上 下
46 / 57
最終章 お姉様の答え合わせ

③第二に行ったもう一つの大きな理由

しおりを挟む
「もう一つ?」
「ええ、もう一つ。そうね、あえて第二、というにはそっちの方が大きな理由かもしれないわ。カイエが第二を目指していたからよ」
「え、そのために? わざわざ?」
「意外?」
「私からしたら政治ができないから、という理由の方が大きく感じるんだけど。そもそもそんなに昔から親しかったの?」

 少なくとも私は知らなかった。
 まあ、確かにお姉様と私では歳も幾つか離れていたから、女学校に入る頃はあまり遊んだ記憶が無い。
 その前…… 私がまだ家の書庫を漁り出すまでは、一緒に何かしらしていた気もするのだが。
 どうしても私の記憶は小さな頃何を目ににしたかということばかりに埋め尽くされている。
 お姉様とどんなことをしたかというのが具体的に思い出せない。

「カイエとは女学校に入る二年程前から親しくしていたの」
「確か川沿いの貿易街で材木商の家だったと」
「そう。で、その頃お父様は帝都近郊の川の水質について官立研究所の方々と一緒に調査なさっていたのよ。結構それで家を離れて向こうで過ごす日々が多かったのよね。で、時々エルダがお父様に必要なものを届けに行ったんだけど、その時に私もよく付いて行ったのよ」
「記憶にございません」
「だって貴女その頃初めて付いた家庭教師について回って夢中になっていたでしょう?」
「ああ!」

 あの時期か、と思い出す。
 それまでもエルダだの庭師だのともかく家の中で働く誰かしら、そしてお姉様に、これは何あれは何、と訊ねて困らせていた私に、ようやく家庭教師がついた頃だ。
 知りたいことがあったら先生に幾らでも質問しなさい、というお父様のお許しが出たことで私はもう先生に夢中だった。
 ……そのせいか、先生は二度程替わる羽目になった。
 ずっと一人の先生を困らせることなくやっていたお姉様は凄い、と当時は思ったものだ。
 まあ女学校に入ってからは友人達に「いやそれ貴女おかしいって」とずいぶん言われたものだが。
 まあおそらく当時のお姉様の記憶が少ないのはそのせいだろう。
 そしてその時期が過ぎると、今度は五年間の女学校生活となってしまう。
 長期休暇の際にはまとわりついたものだが…… 

「貿易街はうちの辺りとも買い物に行く繁華街とも違って面白かったのよね。そこで川沿いで遊んでいる綺麗な子を見かけたの」
「それがカイエ様、と」
「ええ。当時はあのひとも結構やんちゃでね、同じ年頃のやっぱり商家の子供達と駆け回ってたりしたのよ」
「駆け回って? 比喩ですか?」
「いいえ、そのままよ。当時はエプロンに幾つも繕い跡があったわ」

 お姉様は思い出したのか、楽しそうにくすくすと笑った。

「明らかにがたがたの縫い目なのね。誰が縫ったのか、って聞いたら自分で、って言ってたのよ。びっくりしたわ」
「え、誰かしら縫ってくれる人は居なかったの」
「居たわよ。ただ、向こうのお母様の方針で、駆け回るのもいい、だけどそれで服を破いたならば自分で繕いなさい、って言われたんですって。やっぱり商家の奥様は違うわ。服にしても布にしても人の手がかかっているのだから、適当に扱ってはいけない、破いてしまったなら自分で直して、それがどれだけ大切なものなのか実感しなさい、っていう教えだったんですって」
「……ちなみにお姉様は」
「私はそもそも破いたりしないわ」

 でしょうね、と思わず肩をすくめた。
 その頃から動く際にも先読みをしていたのだろう。
 何かと庭の木々に引っかけては鍵裂きをこしらえてエルダに怒られていた私とは大違いだ。
 まあその都度エルダは縫ってくれたし、その縫い目というものが面白くて、その時ついでに教わったりもしたのだけど。
 ……考えてみれば、お姉様はこの先読みの上手さのせいで家事の経験が足りなかったのかもしれない。

「お父様のお役目が終わったら、お互いに手紙を出し合う様になったの。それで女学校は何処其処に行く、という話になったのね。でもあのひと、初めは第三でゆっくりしたい、とか言っていたのよね」
「え」
「私は慌ててそれは駄目、と手紙で引き止めたわ。私は第二に行くの、だから貴女も絶対そこに行きましょう、って説得に次ぐ説得。勉強はあまり好きではなかったから、第二の入学試験の過去問題集とか送って、こういうところを注意して溢れそうな程覚えて頂戴、とかもうたいへん」
「それで受かったと」
「そう。私もね」

 何を言ってる。第二など何もしなくて入れたひとが。
しおりを挟む

処理中です...