反帝国組織MM⑨ジュ・トゥ・ヴ~本当に彼を求めているのは誰なのか何なのか

江戸川ばた散歩

文字の大きさ
1 / 33

仕事の前 旧い知り合いとの逢瀬

しおりを挟む
「変わったね、あんたは」
 
 うつ伏せたまま、隣に居る相手を彼は横目で見上げた。
 上体を起こし、煙草につける火が一瞬、相手の自分よりはやや鋭角的な横顔のラインを目に飛び込ませる。
 明るい色の髪、やや尖り気味の顎の線、自分の奥の奥まで見透かしてしまうような大きな鋭い目。あの頃、とても好きだった、その表情。
 気だるい身体。頬に当たる布地の冷たさが、何となく心地よい。決して普段肌に触れて心地よいというような柔らかさは持ってはいない。だが今は。

「そうかな」

 灯りが消え、姿が視界から消え、煙草の匂いだけが残る。
 月明かりの逆光に、相手の表情が見えなくなると、その声は余計に自分の中にまっすぐ飛び込んでくる。ぞくり、と皮膚のすぐ下に、何かが流れていくのを彼は感じた。
 遠くに、波の音が聞こえる。昼間、何気にふざけて、濡れネズミになってしまった海岸に、打ち寄せる音。

「そうだよ」

 そう言って、彼は目を伏せる。こんな言葉、言うつもりはなかったのだ。

「……ごめん」

 つぶやいてみる。気にはしないさ、とあの黄金のトランペットを思わせるような声が、再び耳に飛び込んでくる。
 ふっと髪に手を触れる気配がしたので、また薄目を開けてみた。長い自分の髪を、指に絡めている。

「そういうのは、あんた相変わらず好きなんだね」
「まあね」

 短い答えが返ってくる。

「長い髪は、好きだよ」
「そう言えばあんたの今の相手も、長い髪だって、さっき言ってたね」

 ああ、と相手は短く答える。

「そこだけは、君と似ているな。やっぱり黒いし」
「そこだけ?」
「そこだけさ。他は何も似ていない」

 ふうん、と彼は答えを返す。

「でもよくあんた、来てくれたよね」
「他ならぬ君のためだからね」
「殺したい程の」
「殺したいほどの」

 微かな音が、聞こえる。煙草をサイドの灰皿に置いた音だろうか、と彼は思う。
 自分がひどく無防備になっているのを、彼は気付いていた。こんなことではいけないのだ。むき出しの背中を、相手に向けている。
 過去はどうあれ、この相手は、今は敵にもなりうる人物なのだから。
 だがそんなことは今はどうでもよかった。

「相変わらず君が、危なっかしいから、つい手を出してしまう」
「そんなに危なっかしいかな」
「充分」

 くす、と彼が笑みをもらすと、髪に絡めていた手が、指が、そのままかき上げるように地肌から首すじをたどる。彼はゆるゆると相手のその手に指を伸ばす。
 相手は空いているほうの手で、その指に指を絡める。

「何を、そんなに忘れたい? せっかく取り戻した記憶なのに」
「色々」

 短く彼は答えると、指を解き、身体を浮かすと、相手の首に手を回した。

「あんたの声を、もっと聞かせてくれよ。どうせまた、明日からは、仕事なんだ……」
「君は卑怯だ、G。何処へ行くかは教えてくれないのかい?」
「……卑怯だよ」

 そんなことは判っている。だから、呼び出したところで、来るとは思ってはいなかったのだ。
 相手は、帝国の内調局員だった。反帝国組織に属する自分には、事態によっては、確実に敵に回る人物なのだ。
 そして、遠い昔、まだ、帝国が星域を統一する前までの、同じ種族、同じ軍の、自分の愛人のようなものであり……
 自分がその昔、裏切った相手だった。
 もう遠い昔だった。
 長い時間をそのまま歩いてきた相手と、時間を行きつ戻りつ飛び越えつつ、所々移動してきた自分とでは、体感時間にずれがあるのは事実である。
 だが、いずれにせよ、普通の人間から見れば気の遠くなるような昔であることには違いない。

「俺は卑怯だよ。俺はあんたが俺の頼みを聞いてくれてしまうことを知ってる。だから鷹、あんたも俺を、そんな優しくじゃなくて、もっと手荒に扱えばいいんだ」
「でもそれも、君の望みだろう?」

 のぞき込む相手の顔から、月明かりに苦笑めいたものの気配が浮かんでいる。昔はこんな表情はしなかった、と最近取り戻した記憶が自分の中でつぶやく。
 自分は、相手がどんな時間を送ってきたのか、知らない。
 天使種の軍隊から離れて、何をどうして、帝国の内閣調査室の局員になっているのか。そこにたどり着くまで、どんな時間を送り、どんな相手と巡り会ってきたのか。自分は何も知らない。今の「誰か」。黒い長い髪を持っているらしい「誰か」のことも知らない。
 自分が知っているのは、ごくごく僅かな時間の、この相手の姿だけなのだ。自分を好きだった期間の、相手の姿だけなのだ。
 変わったところで、不思議はない。変わらない方が、おかしいのだ。

「君は、俺に手荒に扱って欲しいんだ」

 そうかもしれない、と彼は思う。
 そう言って相手を怒らせて、それでいて自分自身、考える間もなく、記憶の中に埋まることなく、ただただ訳の判らない程何かに溺れたいのかもしれない。

「だったら、望み通りに」

 相手の腕が、荒々しく自分の肩にかかるのを彼は感じていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

二重のカーテン (スカートの下の黒い意志)

MisakiNonagase
青春
洗濯物の隙間に隠したのは、母としての祈りと、娘のプライド。 かつて、女子高生という生き物はもっと無防備で、自由だった。 44歳の主婦、愛子が朝のベランダで手にするのは、娘たちが毎日履き替える漆黒のオーバーパンツ、通称「黒パン」。それは、令和を生きる娘たちが自らの尊厳を守るために身に着ける、鉄壁の「鎧」だった。 小学校時代のママ友たちとのランチ会。そこで語られるのは、ブルセラショップに下着を売っていた奔放な50代、無防備なまま凛と歩くしかなかった40代、そして「見せないこと」に命を懸ける10代の、あまりに深い断絶。さらには、階段で石像のように固まる父、生徒の背後に立たないよう神経を削る教師……。 一枚の黒い布を通して浮き彫りになる、現代社会の歪さと、その根底にある不器用なまでの「優しさ」。 ベランダに干された黒いカーテンの向こう側に、あなたは何を見ますか?

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

処理中です...