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プロローグ 眠りに近い快楽
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「……もっと」
喉の奥から漏れる低い甘い声は、既に止めることを忘れていた。
「もっと…… 何?」
相手は容赦なく問いかける。伸ばされた指の先をかり、と噛む。彼のまぶたが、微かに震えた。聞こえるか聞こえない程度の声が、相手の耳にすうっと入り込む。
それが合図、とばかりに、それまでゆるゆるとした動きでただ触れるばかりだったところを、おもむろに、強く吸った。
彼は腕を伸ばして、胸の辺りにある相手の首にその腕を絡める。
いつ殺されても、おかしくはないな。
くっとあごを天井に向けながら、眠っているのか目覚めているのか曖昧な感覚の端で、彼はそんなことを考える。
でもそれもまあ、いいか。
伸ばした腕が、ふい、と相手のやや骨ばった身体をすり抜けた瞬間、空を切る。
仰向けの、自分の身体が、夜の闇の中、そのまま頭から何処かに落ちていくような感じを覚える。
それはあの時の感覚にも、よく似ていた。最初に「墜ちた」時。
もう駄目だ、と思う反面、空を切り、ゆっくりと、空を目にしながら、終わりを夢見る瞬間。絶望と、快楽がまぜこぜになった、あの忘れがたい感覚。
聞いてる? と相手は彼に問いかける。聞いてる、と彼はうわごとの様につぶやく。
それから程なくして、自分の身体が少し浮き上がり、揺さぶられるのを感じる。
息が次第に上がってくる。一体何処から湧いてくるのか、と思われる様な熱が、腰のあたりから背中を上がり、やがて頭の中までも冒し始める。
彼はこの瞬間が、どうしようも無く好きな自分を知っている。
何も考えられなくなって、ただ、自分の意志とは関係ない声だけが自分の中から漏れて。
相手に、自分の身体を好きにされている、という、呆れる程無防備で、危険な、一瞬。次の瞬間、殺されているかもしれない、という感覚は、彼にとっては、どうしようもなく、心地よいものだった。
果てて、気だるい身体を白い布の海に投げ出しても、相手はそれだけでは容赦しない。火照った皮膚の上に、冷たいものが滑らされる。
それは甘さを感じる程の冷たい水の入ったコップであることもある。そんな水を固めた、透明な四角い氷のこともある。時には、その丸みをそのまま転がす丸い果物の時も。
相手の手の中にある、たわわに実った果物は、この地では日々都度の食卓に並ぶのが当たり前の様に市場で売られているものだった。
その鮮やかな、太陽の色、黄昏の色が、彼の目に飛び込む。湿気の多い、重さを感じる程の大気が、身体十にまとわりついているから、軽く触れられただけのその果実の冷たさが、彼の皮膚を一気に粟立たせる。
相手はその黄昏色をした果物の一粒をつまみとると、彼のまだ赤みが強い唇に近づけた。彼は軽くそれを開く。押し込まれた粒は、軽く歯を当てるだけで弾けて、中の冷たい実を口の中に広げる。舌の脇に感じる酸味に、彼は目を細めた。
もう、どのくらいこんな日々が続いているのだろう?
彼はふと思う。高い気温と、青い空と白い壁と、果実の豊富な、この地。
中立地帯。
自分に関わる全てのものの目をかいくぐって、彼はこの地に居た。
できれば、この時間がずっと続けばいい、と思っていた。言葉には出さない。だが彼の身体は正直だった。
「……眠ったのかい? G」
眠ってない、と彼はつぶやく。
眠っていない。俺は正気だ。
そうつぶやいた、気が、した。
だがそんな気がした、だけかもしれない。
喉の奥から漏れる低い甘い声は、既に止めることを忘れていた。
「もっと…… 何?」
相手は容赦なく問いかける。伸ばされた指の先をかり、と噛む。彼のまぶたが、微かに震えた。聞こえるか聞こえない程度の声が、相手の耳にすうっと入り込む。
それが合図、とばかりに、それまでゆるゆるとした動きでただ触れるばかりだったところを、おもむろに、強く吸った。
彼は腕を伸ばして、胸の辺りにある相手の首にその腕を絡める。
いつ殺されても、おかしくはないな。
くっとあごを天井に向けながら、眠っているのか目覚めているのか曖昧な感覚の端で、彼はそんなことを考える。
でもそれもまあ、いいか。
伸ばした腕が、ふい、と相手のやや骨ばった身体をすり抜けた瞬間、空を切る。
仰向けの、自分の身体が、夜の闇の中、そのまま頭から何処かに落ちていくような感じを覚える。
それはあの時の感覚にも、よく似ていた。最初に「墜ちた」時。
もう駄目だ、と思う反面、空を切り、ゆっくりと、空を目にしながら、終わりを夢見る瞬間。絶望と、快楽がまぜこぜになった、あの忘れがたい感覚。
聞いてる? と相手は彼に問いかける。聞いてる、と彼はうわごとの様につぶやく。
それから程なくして、自分の身体が少し浮き上がり、揺さぶられるのを感じる。
息が次第に上がってくる。一体何処から湧いてくるのか、と思われる様な熱が、腰のあたりから背中を上がり、やがて頭の中までも冒し始める。
彼はこの瞬間が、どうしようも無く好きな自分を知っている。
何も考えられなくなって、ただ、自分の意志とは関係ない声だけが自分の中から漏れて。
相手に、自分の身体を好きにされている、という、呆れる程無防備で、危険な、一瞬。次の瞬間、殺されているかもしれない、という感覚は、彼にとっては、どうしようもなく、心地よいものだった。
果てて、気だるい身体を白い布の海に投げ出しても、相手はそれだけでは容赦しない。火照った皮膚の上に、冷たいものが滑らされる。
それは甘さを感じる程の冷たい水の入ったコップであることもある。そんな水を固めた、透明な四角い氷のこともある。時には、その丸みをそのまま転がす丸い果物の時も。
相手の手の中にある、たわわに実った果物は、この地では日々都度の食卓に並ぶのが当たり前の様に市場で売られているものだった。
その鮮やかな、太陽の色、黄昏の色が、彼の目に飛び込む。湿気の多い、重さを感じる程の大気が、身体十にまとわりついているから、軽く触れられただけのその果実の冷たさが、彼の皮膚を一気に粟立たせる。
相手はその黄昏色をした果物の一粒をつまみとると、彼のまだ赤みが強い唇に近づけた。彼は軽くそれを開く。押し込まれた粒は、軽く歯を当てるだけで弾けて、中の冷たい実を口の中に広げる。舌の脇に感じる酸味に、彼は目を細めた。
もう、どのくらいこんな日々が続いているのだろう?
彼はふと思う。高い気温と、青い空と白い壁と、果実の豊富な、この地。
中立地帯。
自分に関わる全てのものの目をかいくぐって、彼はこの地に居た。
できれば、この時間がずっと続けばいい、と思っていた。言葉には出さない。だが彼の身体は正直だった。
「……眠ったのかい? G」
眠ってない、と彼はつぶやく。
眠っていない。俺は正気だ。
そうつぶやいた、気が、した。
だがそんな気がした、だけかもしれない。
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