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67.人工惑星ペロンの裏通り
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そして裏通りだった。
*
今回は唐突だったな、とGは思う。
撃たれる! と思った瞬間、身体が動いていた。何も考えていなかった。
考えていなかった、と思うのだが。
見渡す風景には、見覚えがあった。派手な赤い灯りが、あちこちに見える。小さな店が、ごちゃごちゃと建ち並ぶ街角。だけど空は無い。空に見えるものは見えるけど、それは空ではない。作ろうと思えば、そこはいつでも夕暮れになり、夜になる。
ただいつでも変わらないのは、そこに流れる香りだった。
中華料理店の、あの、ごま油やラードの匂い。饅頭を蒸かす匂い。甘栗を焼く匂い。そんなものがあちこちから立ち上り、この辺りの空気を密度のあるものにしている。
そうだ確か。
記憶をたどる。それはまだ、そう遠い昔のことではない。
人工惑星ペロン。
星系指折りの財団「ペロン」のトップに立つ人物「エビータ」のために、作られた惑星だった。それも、ただ一人のための、「後宮」として。
しかし、彼が旅立った時間には、既にそれは無いはずである。あの時間の「エビータ」であった少女は、彼個人に協力を約束して、「ペロン」を破壊した。
自分には必要が無いのだ、と二人の美女を従えて。
ふとその少女の顔を思い出し、彼は苦笑する。
同時に、ここで出会った旧友と、その相棒のことまでが、脳裏に浮かび上がる。
そうだね、あんたはもうそういう相手が居るんだ。
最初に、裏切った相手。とても好きだった、だけど、それ以上では無かった旧友。
その相棒は、現在では絶滅した、と言われているシャンブロウ種の生き残り。
その種族の性質が、天使種である旧友と同じ時間を歩むことを可能にした。共生だか寄生だか、そのあたりがGにはいまいち判断しにくかったのだが、その対象と、同じ時間を生きて、宿主の死とともに死を迎えるという。
良かったんじゃないかい? Gはいつもその気持ちが心の底にわだかまっていることを知っている。
それはいつか、わだかまったまま、ゆっくりと、力を無くしていくのだろう。本当に好きで仕方が無かったなら、その様に捕まえておけばいいのだ。それこそ、シャンブロウ種の髪の様に。
だけど自分はそれをしなかった。
結果は、明らかだ。
奇妙に明るく、乾いた風が自分の中に吹いているのが判る。沈んで行くのだ。もっと、奧深くに。
彼の足は、いつの間にか、ある方向へと進んで行った。
*
「いらっしゃい!」
大きな声が、一軒の店の扉を開けた途端、耳に飛び込む。
「……あれ、どうしたの、こんな時間に」
短い髪の料理人は、麺をぽんぽんと湯切りしながら、彼に向かって言う。
その手が止まる。目が大きく見開かれる。
「……違う」
「やあ」
Gは軽く首を傾げ、笑いかける。中華料理人の恰好をしたイェ・ホウは、まさか、と小さくつぶやく。Gは黙って手を指さす。止まってるよ、と。
はっ、として料理人は、用意してあったスープに、麺を入れる。ここで躊躇していると、麺はべたついて固まってしまうのだ。
Gは黙って空いていたカウンター席の端に陣取った。
調理場の奧にある時計に目をやる。共通時間でまだ午後の三時だった。なるほど、まだこの時間では自分はここにはやってこないはずだ。
「エビータ」の正体を探る仕事の時、彼はこの時間にはこの店には来なかった。昼を食べ、夜の仕事を終えた時に、来ていたはずだった。
―――そして確か……
一つのことを、彼は思いだしていた。
*
昼時間の続きでやってきていた客が、大方退けたや否や、イェ・ホウは戸口に「準備中」の札を掛けた。
「ごちそうさま、美味しかった」
「……サンド……」
イェ・ホウは彼の偽名をつぶやく。そして首を一度大きく振ると、こう言い直した。
「違う。同じ君だけど、違うんだ。そうだろう?」
