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第12話 なかなか三代の皇后の話に至れない祖后
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「まあ何というか、あの女はいささか利用され続けたというのが一番問題なんだ」
りよう、とサボンは反応した。
「お主という女に至るまでに沢山の令嬢をカヤの奴は抱かなくてはならなかった訳だが、まあそれは三代のにしても同様だった訳だ。生まれた子も、生まれなかった子も、それに何より死んだ女達と、その親達が哀れすぎたな。そもそもが、私とそう変わらない様な女なら大丈夫、という発想はなかったと見える」
「ダリヤ様と同じ」
「私は初代のイリヤ・クァツと一緒に育って、共に戦ってきたからな。身体も鍛えていたし、奴と共に戦うためにはそれなりの知恵も必要だった。だからあれとの間に息子ができたし、その後娘も三人ほど作った。まあ娘は普通のヒトだったから、とうの昔に私を置いて死んで、今は曾孫があちらこちらに居るくらいだ。ところが、私の息子が産ませてしまったのは、身体は丈夫だし頭も良かったが、気持ちが弱い女だった」
「気持ち、ですか」
「いや、気持ちは強かったかな。でなければ、塔から大鎌を首に当てて飛び降りはしまいな」
聞いている二人は顔を見合わせる。
「あの絵」
「絵?」
「寝間の天井に絵があるんですが、その中に飛び降りる女性の姿もありましたね」
「ああ。あれはその二代目の女が歌っていた詩を絵に起こしたものだと言っていたな。させたのは息子なのだが、あまり良い趣味ではないな」
「七人の女性が描かれていましたが」
「さて、その件については私はどうこう言えないな。孫の行く末も見ずにさっさと天下御免をもらって帝国中を見て回っている道楽者ゆえ」
見て回る。ふっとその言葉にアリカは惹かれた。
「今まで全てを見て回ったのですか?」
「さてそこだ」
ダリヤは人差し指を立てる。
「全て、と言えるのかどうか判らないというところだ。だからできるだけ早く北と海沿いには調べる者を回したい所だ」
「その件については、少し心当たりがありますので、細かいところはまた後でご相談できませんか?」
「ほぉ」
ではお手並み拝見、とダリヤは面白そうに口元を上げた。
「今はまず、太后様のことを先に伺いたく」
「ああそうだ! どうもあれの話をしたいようなしたく無い様な気がしてしまっているからいけない」
無意識に嫌だと感じているのだろうか、とサボンは思う―――思ったので、つい訊ねてしまった。
「お嫌いなのですか?」
「……」
ダリヤの表情が固まった。
「嫌いというか何というかなあ…… 友にはしたくない、と言えば一番簡単か。そう…… 嫌いというか、関わりたくないというか」
「成る程」
アリカはうなづいた。
「とても厄介なのですね」
「そう。だがそれを選んでたらし込んでしまったのが私の孫だと思うと、酷く複雑な気分になるのだよ」
はあああ、と大きくダリヤはため息をついた。
「あ奴でなくても良かったのだが、都合が良い条件の女が、あの藩国ではちょうどあの女だった。その上で、我が孫はまた何というか、母親の死に方が死に方だっただけに、女というものに夢も何も持てなくなっていたというのがあってな」
「女嫌いだったということでしょうか」
「男が好きだったという訳ではないがな。まあ一番嫌いだったのは自分自身だったのだろう」
「そういう方がよく帝国を統一されましたね」
「いや違う、そういう奴だからだ」
サボンは首を傾げた。そうですね、とアリカはうなづく。
「どうして?」
「物事には多少の距離があった方が、上手くあしらうことができるんですよ。それは藩国同士の関係であっても、人との関係においても同じ――― そうではありませんか?」
「必ずしも全てがそう、とは言い切れないがな。奴の場合は、それに加えて、父親がやってきた無闇やたらな戦を反面教師にしたのだろう。情報をひたすら集め、如何にして血を流さずに藩国を手の内に入れるか、ということに誠心誠意を尽くした、と言いたいものだ。奴にはそれしかやることがなかった」
「やることが」
「何しろ父帝を滅さなければ自分に帝位は入らない。それは奴は常々言われていたのだ。私の息子は、まあおそらく、息子に早く自分を殺してほしかったのだろう。―――そしてそれが、あの藩国『桜』にも言えたのさ」
「『桜』という藩国が、ですか?」
「正確に言えば、当時の国主である双子の兄妹だ。三代の皇后となったあれは、その妹であり、国軍を統括する紅梅姫の親衛隊の一人だったのだ」
「親衛隊。ということは近衛の様な」
「いや、むしろそれよりもっと姫の側近だな。あの藩国は国主を男子が、国軍の筆頭を国主に最も近い血筋の者がすることになっていた。男女は問わない。それにあの地域の人間は、ここや私の故郷の様より男女の身体の差異がずっと少ないという特性があった。男も女も自身が戦うことに適していると思ったら軍に出て、それこそ料理人や家の中のことや子育てに適していると思ったら、どちらがするのもありだったらしい」
