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第27話 客観的な事実とは時に腹立たしいもの
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ダリヤは面白そうな展開になってきた、と感じた。
なるほどそう言われてみれはそうかもしれない。自分自身も何故かイチヤの姿を今一つ認識し辛かったのだ。なのだがそれがやはり今一つ何処をどう、と上手く説明が自分自身にすらできなかったのだ。
「ずいぶん失礼な」
「いえ別に、ただ私は客観的な事実だけを口にしているだけです。それに覚えられにくいというのは、そちらの里の中では非常に得な体質だったのではないですか―――あ」
そうか、とばかりにアリカは珍しく嬉しげに手をぽんと一つ叩いた。
「だからですよ」
「何がだから、なの」
「先帝が太后さまを選んだ理由です」
え、とその時はさすがにダリヤも虚を突かれた思いだった。そこに話を持っていくか。
「あの男が?」
「いえ、ダリヤ様から貴女様のことを伺って、私はそこだけがどうにも腑に落ちなかったのです」
「何がだ」
「いえ、そちらの里はそもそも間者を育てる場所だったとお聞き致しました。その中でも生まれつきのそれは資質ではないですか。人から記憶されないというのは」
「……!」
「面白い、続けてみろ」
ダリヤは本気で楽しくなってきていた。確かに自分も、何故この鬱陶しい気質の女を策略家の先帝が選んだのか謎だったのだ。
「ただの私の結論に過ぎませんが」
「構わないさ。なあイチヤ。お主も聞くくらいはできるだろう? ぶち切れるのは後でもいいんじゃないか?」
そして追い打ちをかける様に。
「そもそもそれは、お主が一番聞きたかったと良くこぼしていたではないか」
え、とサボンとフヨウは顔を上げた。
「それにお主を力尽くで止めるくらい、まだまだ私も無理ではないぞ」
「物騒なことになってますね」
「貴女がそうしてるんでしょう……」
さすがにサボンはひきつる顔を戻すことができない。そもそもアリカはこの何とも言えないイチヤの怒りに溢れる空気を読むことが……
そうだった。それが感覚でできないから、そもそも自分がついているのだ。
「とりあえず自分はどう致しましょうか? 何か」
苦笑しつつ、サボンはアリカに問いかける。すると現在彼女が背にしているのとは逆に入り口を指さし。
「向こうの入り口の鍵を閉めてくれませんか? 女官長達が入って来ると少しややこしいことになりますから。貴女がお茶の支度をしていたくらいの時間なら、タボーさんが菓子の方はどうかと言ってきそうですし」
「判りました」
感情を揺らされたせいか、身体が楽に動く。早足でアリカは反対側の戸へと向かう。
「レレンネイの皺が増えるのは確かに良いことではないな」
「……まだ女官長をしていたのか」
「あの方は有能です。ずっといらしてくれるととてもありがたいのですが」
「……つくづく私を不愉快にしてくれる奴だな」
イチヤは軽く長棒を回し、アリカの鼻面に突きつける。
「瞬き一つしない」
「貴女様が私を傷つけることは私が貴女様を傷つけることができないのと同じくらいできないことですし」
「それで? 私にとって不愉快な答えを持っているというのか?」
「私は事実から導き出される考えを述べているだけです。不愉快になるのは貴女様のご自由ですが」
「聞こうじゃないか」
長棒を引くと、近くの椅子を引きずりだし、どっかと座り込む。
「座って話すのだな。では私も椅子を貰おう。お主も座るがいい。で、サボンは先ほど茶の支度をしていたのだろう? 向こうを止めるついでに多めに運んでくれないか」
「判りました」
サボンは一度閉じた扉を開け、さっとその向こう側へと向かう。
ワゴンに茶の用意をしかけていたのだ。ただ人数を増やさなくてはならない。そしてタボー達から先に菓子を沢山せしめてこよう。先回りだ。
フヨウは――― どうしていいのかすぐには思いつかなかった。
自分はどうしようもなくこの残桜衆を統べた女の言葉には逆らうことができない。何故アリカには効かないのかさっぱり判らない。皇后だからなのだろうか。それだけなのだろうか。
「で?」
「はい」
「あの男が何故私を選んだというのだ?」
「正確に言えば、当時の里のその位のお歳で、最も優秀な間者になりそうな少女を欲した、ということではないかと思うのですが」
「……何だそれは。それでは私である必要は」
「無いです」
アリカは言い切った。
「では選んだのは?」
「先帝陛下ご自身ではないでしょう。そもそもそれを選ぶ方がどなたなのかは、貴女様が一番良くご存知のはず」
「当時の長か」
「『桜』についての書誌にはそもそも間者の里のことなど残っていないから私には判りかねます。少なくともこの宮中の書庫には全く見当たりませんでしたから」
「なあイチヤよ。この新しい皇后はな、ここの書庫を総ざらえしたのだとよ」
黙ったままイチヤの表情が歪む。
「ただ『桜』の軍体系について書かれたものはありましたので、読んでみました。すると間者は何処に属するか、なのですが、それは最高指揮官直轄でした。すなわち、当時の指揮官は既に紅梅姫だったはずです」
「何をたわけたことを……」
「その辺りはいつもお主、納得しないだろう? ちゃんと聞いてみろ。そうでないと、知りたいと言いつつ、本当は知りたくなかったことが明らかになるのが嫌なのか?」
ダリヤは横を向くイチヤに悠然と言い放った。
本当に知りたくなかったこと?
