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69.脱出者の組織
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「そんな彼らが、どういう偶然からか、違う惑星の出身で、似た様な境遇な者を見つける。ある意味、類友、と言えるかもしれないな」
「と言うと?」
「故郷を失っていること自体、彼らは誰にも口にできなかった。彼らの同胞以外に。それは家族にさえも。何故なら、その家族となった者と出会う前に、彼らはたいがいその出身を偽っているのだから。中にはそれを口にした者もいたさ。だけど大半はそうしなかった。家族が大切だから。もしも何かあったとしても、自分だけがそうしたのだ、と言い逃れができるように、家族を守るために、自分の本当に出身を決して言わなかったりすることが多かったんだ」
「それは、判る」
「あなたも?」
Gは黙って口元を上げる。やや立場は違う。だが自分の本当の出身を言えないという意味では。
「彼らはそんな似た境遇の者達と、やがて接触を取る様になった。その方法は色々だ。それこそ、隣の部屋に暮らしていた人が、実は別の惑星からの難民だったり、反抗分子だったりすることもあった。時には、あまたある情報回線の中で、堂々と匿名性を利用して出会う場合もある。……無論その場合は、当局の目をごまかすために、暗号的な会話が必要とされたけどね。……とにかく、彼らは脱出者である自分を隠さずに居られる相手を、場所を、必要としていた。それが拡大の第一歩だったんだ。ただまだ『組織』ではなかったけれど」
「『組織』になったのはいつ頃だ?」
「戦争が終わってしばらくしたあたり、だな。だいたい今から200年程前に、戦争が終結して、帝国が成立している。おかしなものだよな。帝国という名がついてるくせに、この帝国には皇帝がいないんだ」
「……ああ、確かに」
「それでいて、皆、それを不思議に思っていない。まあそういうもんだと思うけどね。皇帝だの大統領だの名前が変わっても、政治に関心を持たない人々にしてみれば、『上にいるお偉いさん』に過ぎないからね。大切なのは、そんな高みに居る奴じゃあなくて、自分の星系の政府の代表や、もっと下の管区長とか市長とかそんなレベルの方さ。だからその皇帝陛下、という『帝国』において、主権を持つはずのものが実際には『いない』としても平気なんだよ」
「あそこは、協議制を取ってるからね」
数が多くない第一世代の天使種は、決して一枚板ではない。それはその昔彼らが宇宙船から脱出してきた時から変わることはないのだ。
年月が、それに拍車をかける。
Mは、その一枚板ではあり続けない「帝国」に対するアンチテーゼとして、「MM」を作ったのだろう。方法は違うが、内調を創設したユタ氏も、似た思いを持っていたのかもしれない、とGは思う。
「帝国は、成立したはいいけれど、すぐに粛正の時代に入った。この時期、我々の先輩にあたる人々は、否応無しに地下活動に手を染めることになる。何せ、当の天使種同士でも、粛正の嵐は吹き荒れていた時代だからね」
「……例えば?」
「脱走兵狩りとかも、この時代にはずいぶんと行われたらしいよ。戦争中に逃亡した天使種を、当の天使種が狩っていたらしい。天使種に反抗した連中も、同時にこの時期、ずいぶんと狩られてる」
ふと、あの旧友の姿がかすめる。彼も確かそうだったはずだった。
「すると今度は、平穏に暮らしていた時には、情報交換で済んでいた人々が、力を必要としてくる」
「力を」
「というか、具体的資本。例えば人一人逃がすにしても、……隣町へやるくらいならいいけど、惑星間移動が必要な逃亡なら、資金が要るのは当然だろ? 偽造ID、偽造パスポート、そんなものの製造にも、何もかも、資金が必要となってくる」
「スポンサーはついたのか?」
「スポンサーというのか、よく判らないんだけどね」
イェ・ホウはそう前置きをする。
「逃亡した人々の中には、上手く自分の事業を立ち上げて成功する場合もある。……たとえば、ミッシャ・コンメン氏は中堅どころの企業グループを裸一貫から立ち上げた、それこそ立志伝上の人物だけど、彼はかなりの資金をオクラナの『残党』に提供していたとされる」
