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108.十七番目の月の光のもと
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視界の右半分は、見覚えがある、と夏南子は思った。
「だけど左半分は全く見覚えがないわね」
川はある。だがそこに橋は無い。
少なくとも、あの高さと深さを持ったものは。目の前にあるのは、月の光を受けてきらきらと光る、水のある、本物の「川」であり、鉄骨がむき出しになった橋桁を持つ「道路」だった。
「止めてくれ。見てきたい」
言われる通りに東風は車を止めた。確かにここだ、と彼も思う。
朱夏はやや顔を歪めて、耳に手を当てる。指向性を広げているのだろう、と東風は思う。その上で更に感度を高めているのだろう。普段よりずいぶんと神経をつかうはずである。草の陰にいる虫の鳴き声がさぞうるさいだろう。
と。
いきなり弾かれたように朱夏は駆け出した。
「朱夏?」
答もせず、駆けていく。
「判ったのかしら」
「とにかく、行こう」
二人もまた、朱夏の後を追って行く。土手をすべりおりる。月明かりだけで、足元がおぼつかない。
夏南子はあまり走らない方がいい状態である自分をもどかしく思う。だから、その代わりに。
「先に行って東風!」
その代わり、このあたりをゆっくりと探しながら行こう。自分の亭主の背中を見送る。
川のほとりに、誰かが倒れている。男だ。結構大きい。
まさか安岐……?
朱夏の耳を疑う訳ではないが、この場に倒れているなら、その可能性だってあるのだ。夏南子はそろりそろりと近付くと、ポケットに入れた、コンサート用のペンライトを倒れている男に近づける。
夏南子は息を呑んだ。思いきり吸い込んだ息に声を乗せる。
「来てーっ!」
*
十七番目の月は、こうこうと地上を照らしていた。色の判別はともかく、形の判別は楽にできるくらいの明るさの光が満ちていた。
だがそれが目に入った時、朱夏は目をこすった。見間違いなどある訳ないのに、彼女は目をこすった。
「……」
朱夏は靴を脱ぎ捨てていた。
ゆっくりと、前方を歩いてくる男の姿が見える。目をこらす。感度を上げる。焦点を合わせる。
「安岐……」
間違いない。朱夏は声を張り上げる。一番呼びたかった相手の名を、その声に乗せて。
「安岐ーっ!!!!」
その声に、前を歩く男は、反射的に顔を上げた。朱夏は走り出す。走る。男は立ち止まる。そして大きく手を広げる。
勢いが良すぎた。飛びついた朱夏は、安岐を押し倒す恰好になってしまった。痛、と安岐の声が朱夏の耳に届いた。
「大丈夫か?」
「相変わらず乱暴だな」
くすくす、と安岐は笑う。
「馬鹿野郎!」
言い放つと、朱夏は安岐を抱きしめる。
「やっと、会えたね」
「会いたかった。安岐、会いたかった。ずっとずっとずっと、私は、会いたかったんた!」
どのくらいそうしていただろう。遅れてきた東風達が近付いてきた。だが二人ではない。三人だ。二人はようやく身体を起こす。
「誰だろう……」
朱夏はつぶやく。次第に月明かりだけでも人の顔までもはっきりしてくる。
東風と夏南子は、一人の大きな男を両脇から支えていた。足を怪我しているらしい。だが、その姿に、安岐は見覚えが……あるような気が……
「兄貴」
その言葉を聞いて朱夏は勢いよく安岐を引き起こす。
「安岐か? やけに大きいな」
相手は目を丸くしていた。
「だけど左半分は全く見覚えがないわね」
川はある。だがそこに橋は無い。
少なくとも、あの高さと深さを持ったものは。目の前にあるのは、月の光を受けてきらきらと光る、水のある、本物の「川」であり、鉄骨がむき出しになった橋桁を持つ「道路」だった。
「止めてくれ。見てきたい」
言われる通りに東風は車を止めた。確かにここだ、と彼も思う。
朱夏はやや顔を歪めて、耳に手を当てる。指向性を広げているのだろう、と東風は思う。その上で更に感度を高めているのだろう。普段よりずいぶんと神経をつかうはずである。草の陰にいる虫の鳴き声がさぞうるさいだろう。
と。
いきなり弾かれたように朱夏は駆け出した。
「朱夏?」
答もせず、駆けていく。
「判ったのかしら」
「とにかく、行こう」
二人もまた、朱夏の後を追って行く。土手をすべりおりる。月明かりだけで、足元がおぼつかない。
夏南子はあまり走らない方がいい状態である自分をもどかしく思う。だから、その代わりに。
「先に行って東風!」
その代わり、このあたりをゆっくりと探しながら行こう。自分の亭主の背中を見送る。
川のほとりに、誰かが倒れている。男だ。結構大きい。
まさか安岐……?
朱夏の耳を疑う訳ではないが、この場に倒れているなら、その可能性だってあるのだ。夏南子はそろりそろりと近付くと、ポケットに入れた、コンサート用のペンライトを倒れている男に近づける。
夏南子は息を呑んだ。思いきり吸い込んだ息に声を乗せる。
「来てーっ!」
*
十七番目の月は、こうこうと地上を照らしていた。色の判別はともかく、形の判別は楽にできるくらいの明るさの光が満ちていた。
だがそれが目に入った時、朱夏は目をこすった。見間違いなどある訳ないのに、彼女は目をこすった。
「……」
朱夏は靴を脱ぎ捨てていた。
ゆっくりと、前方を歩いてくる男の姿が見える。目をこらす。感度を上げる。焦点を合わせる。
「安岐……」
間違いない。朱夏は声を張り上げる。一番呼びたかった相手の名を、その声に乗せて。
「安岐ーっ!!!!」
その声に、前を歩く男は、反射的に顔を上げた。朱夏は走り出す。走る。男は立ち止まる。そして大きく手を広げる。
勢いが良すぎた。飛びついた朱夏は、安岐を押し倒す恰好になってしまった。痛、と安岐の声が朱夏の耳に届いた。
「大丈夫か?」
「相変わらず乱暴だな」
くすくす、と安岐は笑う。
「馬鹿野郎!」
言い放つと、朱夏は安岐を抱きしめる。
「やっと、会えたね」
「会いたかった。安岐、会いたかった。ずっとずっとずっと、私は、会いたかったんた!」
どのくらいそうしていただろう。遅れてきた東風達が近付いてきた。だが二人ではない。三人だ。二人はようやく身体を起こす。
「誰だろう……」
朱夏はつぶやく。次第に月明かりだけでも人の顔までもはっきりしてくる。
東風と夏南子は、一人の大きな男を両脇から支えていた。足を怪我しているらしい。だが、その姿に、安岐は見覚えが……あるような気が……
「兄貴」
その言葉を聞いて朱夏は勢いよく安岐を引き起こす。
「安岐か? やけに大きいな」
相手は目を丸くしていた。
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