Gは麺を食べていた箸を揃えて置くと、回転椅子をくるりと回した。
「久しぶり。イェ・ホウ。……本名だったんだな」
「G!」
正確に、料理人はその名を口にした。
「判るんだ。俺が、今ここに居るだろう俺ではなく、あの俺だ、ということが」
「……忘れたことなんて、無い」
ゆっくりと近づく。料理人の帽子とハチマキを頭から外す。
「……確かにここでの君に会えたけれど、それは再会じゃあない…… 半分、あきらめていたのに」
「俺は嘘は言わないよ」
くす、とGは笑い、片手を相手に伸ばした。イェ・ホウはその手を取る―――
そのまま、強い力で、引き寄せた。
ああ強引だな。
腕の力の強さが、そのまま、自分への気持ちへつながっている。それが判る。判りすぎるほど、判る。
「ああ本物だ」
イェ・ホウは耳元でつぶやく。その背にGは手を回す。
「あの時には、俺の胸くらいしかなかったのに」
「俺は、いい男になりましたかね」
「いい男になったよ。この時間の俺は、元気?」
口にしても奇妙だ、とは思う。だが事実だ。
「少し、元気が無い様だけどね」
「慰めてやってくれよ。打たれ弱い奴なんだ」
「望みとあれば」
くすくす、とイェ・ホウは笑う。Gもまた、つられて笑った。
「でも」
ゆっくりと、身体を離す。
「君が――― あなたがここに居る、ということは、『その時』が近い、ということ?」
「その時?」
「我々Seraphのメンバーは、星系各地で、あなたが現れるのをずっと待っていたんだ。いや、まだ待っている、の状態かな」
「イェ・ホウ」
Gは相手をまっすぐ見据える。
「Seraphの成立状況を、俺に説明してくれ。たぶん、お前の言う『その時』はもう間近に来ている。流れがそうなっている。俺の中も」
「流れが」
「なのに、当の俺自身が、その組織の全容を全く知らない。これは問題がある。確かに俺が作った組織ではない。だけど、俺を上に頂こうというのなら、その党首たる俺に、党員であるお前等は、説明する義務があると思うけど」
「了解」
茶を入れ直そう、と料理人は言った。
*
今回は唐突だったな、とGは思う。
撃たれる! と思った瞬間、身体が動いていた。何も考えていなかった。
考えていなかった、と思うのだが。
見渡す風景には、見覚えがあった。派手な赤い灯りが、あちこちに見える。小さな店が、ごちゃごちゃと建ち並ぶ街角。だけど空は無い。空に見えるものは見えるけど、それは空ではない。作ろうと思えば、そこはいつでも夕暮れになり、夜になる。
ただいつでも変わらないのは、そこに流れる香りだった。
中華料理店の、あの、ごま油やラードの匂い。饅頭を蒸かす匂い。甘栗を焼く匂い。そんなものがあちこちから立ち上り、この辺りの空気を密度のあるものにしている。
そうだ確か。
記憶をたどる。それはまだ、そう遠い昔のことではない。
人工惑星ペロン。
星系指折りの財団「ペロン」のトップに立つ人物「エビータ」のために、作られた惑星だった。それも、ただ一人のための、「後宮」として。
しかし、彼が旅立った時間には、既にそれは無いはずである。あの時間の「エビータ」であった少女は、彼個人に協力を約束して、「ペロン」を破壊した。
自分には必要が無いのだ、と二人の美女を従えて。
ふとその少女の顔を思い出し、彼は苦笑する。
同時に、ここで出会った旧友と、その相棒のことまでが、脳裏に浮かび上がる。
そうだね、あんたはもうそういう相手が居るんだ。
最初に、裏切った相手。とても好きだった、だけど、それ以上では無かった旧友。
その相棒は、現在では絶滅した、と言われているシャンブロウ種の生き残り。
その種族の性質が、天使種である旧友と同じ時間を歩むことを可能にした。共生だか寄生だか、そのあたりがGにはいまいち判断しにくかったのだが、その対象と、同じ時間を生きて、宿主の死とともに死を迎えるという。
良かったんじゃないかい? Gはいつもその気持ちが心の底にわだかまっていることを知っている。