「……ミッシャ…… 何だって?」
「そういう名前だ、と思ったよ。俺もちゃんと覚えている訳じゃないし」
イェ・ホウは何か? と言う様に目を開く。Gはいや、と首を横に振る。可能性はある。……だとしたら、あの姉弟は生き延びたのだ。それから何があったにせよ。
「そんな状態が、だいたい30年から50年程続いたのかな…… この時代が一番ひどかった、らしいよ。それからしばらくは混乱しているけれど、帝都政府の方も、狩るより全体の支配構造を考える方に頭を切り換えたらしい。歴史が改竄されだしたのもこの頃らしい」
「歴史の改竄」
「……と言って、俺は受け売りに過ぎないんだけどね。ただ、ほら、植民以前の歴史って今は殆ど問題にされていないでしょ?」
「ああ」
「意図的にそうした、と俺は聞かされている。……親父さんはその上の世代からそう聞かされたらしい」
「都合の悪い歴史は消されてきた、と」
「だと、思う。実際、各植民星でも、そうそう植民以前の歴史は必要としていないことが多い。知ったところで何になる、という風潮もある。実際俺もそう思っていたくちだし」
だろうな、とGは笑う。ひどい、とイェ・ホウもつられて笑った。
「……で、ある程度、帝都――― もとのウェネイクを中心とした政治体制が整ったあたりで、一応全星系が平穏になった。まあ小競り合いはあったろうけど、その場合には、もともと『最強の軍隊』であった正規軍が出動する訳だ。それでだいたい済んでいた―――んだけどね」
「だけど?」
「やっぱり平穏だけではいられない人々が多かった訳さ」
イェ・ホウは両手を顔の前で組み合わせる。
「粛正も済んで、政治体制もある程度整って、知られたくない歴史は抹殺しました。……さて、そこで今度は、何が起こったかというと、……点数稼ぎさ」
「点数稼ぎ?」
「戦争は遠い昔のことになってしまった世界で、固まってしまった組織の中で、少しでもいい地位に上がろう、と思ってしまった連中が、痛くもない腹を探ったり、隣の奴を密告したり、そんなことが起こり出す。だから当初は、そんな動機だったらしいんだ。単純極まりない。何か起きないと、自分が劇的に出世することはできない、じゃあ何か、を起こしましょう」
「……」
「と言うと?」
「故郷を失っていること自体、彼らは誰にも口にできなかった。彼らの同胞以外に。それは家族にさえも。何故なら、その家族となった者と出会う前に、彼らはたいがいその出身を偽っているのだから。中にはそれを口にした者もいたさ。だけど大半はそうしなかった。家族が大切だから。もしも何かあったとしても、自分だけがそうしたのだ、と言い逃れができるように、家族を守るために、自分の本当に出身を決して言わなかったりすることが多かったんだ」
「それは、判る」
「あなたも?」
Gは黙って口元を上げる。やや立場は違う。だが自分の本当の出身を言えないという意味では。
「彼らはそんな似た境遇の者達と、やがて接触を取る様になった。その方法は色々だ。それこそ、隣の部屋に暮らしていた人が、実は別の惑星からの難民だったり、反抗分子だったりすることもあった。時には、あまたある情報回線の中で、堂々と匿名性を利用して出会う場合もある。……無論その場合は、当局の目をごまかすために、暗号的な会話が必要とされたけどね。……とにかく、彼らは脱出者である自分を隠さずに居られる相手を、場所を、必要としていた。それが拡大の第一歩だったんだ。ただまだ『組織』ではなかったけれど」
「『組織』になったのはいつ頃だ?」
「戦争が終わってしばらくしたあたり、だな。だいたい今から200年程前に、戦争が終結して、帝国が成立している。おかしなものだよな。帝国という名がついてるくせに、この帝国には皇帝がいないんだ」
「……ああ、確かに」
「それでいて、皆、それを不思議に思っていない。まあそういうもんだと思うけどね。皇帝だの大統領だの名前が変わっても、政治に関心を持たない人々にしてみれば、『上にいるお偉いさん』に過ぎないからね。大切なのは、そんな高みに居る奴じゃあなくて、自分の星系の政府の代表や、もっと下の管区長とか市長とかそんなレベルの方さ。だからその皇帝陛下、という『帝国』において、主権を持つはずのものが実際には『いない』としても平気なんだよ」