「色んな所があるのですねえ」
ほぉっ、とサボンはため息をついた。
「そしてそこの国主兄妹は賢かった。藩国が帝国に吸収されることは早くから想像ができる君主だったのだよ」
りよう、とサボンは反応した。
「お主という女に至るまでに沢山の令嬢をカヤの奴は抱かなくてはならなかった訳だが、まあそれは三代のにしても同様だった訳だ。生まれた子も、生まれなかった子も、それに何より死んだ女達と、その親達が哀れすぎたな。そもそもが、私とそう変わらない様な女なら大丈夫、という発想はなかったと見える」
「ダリヤ様と同じ」
「私は初代のイリヤ・クァツと一緒に育って、共に戦ってきたからな。身体も鍛えていたし、奴と共に戦うためにはそれなりの知恵も必要だった。だからあれとの間に息子ができたし、その後娘も三人ほど作った。まあ娘は普通のヒトだったから、とうの昔に私を置いて死んで、今は曾孫があちらこちらに居るくらいだ。ところが、私の息子が産ませてしまったのは、身体は丈夫だし頭も良かったが、気持ちが弱い女だった」
「気持ち、ですか」
「いや、気持ちは強かったかな。でなければ、塔から大鎌を首に当てて飛び降りはしまいな」
聞いている二人は顔を見合わせる。
「あの絵」
「絵?」
「寝間の天井に絵があるんですが、その中に飛び降りる女性の姿もありましたね」
「ああ。あれはその二代目の女が歌っていた詩を絵に起こしたものだと言っていたな。させたのは息子なのだが、あまり良い趣味ではないな」
「七人の女性が描かれていましたが」
「さて、その件については私はどうこう言えないな。孫の行く末も見ずにさっさと天下御免をもらって帝国中を見て回っている道楽者ゆえ」
見て回る。ふっとその言葉にアリカは惹かれた。
「今まで全てを見て回ったのですか?」
「さてそこだ」
ダリヤは人差し指を立てる。
「全て、と言えるのかどうか判らないというところだ。だからできるだけ早く北と海沿いには調べる者を回したい所だ」
「その件については、少し心当たりがありますので、細かいところはまた後でご相談できませんか?」
「ほぉ」
ではお手並み拝見、とダリヤは面白そうに口元を上げた。
「今はまず、太后様のことを先に伺いたく」
「ああそうだ! どうもあれの話をしたいようなしたく無い様な気がしてしまっているからいけない」
無意識に嫌だと感じているのだろうか、とサボンは思う―――思ったので、つい訊ねてしまった。
「お嫌いなのですか?」
「……」
ダリヤの表情が固まった。
「嫌いというか何というかなあ…… 友にはしたくない、と言えば一番簡単か。そう…… 嫌いというか、関わりたくないというか」
「成る程」
アリカはうなづいた。
「とても厄介なのですね」
「そう。だがそれを選んでたらし込んでしまったのが私の孫だと思うと、酷く複雑な気分になるのだよ」
はあああ、と大きくダリヤはため息をついた。
「あ奴でなくても良かったのだが、都合が良い条件の女が、あの藩国ではちょうどあの女だった。その上で、我が孫はまた何というか、母親の死に方が死に方だっただけに、女というものに夢も何も持てなくなっていたというのがあってな」
「女嫌いだったということでしょうか」
「男が好きだったという訳ではないがな。まあ一番嫌いだったのは自分自身だったのだろう」
「そういう方がよく帝国を統一されましたね」
「いや違う、そういう奴だからだ」
サボンは首を傾げた。そうですね、とアリカはうなづく。
「どうして?」
「物事には多少の距離があった方が、上手くあしらうことができるんですよ。それは藩国同士の関係であっても、人との関係においても同じ――― そうではありませんか?」
「必ずしも全てがそう、とは言い切れないがな。奴の場合は、それに加えて、父親がやってきた無闇やたらな戦を反面教師にしたのだろう。情報をひたすら集め、如何にして血を流さずに藩国を手の内に入れるか、ということに誠心誠意を尽くした、と言いたいものだ。奴にはそれしかやることがなかった」
「やることが」
「何しろ父帝を滅さなければ自分に帝位は入らない。それは奴は常々言われていたのだ。私の息子は、まあおそらく、息子に早く自分を殺してほしかったのだろう。―――そしてそれが、あの藩国『桜』にも言えたのさ」
「『桜』という藩国が、ですか?」
「正確に言えば、当時の国主である双子の兄妹だ。三代の皇后となったあれは、その妹であり、国軍を統括する紅梅姫の親衛隊の一人だったのだ」
「親衛隊。ということは近衛の様な」
「いや、むしろそれよりもっと姫の側近だな。あの藩国は国主を男子が、国軍の筆頭を国主に最も近い血筋の者がすることになっていた。男女は問わない。それにあの地域の人間は、ここや私の故郷の様より男女の身体の差異がずっと少ないという特性があった。男も女も自身が戦うことに適していると思ったら軍に出て、それこそ料理人や家の中のことや子育てに適していると思ったら、どちらがするのもありだったらしい」
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