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最終章 お姉様の答え合わせ

⑦姉が最初にオネストに出会ったのはいつなのか

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 ん?
 そこで私は少し違和感を持った。

「会わない様に? 絶対ってことは、何かカイエ様に会わせるのがまずいって当時からお姉様知ってたの?」 

 黙ってお姉様は口の端を上げた。

「知ってたのね」
「まあね」
「それはあの、写真を見たことがあったから?」
「そう」
「でもその前に会ってしまう可能性だって」
「無いわよ」
「無い?」
「だって私がその写真を見たの、オネストに最初に出会った時だもの」
「最初」
「あれは確かやっぱり合同祭だったかしら。第二中等の男子との打ち合わせに出向いたことがあったの」
「代表をやってたことが?」
「まあ何だかんだ言って私、一年からずっと庶務か会計だったし」
「お姉様なら寮長やっててもおかしくないと思ったけど」
「まさか!」

 冗談じゃない、とばかりにお姉様は両手を挙げた。

「長と名がつくものにはなりたくないわ。私はあくまで裏でひっそりと」
「裏からこっそりの間違いじゃないですか?」
「そうとも言うわね。でもまあ、成績とか目立ってしまった部分はあるのでどうしてもそういう話は出てくるのよね。だからあえていつも書記か庶務か会計に手を挙げてたの」
「その方が忙しそうだと思うけど……」
「だって自分からその職務に手を挙げれば、絶対に寮長にだけはならないわ。その方が私にはよっぽど大事」

 はいはい、と私は頷いた。

「で、その中等に出向いたある年に、先輩が来たって向こうの生徒ががやがやしていたのね」
「先輩」
「その先輩が同郷の帝大予科に通ってる奴を連れてきたから、これから予科を目指す者は質問あれば聞いてくれとか言ってたの」
「それって」
「そう。そこでオネストを初めて見たわけ」
「え、じゃまさか、お姉様その時一目惚れとか」
「一目惚れは無いわね」
「……あ、そうですか」
「だけどあの人、その日手帳を落としたのよ」
「は?」
「私は落とす現場をたまたま見ていたから、慌てて駆け寄って差し出したわけ。すると酷く驚いて中をぱらぱらと開いて、とある場所にきたら露骨にほっとしたのよ。そして言ったのね『良かった。これには亡くなった母の写真が入っていたんですよ』。で、写真を見せてもらったの。お綺麗な方ですね、と私は返して」
「それで?」
「その時はそれだけ」
「じゃあその後お礼に誘われたとか」
「まさか」
「……じゃ、何?」

 何やらもやもやする。

「だってあの人、その時のこと覚えていないもの」
「は?」
「まああの時点であの人にとっては第二の女子は目に入っていなかったんでしょうね。制服やら髪型で印象は同じに見えるし。それに何と言っても、その時私の顔なんかちらとも見てなかったもの」
「……じゃあどういうきっかけでお義兄様はお姉様の婚約者になったの? 今更だけど」
「ああ、私がその時手帳にあった名前と帝大予科の専攻を覚えておいたからよ」
「……? お姉様、まだ経緯が飛んでるわ」
「あらマルミュット、貴女そんなに物わかりが悪くなった? 私は写真を見ているのよ? カイエと雰囲気がよく似たオネストのお母様の」

 私は目をつぶり考える。
 幾つかの可能性が頭をよぎった。

「……予想その1。カイエ様に悪い虫が付かないように自分を餌にした」
「ふんふん、その1があるならその2は?」
「今一つはっきりしないけど『母親の写真を持っている男』にお姉様は良くも悪くも興味を抱いたってこと?」
「いい線行ってるわ。そうね、2の方が近いかしら。まだこの時点では1はあり得ない。だって百貨大店に勤めていた時のカイエはあの写真に漂う儚さみたいなものは無かったもの」
「じゃ『母親の写真を持っている男』の方?」
「そう」
「解せないわ」

 即座にそんな言葉が私の中から出てきた。
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