反帝国組織MM⑪完 Seraph――生きていくための反逆と別れ

江戸川ばた散歩

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47.M

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「アンジェラス?」

 相手は微かに抑揚を加える。

「そんな星域は知らない」
「そんな訳は」
「この星域は、我々が発見したのだ。名前など、誰が知ろう」
「M……」

 思わずGは相手の名を呼んでいた。そうなのだ。
 目の前の相手は、自分の知る、あの反帝国組織MMの盟主であり、かつての「最強の軍隊」天使種の正規軍の総司令である人物。
 Mと呼ばれる、その人物、そのものだったのだ。
 だけど。
 この場所この時間がいつの何処なのか、Gの頭はめまぐるしく回転を始める。
 少なくとも、Mは自分を知らないのだ。
 だとしたら。彼は考える。あのレプリカの反乱の起きた時期よりも、ずっと前だ。
 ずっと前。アンジェラスという星域の名前も決まっていない程昔。
 それはいつだ? Gは考える。
 答えは一つしかない。
 植民直後だ。 

「しかしお前は見ない顔だ。それとも私が知らないだけか?」

 いやそんなはずはない。その言葉の裏にはそんな思いが隠されている。

「お前は、誰だ?」
「俺は……」

 Gは言葉に詰まった。他で出会った子供の様にはいかない。どう言ったものだろう。

「何だと、思います?」 

 それでも敬語表現になってしまう自分に、苦笑しつつ、彼は相手に問いかける。

「わからぬ」
「あなたでも、判らないですか?」
「皆が、そう言う。だが、私とて人間だ。判らぬこととて数々あるのだ」

 おや、とGは思った。その様な言葉をMという人間の口から発せられるとは思わなかったのだ。

「お前は私を知っているな」

 ああ、とGはうなづいた。

「だが私が集団の中の何であるのかは知らないようだ」
「集団?」
「そうだろう?」

 彼は再びうなづく。何の集団だと言うのだろう。

「少し、私につきあうがいい」

 Gはその言葉に逆らえない自分を知っていた。



 こんな所だったのだろうか。
 そこは彼の知っている故郷の惑星とは、似ている様で、異なっていた。
 自分の知っている故郷は、それでももう少し空の色は青かった気がするし、大地はもう少し黒みがかっていた気がする。
 あの頃、荒れた大地だ、と思っていたが、今目の前に広がる光景ほどでは無い。
 ついて来い、と短い言葉でうながされ、GはMの後から歩いて行く。
 彼が出現した状況について、Mは何も言わない。見なかったのだろうか、と考えもしたが、あの何も無い乾いた大地の上で、それは考えにくい。
 見なかった、としても、いきなりそこに知らない人物が居たら、警戒の一つでもするものではないか。そう思いはするのだが。
 何も無い、白茶けた大地。ほんの時々、淡い黄緑の草が、細い葉をうねうねと広げている。
 よくこんな所に根付いているな、とGは感心する。地表に手を広げ、ただ降り注ぐ強烈な光を草は受け止めている。
 何も言わず歩いて行くMの背中を追いかけていくうちに、周囲の風景がゆっくりと変化してゆくのが判る。遠くに見えていた岩場へと、彼は足を進めて行く。
 黒い、長い髪が背中に揺れている。
 昔から、このひとはこの姿だったのだろうか?
 ふと彼は、先日の、絵姿にあった金髪の巻き毛の姿を思い出した。あの姿をすることがあるのだろうか。それとも、自分が知らない時間の中で。
 岩場が次第に山に変わって行く。風もなく、ただ大地を岩を踏む音、砂を擦る音だけが、耳につく。手に触れる岩は、少し力を入れるとぽろぽろと砂に変わる。踏み外さない様に、と彼は足元に気をつける。
 やがてMは切り立った岩が、四方を囲っている場所へと彼を導いていった。
 その岩は、今まで通ってきた道と違い、砂質のものではなかった。濃い深い赤。半透明で、硬質のものだった。
 Mはその赤い岩の前で立ち止まり、平らな岩の上に座った。ちら、と視線だけを彼に送る。自分にも座れと言っているのだろうか、とGは思い、辺りを見渡すと、平らかになっている所を選んで腰掛ける。

「ここなら、聞こえないだろう」
「聞こえない?」

 何からだろう、と彼は思う。あの何も無い大地の上でも聞こえる聞こえないもないはずなのに。

「お前は、何だ?」

 改めて、MはGに向かって問いかける。誰だ、ではなく、何だ、と。

「お前は前触れも無く出現した」
「俺は」
「お前は、人間か?」

 Gはぐっと詰まった。この質問を、このひとから出されるとは、思ってもいなかった。自分が人間では無いことを、かつて突きつけたのは、このひとだと言うのに。

「俺は……」

 迷った。俺は人間だろうか。
 あの時。ユエメイに向かって、彼は自分を人間だと言った。その時、確かにそう思っていたのだ。だからその時、口からぽろりと出たのだ。言った自分自身が驚いていたとしても、思い返した時、それは自分の中で確かだった。
 なのに。
 この人物の前で、迷う自分が居ることを彼は感じていた。
 何故なのか判らない。ただ、このひとにそう問われることで、自分の信じている考えが揺らぐ。

「俺は…… 人間だ」
「本当か?」
「そう、信じたいんだ」

 Mはじっと表情の無い目で彼を見据えたまま、微かに首を傾げた。

「それではお前は、人間ではない、と思っている自分も居る訳だな」

 それはあなたに問われたからだ、という気持ちはあったが、Gは黙っていた。

「あなたから見て、俺は、人間ではない?」
「人間は、少なくとも、空から降っては来ないだろう」

 それではそう見えていたのか。

「天使か?」

 Gは目を大きく広げた。その唇は、少し見過ごすと、動いているのすら判然としない。本当に、その言葉がこのひとから発せられたのだろうか。

「天使……」

 確認の意味も込めて、彼はつぶやく。

「空から降りてくるのは天使と決まってる」

 Gは苦笑する。

「……俺は…… 天使じゃない」

 そうか、とMはうなづいた。

「どちらかと言えば、あなたのほうが、俺にはそう見える」
「私がか?」

 短い問いかけだった。Mの表情は、変わらない。

「冷たく、美しい」
「お前の天使は、そういうものなのか?」
「誰よりも、冷たく、恐ろしく、そして、強かった」

 なるほど、とMはつぶやいた。

「長い長い時間の中、俺を、振り回して、それでいて、俺には逆らう術が何一つない。そんな天使」
「逆らうことが出来ないのは、お前の弱さではないのか?」
「そうだ」

 Gはうなづいた。

「だったら、お前自身がそうされることを選択しているのだろう」
「あなたは正しい」

 自分のさんざ考え抜き、だけど直視したくなくて、いつも目隠ししていた答えだった。

「正しい、か」

 Mの唇が、開いた。

「それでは私のこれからすることは全て正しいのだろうか?」
「これから……?」
「私は一つの決断をしなくてはならない」

 決断。何の決断だというのだろう。戸惑った顔のGに、Mは言葉を続けた。

「見た通り、この惑星は、人がそのまま住むには適さない。気付いただろう? 日射し一つが、我々人間の脆弱な身体には命取りとなりかねない」

 そうだったのか、とGは思う。かつての母星の環境の厳しさは、単に乾燥であったり、土壌の貧しさではなかったのだ。

「それでも我々は、生きねばならない」

 Gはうなづいた。

「失ってきた仲間のために。皆命をかけて脱走してきた。無駄死にはできない」
「無駄死に……」
「このままでは、ここに居るだけで命が危うい。我々は決断せねばならない……」
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