四代目は身代わりの皇后④十年後~皇后アリカの計画と皇太子ラテの不満

江戸川ばた散歩

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第34話 今一つ歯切れの悪いアリカの言葉

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「なるほどそれで大奥様はアルィアーシェの後見になるべく、治療を受けることにしたんですか」

 床に這いつくばるようにして作業をしながら、アリカはサボンの報告兼世間話にそう答える。

「ええ。将軍様は仰有ってましたよ」

 サボンは正直ほっとしていた。出ていった―――それ以前に自分という存在を捨てた家ではあるが、気にはなるのだ。そこで一応身が立つ様に後見してくれた彼女のことも。
 大した記憶がある訳ではない。が、ウリュンのことはよく知っている。楽しい頼れる兄だった。彼が居なくなって、彼女はどれだけ寂しかっただろうと。

「何かやることがあるとやっぱり気持ちは上向きになるものですね」
「それと同時に、やっぱりアルィアーシェをいつか妃の候補として育て上げるつもりなのね。だとしたら大丈夫…… なのでしょうか。アルィアーシェの前に皇后になる様な女性が出てしまったら」
「……今の陛下がいつ代替わりするか判らない今ですから、何とも言えませんね……」

 アリカは知っている。皇帝カヤが代替わり―――つまりは自分の身体から皇帝が皇帝たる要素を引き継がせ、自らは消滅するという道を選ぶのは、太公主が亡くなった時である。
 現在彼女は既にこの帝国の女性の平均寿命は大幅に超えている。無論一般人と皇族を比べてはいけない。それでも既にいつ何かの拍子で病を得て亡くなってしまってもおかしくはないのだ。
 だからこそカヤは彼女の館に住み着いて、それまで得られなかった時間を必死で過ごしているのだから。

「できるだけお互いそれなりに好きな相手であって欲しいものですね。熱烈な何とやらだとそれはそれで夫婦になると冷めやすい、と女官長が言ってましたけど」
「女官長は独身ですけど……」
「……そうですね……」

 二人は少しの間黙ると、ぷっ、と吹きだした。

「ブリョーエさんも何だかんだ言って独身を通すつもりですね」
「あのひとはその方が合っていると思います」
「タボーさんも?」
「あのひとは合っていたから未だに後継が居なくなる程の現役なんですよね……」
「でも確かに、配膳方はそろそろ後続のことを考えなくてはならないのではないでしょうか?」
「さてそこが難しい」

 アリカは胡座をかいて、腕を組み首を傾げる。サボンからしてみると、何やらこの皇后は年々態度が少年じみてきたのではないかと感じられる。
 現在着ている服にしても、同じ様な楽なものを沢山用意させ、いざという時には豪奢な上着をぱっと一枚羽織ればいい、という作りが定着していた。
 それに関しては縫製方出身の女官長も「成る程」と言い、こう提案してきた。

「それでしたら、何かのちょっとした報奨として、その上着を与えるという形を取るのは如何でしょう?」

 そしてそれにはアリカの方が成る程、とうなづいたものだった。
 この宮中は現在は皇后と太公主以外の身分の高い女が居ない状態だった。故に皇宮なり後宮で皇后主催の茶会は頻度はともかく、その「場」の位置づけは大きなものとなった。
 与えた上着には縫製方の技術の粋が込められている。それをどう活かすかはそちら次第、という訳である。
 従って現在のアリカの私室、床一杯を使った作業場と化しているその部屋には、不似合いなくらいに豪奢な上着が常に掛けられている。閣僚達に朝の謁見を皇帝と共にしなくてはならない時には、髪だけ整え、この上着をざっと掛けて帯を巻く。

「それは楽だな。中に何も着ていなくともごまかせる」

 そう皇帝は揶揄ったが、実際彼も悪くない、とばかりに縫製方にその形の上着を作らせる様になった。
 帝国は衣服のうち「形」よりは「装飾」で格を決める様なところがあった。元々の草原の民の、服に使う布や毛皮に対する合理性から来るものである。刺繍が昔から突出していたのもそのせいだった。
 これが砂漠の向こうの国々では衣服は別の変化をするのだが、それはまた別の話である。
 上着同様に最先端の菓子を分け与えるということもあった。なお、現在配膳方で皆が競って取り組んでいるのは「雲の様にふんわりとした焼き菓子」である。皆が皆、どれだけ軽い焼き菓子ができるのか頭を捻っている。
 ラテが居た間はやや違った。
 彼の成長のため、またそのうち体験するだろう副帝都の暮らしのためという目的のもと、質素だが滋養があるものに皆取り組んだ。
 そしてその製法はエガナも受け継いでいって、現在副帝都で時折作っている。いつもではない。
 同じものを作って食べていたのではわざわざ向こうに居る意味がないのだ。

「ところで貴女はラテ様と向こうのお子さん達はあくまで身分を隠し通した方がいいと思われてのことですか?」
「陛下は子供の頃は実に楽しかったそうですよ。とは言え、全く違った環境過ぎても、今度はこちらに戻った時に違いが大きすぎて困るでしょうから…… 少なくとも帝都に住める程度の家との付き合いならいいと思いますし」

 今一つこのひとにしては歯切れが悪いな、とサボンは思った。

「陛下の絶望程のものはラテには見せたくはないと思ったのですよ」
「絶望…… ですか」
「絶望ですよ」
「そこまで…… ですか?」
「その辺りは」

 アリカにしては珍しく言葉を濁した。

「私はこの地位は悪くないと思っています。が、たぶんラテにとってはあまり嬉しくないものでしょう」
「そう思われます?」
「陛下に似ているなら、まず確実に。でも私に似ていたなら、それはそれで人としてはどうだろうという気はしますが」

 そこに感情が無い訳ではない。そうサボンは思う。端から見たら薄そうな、そして意味の判らない心配だろうとも。
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