それはいつか、わだかまったまま、ゆっくりと、力を無くしていくのだろう。本当に好きで仕方が無かったなら、その様に捕まえておけばいいのだ。それこそ、シャンブロウ種の髪の様に。
だけど自分はそれをしなかった。
結果は、明らかだ。
奇妙に明るく、乾いた風が自分の中に吹いているのが判る。沈んで行くのだ。もっと、奧深くに。
彼の足は、いつの間にか、ある方向へと進んで行った。
*
「いらっしゃい!」
大きな声が、一軒の店の扉を開けた途端、耳に飛び込む。
「……あれ、どうしたの、こんな時間に」
短い髪の料理人は、麺をぽんぽんと湯切りしながら、彼に向かって言う。
その手が止まる。目が大きく見開かれる。
「……違う」
「やあ」
Gは軽く首を傾げ、笑いかける。中華料理人の恰好をしたイェ・ホウは、まさか、と小さくつぶやく。Gは黙って手を指さす。止まってるよ、と。
はっ、として料理人は、用意してあったスープに、麺を入れる。ここで躊躇していると、麺はべたついて固まってしまうのだ。
Gは黙って空いていたカウンター席の端に陣取った。
調理場の奧にある時計に目をやる。共通時間でまだ午後の三時だった。なるほど、まだこの時間では自分はここにはやってこないはずだ。
「エビータ」の正体を探る仕事の時、彼はこの時間にはこの店には来なかった。昼を食べ、夜の仕事を終えた時に、来ていたはずだった。
―――そして確か……
一つのことを、彼は思いだしていた。
*
昼時間の続きでやってきていた客が、大方退けたや否や、イェ・ホウは戸口に「準備中」の札を掛けた。
「ごちそうさま、美味しかった」
「……サンド……」
イェ・ホウは彼の偽名をつぶやく。そして首を一度大きく振ると、こう言い直した。
「違う。同じ君だけど、違うんだ。そうだろう?」
Gは麺を食べていた箸を揃えて置くと、回転椅子をくるりと回した。
「久しぶり。イェ・ホウ。……本名だったんだな」
「G!」
正確に、料理人はその名を口にした。
「判るんだ。俺が、今ここに居るだろう俺ではなく、あの俺だ、ということが」
「……忘れたことなんて、無い」
ゆっくりと近づく。料理人の帽子とハチマキを頭から外す。
「……確かにここでの君に会えたけれど、それは再会じゃあない…… 半分、あきらめていたのに」
「俺は嘘は言わないよ」
くす、とGは笑い、片手を相手に伸ばした。イェ・ホウはその手を取る―――
そのまま、強い力で、引き寄せた。
ああ強引だな。
腕の力の強さが、そのまま、自分への気持ちへつながっている。それが判る。判りすぎるほど、判る。
「ああ本物だ」
イェ・ホウは耳元でつぶやく。その背にGは手を回す。
「あの時には、俺の胸くらいしかなかったのに」
「俺は、いい男になりましたかね」
「いい男になったよ。この時間の俺は、元気?」
口にしても奇妙だ、とは思う。だが事実だ。
「少し、元気が無い様だけどね」
「慰めてやってくれよ。打たれ弱い奴なんだ」
「望みとあれば」
くすくす、とイェ・ホウは笑う。Gもまた、つられて笑った。
「でも」
ゆっくりと、身体を離す。
「君が――― あなたがここに居る、ということは、『その時』が近い、ということ?」
「その時?」
「我々Seraphのメンバーは、星系各地で、あなたが現れるのをずっと待っていたんだ。いや、まだ待っている、の状態かな」
「イェ・ホウ」
Gは相手をまっすぐ見据える。
「Seraphの成立状況を、俺に説明してくれ。たぶん、お前の言う『その時』はもう間近に来ている。流れがそうなっている。俺の中も」
「流れが」
「なのに、当の俺自身が、その組織の全容を全く知らない。これは問題がある。確かに俺が作った組織ではない。だけど、俺を上に頂こうというのなら、その党首たる俺に、党員であるお前等は、説明する義務があると思うけど」
「了解」
茶を入れ直そう、と料理人は言った。
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