゲーションを確認する。

「この車の方が広いから、改造カーナビも二台おけるだろ、ってあっさり言うんだよな、あいつは」
「でも確かに、あっちの車よりは広いですね」
「ああ、まあね。色々運んだりするにはでかい方がいいだろ」

 形は岩室も高村もそう変わらない、ワンボックスである。ただやや高村の方がやや大きい。そしてその少しだけ大きな座席の前に、カーナビを二台置いているのだ。
 現在、その一台はよし野が持つ「お守り」の発信器を、もう一台は溝口あての「義理チョコ」に付けられたものを追っているのだという。

「そう言えば、高村さんはチョコ、岩室さんからもらったんですか?」
「おかげでまだだよ。あとでまとめてもらうさ」

 彼は苦笑する。それもそうですね、と中里も答えた。

「あー…… それでだな、話が途中になったな。めいかは窓口みたいなものだった訳だ。学校のね。で、俺が薬大卒業した後には先生になる、とか話すうちに、結構気が合って。セールスに行くたびに、無駄話なんかもする様になったんだ。で、まず休日のランチに誘って」

 段階を踏んでいるのか、と中里は肩をすくめる。

「それからまたしばらくして、普通の日の夕食に誘って、で、その後、週末の夜の映画に誘った訳」
「映画だけですか?」
「そんな訳あると思う?」

 無い、とさすがの中里でも思った。

「週末の夜の映画、と来たら次は呑みつきのお食事。その後はまあその流れ次第、というのがオトナでしょう。俺はさすがにホテルに予約までは取らなかったけどね」

 にやり、と高村は口元を上げた。

「俺は」

 赤くなる中里に、冗談、と高村は笑った。

「ただね、呑みに行くと、結構忘れてたこととか、本音とか出るじゃない。俺達結構その時いいトシだったんだからさ。普段素面では出ない言葉が、アルコール入ると、ぽろっと出てしまう訳よ。で、俺もつい聞いてしまった訳。『めいかさんのとこ、やっぱり年に一人二人の転校ってあるの?』って」

 それがどう失言なんだろう、と中里は首を傾げる。

「で、彼女問い返した訳。いきなり正気の目になって、『やっぱり、って何?』って。俺まで正気に返っちゃったよ。彼女も何か薄々気付いてたんだね。だけど」

 ほら、と高村はカーナビの横に置かれている折り紙を指す。ああこれが、岩室の言った化学模型か、と中里は思い出す。

「彼女は『折り紙』には反応しなかった。これはうちの集団のしるしみたいなもんだからね。これは。だから俺は少し迷ったよ。その彼女の問いに答えるのは」
「……でも結局、答えたんですか?」

 まあね、と高村はうなづいた。

「彼女の側の事情を聞いたからね。口にしてしまったら、酒のせいもあってか、まあぼろぼろと泣き出して」

 信じられない、と中里は思った。そんな岩室の姿は想像ができない。だが「彼」に対する岩室の行動を考えれば、それはそれなりに納得できることかもしれない。

「うちの奥さんから、事情は聞いた?」
「俺じゃなくあいつが、聞いたけど」
「もう一人の、キミ?」

 中里はうなづいた。

「そう、彼女はだから、たぶん俺よりずっと『R』のキミ等に対して強い感情を持ってる。だからこそ、俺も結局、うちの集団に誘った」
「勧誘ですか」

 ははは、と高村は笑った。

「かなり危険な勧誘だよな。……でもまあ、俺達の参加は、結局は自分自身のためだと思うし」

 と言うと? 中里は問い返した。

「参加することで、自分のアイデンティティとか、自分がその時できなかったことに対する、償いができる様な気がするのかもしれない。……怒るかもしれないけどな、当事者であるキミ等にとっては」
「いいえ」

 中里は首を横に振った。

「難しい言葉はよく判らないけれど、自分のため、ってのは、逆に俺は納得できる」
「そう?」
「だってそうだ。俺達はさんざん『社会全体のため』とか言われてきたんだ。そんなもの、何が信用できるって言うんだ。だったら、『自分のため』って言われた方が、よっぽど、俺にはわかりやすい。納得できる」
「そう言われると安心する。俺、小心者なんだ」

