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51.「見つけた!」
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「何か騒がしいですね」
面倒くさそうに書き物をしていた相棒がつぶやく。そうだな、と布由ふゆはあまり興味なさそうに答える。
何てことない、午後だった。
その日、BBの二人は彼らの事務所に居た。
次のアルバムのレコーディングは順調に進んでいる。その合間には時々取材の仕事が入る。昔からそうだが、彼らは活字媒体への露出にはいつも意欲的である。
さらにその合間を縫って、布由の相棒の土岐《トキ》はファンクラブの会報の原稿に頭を悩ませている。
天下のBBだが、全くの人任せの会報なんぞ出してはいけない、というのがリーダーでありヴォーカリストである布由の言である。
「それにしてもやかましいですね」
「そうだな」
布由は煙草をひねり潰す。だが手にしていたチャート紙から目は離さない。
「見てきましょうか?」
「別にいーんじゃないか? どーしようもなくなったら助けを呼ぶだろ……」
がごん、とその時大きな音がした。
廊下に置いてある金属製の灰皿かゴミ箱が倒れた音だ。布由は反射的に立ち上がった。
「やめてちょうだい!」
「大隅の声じゃありませんか?」
「美保ちゃん?」
布由はチャート紙を座っていたソファの上に投げだした。
「見てくる」
「俺も行きますか?」
「別にいいよ」
布由は大きく扉を開けると、何かあったのか、とその場で怒鳴った。
さすがに天下のBBのヴォーカリストの声は誰の耳にもすぐ届いたらしい。その場で何やら大騒ぎしていたスタッフの目が一斉に彼の方を向く。
「あ、FEW《フュウ》さん、出てこないで下さい!」
「美保ちゃん何かあったのか?」
「お願いします! こっちはこっちで何とかしますから!」
先ほど叫んでいた女性スタッフは、彼の顔を確認すると叫ぶ。
何とかする?
布由はサングラスをずらすと、そう大きくはない目を一杯に広げる。誰かがひどく暴れているようだった。
その姿は彼女や、他のスタッフの身体でよく見えないが、押さえ込もうとしているスタッフの身体にひどく力がこもっているのが、多少離れていてもよく判る。
これは珍しい状況だ。
「だから何が起こって……」
「お前がFEW?!」
声がいきなり耳に飛び込んできた。
え、と布由はその声の方を向く。メゾソプラノ。
女?
声は若い女のものだった。
その声に押さえていたスタッフも驚いたのか、一瞬その力が緩む。
「うわっ!」
その瞬間、人が、飛んだ。
「は?」
布由は目を疑った。
ぽん、と本当にそのスタッフの身体は、軽く宙に投げ出されたのだった。
げ、とか何、とか口々に声が飛ぶ。そして思わず誰もが身を引いた。
「お前が!」
小柄な少女。
スタッフは再び慌ててその少女を取り押さえようとする。だが、目的の獲物を見つけた肉食獣のように、少女の行動は迅速だった。
「どけ!」
少女は前に立ちはだかろうとするスタッフの襟をむんずと片手で掴む。放り上げる。
布由はその姿に思わず息を呑む。軽々と、ボールのようにスタッフは放り投げられる。中には布由よりずっと大柄で運動部出身の者もいたというのに。
そしてまっすぐ、侵入者の彼女は布由の前へ飛び出した。
「お前がFEW、なんだな!」
彼女は大きな目を一気に見開く。にらみ据える。
まっすぐすぎるその視線に、彼は肩を引く。閉じた扉に肩が当たる。
普通ならあってはならないが、彼は人前というのに、この状況に驚き焦っていた。それに、初対面の少女にお前呼ばわりされるのは久しぶりだった。
「お前が、本当に、FEW、なのか?! 十年前、……を……」
彼女は一息にそれだけの言葉を投げつける。そしてあるCDアルバムの名を出す。布由は、ああ、とうなづく。事実は事実だ。
「見つけた!」
彼女は叫んで、布由にいきなり飛びついた。両の腕をがっちりと掴まれる。
何て力だ! 布由は思う。筋肉を潰されるような時の痛みが二の腕に広がった。
「HALが!」
「え?」