フヨウはその場に立ち尽くしたまま、ただ頭の中を整理しようと努めていた。
なるほどそう言われてみれはそうかもしれない。自分自身も何故かイチヤの姿を今一つ認識し辛かったのだ。なのだがそれがやはり今一つ何処をどう、と上手く説明が自分自身にすらできなかったのだ。
「ずいぶん失礼な」
「いえ別に、ただ私は客観的な事実だけを口にしているだけです。それに覚えられにくいというのは、そちらの里の中では非常に得な体質だったのではないですか―――あ」
そうか、とばかりにアリカは珍しく嬉しげに手をぽんと一つ叩いた。
「だからですよ」
「何がだから、なの」
「先帝が太后さまを選んだ理由です」
え、とその時はさすがにダリヤも虚を突かれた思いだった。そこに話を持っていくか。
「あの男が?」
「いえ、ダリヤ様から貴女様のことを伺って、私はそこだけがどうにも腑に落ちなかったのです」
「何がだ」
「いえ、そちらの里はそもそも間者を育てる場所だったとお聞き致しました。その中でも生まれつきのそれは資質ではないですか。人から記憶されないというのは」
「……!」
「面白い、続けてみろ」
ダリヤは本気で楽しくなってきていた。確かに自分も、何故この鬱陶しい気質の女を策略家の先帝が選んだのか謎だったのだ。
「ただの私の結論に過ぎませんが」
「構わないさ。なあイチヤ。お主も聞くくらいはできるだろう? ぶち切れるのは後でもいいんじゃないか?」
そして追い打ちをかける様に。
「そもそもそれは、お主が一番聞きたかったと良くこぼしていたではないか」
え、とサボンとフヨウは顔を上げた。
「それにお主を力尽くで止めるくらい、まだまだ私も無理ではないぞ」
「物騒なことになってますね」
「貴女がそうしてるんでしょう……」
さすがにサボンはひきつる顔を戻すことができない。そもそもアリカはこの何とも言えないイチヤの怒りに溢れる空気を読むことが……
そうだった。それが感覚でできないから、そもそも自分がついているのだ。
「とりあえず自分はどう致しましょうか? 何か」
苦笑しつつ、サボンはアリカに問いかける。すると現在彼女が背にしているのとは逆に入り口を指さし。
「向こうの入り口の鍵を閉めてくれませんか? 女官長達が入って来ると少しややこしいことになりますから。貴女がお茶の支度をしていたくらいの時間なら、タボーさんが菓子の方はどうかと言ってきそうですし」
「判りました」
感情を揺らされたせいか、身体が楽に動く。早足でアリカは反対側の戸へと向かう。
「レレンネイの皺が増えるのは確かに良いことではないな」
「……まだ女官長をしていたのか」
「あの方は有能です。ずっといらしてくれるととてもありがたいのですが」
「……つくづく私を不愉快にしてくれる奴だな」
イチヤは軽く長棒を回し、アリカの鼻面に突きつける。
「瞬き一つしない」
「貴女様が私を傷つけることは私が貴女様を傷つけることができないのと同じくらいできないことですし」
「それで? 私にとって不愉快な答えを持っているというのか?」
「私は事実から導き出される考えを述べているだけです。不愉快になるのは貴女様のご自由ですが」
「聞こうじゃないか」
長棒を引くと、近くの椅子を引きずりだし、どっかと座り込む。
「座って話すのだな。では私も椅子を貰おう。お主も座るがいい。で、サボンは先ほど茶の支度をしていたのだろう? 向こうを止めるついでに多めに運んでくれないか」
「判りました」
サボンは一度閉じた扉を開け、さっとその向こう側へと向かう。
ワゴンに茶の用意をしかけていたのだ。ただ人数を増やさなくてはならない。そしてタボー達から先に菓子を沢山せしめてこよう。先回りだ。
フヨウは――― どうしていいのかすぐには思いつかなかった。
自分はどうしようもなくこの残桜衆を統べた女の言葉には逆らうことができない。何故アリカには効かないのかさっぱり判らない。皇后だからなのだろうか。それだけなのだろうか。
「で?」
「はい」
「あの男が何故私を選んだというのだ?」
「正確に言えば、当時の里のその位のお歳で、最も優秀な間者になりそうな少女を欲した、ということではないかと思うのですが」
「……何だそれは。それでは私である必要は」
「無いです」
アリカは言い切った。
「では選んだのは?」
「先帝陛下ご自身ではないでしょう。そもそもそれを選ぶ方がどなたなのかは、貴女様が一番良くご存知のはず」
「当時の長か」
「『桜』についての書誌にはそもそも間者の里のことなど残っていないから私には判りかねます。少なくともこの宮中の書庫には全く見当たりませんでしたから」
「なあイチヤよ。この新しい皇后はな、ここの書庫を総ざらえしたのだとよ」
黙ったままイチヤの表情が歪む。
「ただ『桜』の軍体系について書かれたものはありましたので、読んでみました。すると間者は何処に属するか、なのですが、それは最高指揮官直轄でした。すなわち、当時の指揮官は既に紅梅姫だったはずです」
「何をたわけたことを……」
「その辺りはいつもお主、納得しないだろう? ちゃんと聞いてみろ。そうでないと、知りたいと言いつつ、本当は知りたくなかったことが明らかになるのが嫌なのか?」
ダリヤは横を向くイチヤに悠然と言い放った。
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