「あそこは、協議制を取ってるからね」
数が多くない第一世代の天使種は、決して一枚板ではない。それはその昔彼らが宇宙船から脱出してきた時から変わることはないのだ。
年月が、それに拍車をかける。
Mは、その一枚板ではあり続けない「帝国」に対するアンチテーゼとして、「MM」を作ったのだろう。方法は違うが、内調を創設したユタ氏も、似た思いを持っていたのかもしれない、とGは思う。
「帝国は、成立したはいいけれど、すぐに粛正の時代に入った。この時期、我々の先輩にあたる人々は、否応無しに地下活動に手を染めることになる。何せ、当の天使種同士でも、粛正の嵐は吹き荒れていた時代だからね」
「……例えば?」
「脱走兵狩りとかも、この時代にはずいぶんと行われたらしいよ。戦争中に逃亡した天使種を、当の天使種が狩っていたらしい。天使種に反抗した連中も、同時にこの時期、ずいぶんと狩られてる」
ふと、あの旧友の姿がかすめる。彼も確かそうだったはずだった。
「すると今度は、平穏に暮らしていた時には、情報交換で済んでいた人々が、力を必要としてくる」
「力を」
「というか、具体的資本。例えば人一人逃がすにしても、……隣町へやるくらいならいいけど、惑星間移動が必要な逃亡なら、資金が要るのは当然だろ? 偽造ID、偽造パスポート、そんなものの製造にも、何もかも、資金が必要となってくる」
「スポンサーはついたのか?」
「スポンサーというのか、よく判らないんだけどね」
イェ・ホウはそう前置きをする。
「逃亡した人々の中には、上手く自分の事業を立ち上げて成功する場合もある。……たとえば、ミッシャ・コンメン氏は中堅どころの企業グループを裸一貫から立ち上げた、それこそ立志伝上の人物だけど、彼はかなりの資金をオクラナの『残党』に提供していたとされる」
「……ミッシャ…… 何だって?」
「そういう名前だ、と思ったよ。俺もちゃんと覚えている訳じゃないし」
イェ・ホウは何か? と言う様に目を開く。Gはいや、と首を横に振る。可能性はある。……だとしたら、あの姉弟は生き延びたのだ。それから何があったにせよ。
「そんな状態が、だいたい30年から50年程続いたのかな…… この時代が一番ひどかった、らしいよ。それからしばらくは混乱しているけれど、帝都政府の方も、狩るより全体の支配構造を考える方に頭を切り換えたらしい。歴史が改竄されだしたのもこの頃らしい」
「歴史の改竄」
「……と言って、俺は受け売りに過ぎないんだけどね。ただ、ほら、植民以前の歴史って今は殆ど問題にされていないでしょ?」
「ああ」
「意図的にそうした、と俺は聞かされている。……親父さんはその上の世代からそう聞かされたらしい」
「都合の悪い歴史は消されてきた、と」
「だと、思う。実際、各植民星でも、そうそう植民以前の歴史は必要としていないことが多い。知ったところで何になる、という風潮もある。実際俺もそう思っていたくちだし」
だろうな、とGは笑う。ひどい、とイェ・ホウもつられて笑った。
「……で、ある程度、帝都――― もとのウェネイクを中心とした政治体制が整ったあたりで、一応全星系が平穏になった。まあ小競り合いはあったろうけど、その場合には、もともと『最強の軍隊』であった正規軍が出動する訳だ。それでだいたい済んでいた―――んだけどね」
「だけど?」
「やっぱり平穏だけではいられない人々が多かった訳さ」
イェ・ホウは両手を顔の前で組み合わせる。
「粛正も済んで、政治体制もある程度整って、知られたくない歴史は抹殺しました。……さて、そこで今度は、何が起こったかというと、……点数稼ぎさ」
「点数稼ぎ?」
「戦争は遠い昔のことになってしまった世界で、固まってしまった組織の中で、少しでもいい地位に上がろう、と思ってしまった連中が、痛くもない腹を探ったり、隣の奴を密告したり、そんなことが起こり出す。だから当初は、そんな動機だったらしいんだ。単純極まりない。何か起きないと、自分が劇的に出世することはできない、じゃあ何か、を起こしましょう」
「……」
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