「HALがお前を探してる! 何でお前こんな簡単な所で見つか……」
途中まで叫んだと思うと、ぴくん、と彼女の身体が跳ねた。そしてかくん、と首が後ろに倒れた。
面倒くさそうに書き物をしていた相棒がつぶやく。そうだな、と布由ふゆはあまり興味なさそうに答える。
何てことない、午後だった。
その日、BBの二人は彼らの事務所に居た。
次のアルバムのレコーディングは順調に進んでいる。その合間には時々取材の仕事が入る。昔からそうだが、彼らは活字媒体への露出にはいつも意欲的である。
さらにその合間を縫って、布由の相棒の土岐《トキ》はファンクラブの会報の原稿に頭を悩ませている。
天下のBBだが、全くの人任せの会報なんぞ出してはいけない、というのがリーダーでありヴォーカリストである布由の言である。
「それにしてもやかましいですね」
「そうだな」
布由は煙草をひねり潰す。だが手にしていたチャート紙から目は離さない。
「見てきましょうか?」
「別にいーんじゃないか? どーしようもなくなったら助けを呼ぶだろ……」
がごん、とその時大きな音がした。
廊下に置いてある金属製の灰皿かゴミ箱が倒れた音だ。布由は反射的に立ち上がった。
「やめてちょうだい!」
「大隅の声じゃありませんか?」
「美保ちゃん?」
布由はチャート紙を座っていたソファの上に投げだした。
「見てくる」
「俺も行きますか?」
「別にいいよ」
布由は大きく扉を開けると、何かあったのか、とその場で怒鳴った。
さすがに天下のBBのヴォーカリストの声は誰の耳にもすぐ届いたらしい。その場で何やら大騒ぎしていたスタッフの目が一斉に彼の方を向く。
「あ、FEW《フュウ》さん、出てこないで下さい!」
「美保ちゃん何かあったのか?」
「お願いします! こっちはこっちで何とかしますから!」
先ほど叫んでいた女性スタッフは、彼の顔を確認すると叫ぶ。
何とかする?
布由はサングラスをずらすと、そう大きくはない目を一杯に広げる。誰かがひどく暴れているようだった。
その姿は彼女や、他のスタッフの身体でよく見えないが、押さえ込もうとしているスタッフの身体にひどく力がこもっているのが、多少離れていてもよく判る。
これは珍しい状況だ。
「だから何が起こって……」
「お前がFEW?!」
声がいきなり耳に飛び込んできた。
え、と布由はその声の方を向く。メゾソプラノ。
女?
声は若い女のものだった。
その声に押さえていたスタッフも驚いたのか、一瞬その力が緩む。
「うわっ!」
その瞬間、人が、飛んだ。
「は?」
布由は目を疑った。
ぽん、と本当にそのスタッフの身体は、軽く宙に投げ出されたのだった。
げ、とか何、とか口々に声が飛ぶ。そして思わず誰もが身を引いた。
「お前が!」
小柄な少女。
スタッフは再び慌ててその少女を取り押さえようとする。だが、目的の獲物を見つけた肉食獣のように、少女の行動は迅速だった。
「どけ!」
少女は前に立ちはだかろうとするスタッフの襟をむんずと片手で掴む。放り上げる。
布由はその姿に思わず息を呑む。軽々と、ボールのようにスタッフは放り投げられる。中には布由よりずっと大柄で運動部出身の者もいたというのに。
そしてまっすぐ、侵入者の彼女は布由の前へ飛び出した。
「お前がFEW、なんだな!」
彼女は大きな目を一気に見開く。にらみ据える。
まっすぐすぎるその視線に、彼は肩を引く。閉じた扉に肩が当たる。
普通ならあってはならないが、彼は人前というのに、この状況に驚き焦っていた。それに、初対面の少女にお前呼ばわりされるのは久しぶりだった。
「お前が、本当に、FEW、なのか?! 十年前、……を……」
彼女は一息にそれだけの言葉を投げつける。そしてあるCDアルバムの名を出す。布由は、ああ、とうなづく。事実は事実だ。
「見つけた!」
彼女は叫んで、布由にいきなり飛びついた。両の腕をがっちりと掴まれる。
何て力だ! 布由は思う。筋肉を潰されるような時の痛みが二の腕に広がった。
「HALが!」
「え?」
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