 くす、と高村は苦笑し、カーナビに目をちら、と走らせた。

「あ?」

 その声に中里も、両方に視線を落とす。

「……ポイントが、ずれた……?」



 がたん、という衝撃でよし野は目を覚ました。
 だがそこが見知らぬ車の中である、ということに気付いた途端、彼女は再び目を閉じた。
 とにかく、目を覚ましたことを気付かれてはいけない。
 よし野は再び固く目をつぶり、自分の状況を考える。
 まず身体がシートベルトでくくりつけられている。手も動かない。足首も縛られている様だ。膝下の裏側もひりひりと痛む。
 どう考えても、動けない状況にある。
 だがそこで泣き出したりわめいたりしないあたりがよし野だった。怖いものが無い訳ではない。ただ彼女は、あるものはある様に受け止めることができるだけなのだ。
 父親の死も、その加害者の事情も、中里の外見も、内面も、とにかくそこにそうあるものは、そのまま受け止めることができるのだ。噂や色眼鏡、といった誰かのフィルター越しではなく、ただ自分の見たままに。
 だが、それが彼女が「標的」にされた原因だったかもしれない。もっともそんなことは、今の彼女自身には関係は無い。
 とはいえ、その性格が今ここで役立つのは確かである。
 彼女は閉じた目の中で、自分の現状をなるべく正確に把握しよう、とする。
 一瞬見えた光景。車の中。それも、たぶんあれはワゴン車だ。前の座席には二人。おそらくは、溝口と、あの綺麗な上級生。長い髪と制服が、視界に入ってきていた。
 つまり、その二人が自分を何故かさらって、縛り上げている。
 そして彼女は気付く。このひと達は、自分に何をするか判らない。
 逃げたい。ぱっ、と彼女の頭にそんな言葉が浮かんだ。
 でも、どうすればいい?

「おい今、何か後ろ、動かなかったか?」

 ミラーをちら、と見た溝口は横の志野毬絵に問いかける。彼女は興味無さげに一瞬だけ振り返り、別に、と肩をすくめた。

「さっきセンセ、ずいぶん変な追い越ししたじゃない。あの時揺れたんじゃないの?」

 そうだった。ただその時、目を覚ましたのも確かである。

「……で、何処へ行くの、あたし達、今から」

 その毬絵の問いかけは、よし野が現在最も知りたいことでもあった。

「ああ、まあ……そうだな、山の中の方がいいだろう。人目につきにくい所のほうがいい」
「黒箱は?」
「ああ、こいつを入れる奴か? 無論後ろに積んであるさ。またアレをいちいち学校へ持ち帰らないといかんのが面倒だけどな」

 箱?

「仕方ないでしょ。一度校長に見せしめるのが決まりだし。あーあ、いつもなら全部学校の中で済むのにねえ。あいつが悪いんだわ、あの馬鹿が」

 何の箱だろう。よし野は考える。「こいつを入れる」と溝口はそう言った。こいつ―――自分だろうか?
 自分を入れる。入れてどうするんだ。
 そうじゃなくて。
 よし野は発想を切り替える。どうかしてから、入れるんじゃないか?
 とすれば。
 ぞっ、と彼女の背筋に一気に悪寒が走った。

「そうよね。まあ結局はそれができれば、お仕事完了、よね。ああ、これで今年度の仕事も終わりねえ」
「来年で解放されるぞ、お前は」
「長かったわよぉ。センセ、そしたらあたしを当局にインスペクターに推薦してよね」
「ああ、もちろんだ」

 ふふふ、と毬絵の声に艶が含まれる。聞いているよし野にはまるで訳の分からない内容だが、物騒であることだけは感じられた。

「じゃあ急いで山の中ね。遊ぶのはセンセ。殺すのはあたしにやらせてよ」

 殺す!
 さすがにその言葉が出た時には、よし野も思わず声が出そうになった。
 どうしよう!
 「遊ばれる」のも「殺される」のも彼女は嫌だった。
 だが今下手に動いたら、彼らは「山の中」に行く前に、すぐにでもそのあたりで停めて、「遊ぶ」抜きで殺してしまいそうな勢いがある。
 だとしたら。彼女は度胸を決める。「遊ぶ」時を狙うしかない。
 哲ちゃんのばか、と彼女は内心叫ぶ。あの時来ないから、あたし今、こんなことになってるんだぞ、と。
 だがその一方で、何の根拠もなく思う。
 あたしの居るとこくらい、判るでしょ、早く来てよ、と。
 真剣に、思う。
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