反帝国組織MM⑨ジュ・トゥ・ヴ~本当に彼を求めているのは誰なのか何なのか

江戸川ばた散歩

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11.堂々巡りの思考(しかもとても長い時間)

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「……あれこのあたりに何か線が」

 不意にイェ・ホウが額に指を当てたので、彼ははっとして顔を上げた。

「はい饅頭」
「……あ、ごめん」
「何謝ってんの」
「……いや、ちょっと嫌なことがあったから、何か今、あんたに当たってたかなあ俺?」

 いいや、とホウは首を横に振った。

「別にそんなこたないけどさ。けどこんなとこに線ができるほど眉をしかめてると、せっかくの綺麗な顔がだいなし」
「よしてよ」

 Gは苦笑を浮かべ、また触れようとしたホウの手をさりげなく払った。

「俺はさ、別にこうゆう顔で生まれたくて生まれた訳じゃないんだよ?」
「でも持ってしまったものは仕方ないでしょ」
「それはそうなんだけどさ」

 もう遅い、閉店近い店の中には、やはり人は少なかった。
 注文は既に終了している。調理人のイェ・ホウがこれ以上客に呼ばれることはない。カウンターを独り占めするような形で、彼は食事代わりの点心を何種類かつまんでいた。
 堂々巡りの考えが、どうもここに来てから、無理矢理掘り起こされたように思えて仕方がない。
 別に墓の中に埋めて、二度と蘇らないようにしていた訳ではないから、最初の疑問が解けない限り、時々起きあがる問いではあるのだ。
 理屈では判っているのだ。これは「良い答え」なんて、決してある訳ではないことを。
 最初に跳んで、墜ちたあの惑星で、ひたすら生きようとしていたあの姉弟。何をしてでも、とにかく自分のできることを。
 あの姿が、あるべきものなんだ、ということは彼は感じていた。生まれてきたこと、生まれた姿に疑問を持つ暇があったらまず動け、生き残れ、と。
 それは彼もよく知っているのだ。
 だが頭が知っているのと、身体が「判る」のとは違う。
 おそらく、どれだけ考えたところで、その瞬間が来ない限り、自分は決して、どれだけ人に言われようが、自分の頭が理屈ではじき出そうが、納得することはないのだ。

「……あんたさあ」

 そしてつい口がすべる。

「何で俺がいいの?」
「何でって」

 イェ・ホウは何でかなあ、と首をくるりと回す。

「だって、そういうことには理屈ってないんじゃない?」
「だって俺は俺のことは好きじゃないもの」
「まあそれでもいいけどさ」

 最後の客が、ユエメイに勘定を払って行く。扉が開く。
 閉じると同時に、彼はふっと自分のあごに手がかかるのを感じた。

   *
 
 そう言えば、と彼は無意識のうちに考えを巡らせている自分に気付く。

 似ているんだ、この男は。

 目を軽く伏せて、指を相手のその顔のラインに這わせる。でも。
 無論顔かたちがどうとか、声がどうとか、そういうことではないのだ。あの旧友のような声が他に居る訳がない。この自分の上に居る男は、そんな声は、持っていない。
 それでも、自分はこうやって、いつの間にかこの男の腕の中に居るのだ。
 何故、こうしているのだろう、と彼は途切れることのない刺激の中で、とりとめもなくなってくる思考の一部分で考え続けている。
 無論答えを出そうとして考えている訳ではない。ただ、どうしても今は、考えずにはいられないのだ。
 何もかも忘れたくてそうする、あの旧友の時とは違って、自分は、そうしながら、何かを考えたいだけなのかもしれない。

 でもそれだけじゃない。

 疑問はまた前に戻る。

 何処かが似ている。何が似ているんだろう?

 そう言えば、と頬をはさまれ幾度もその上を唇の乾いた感触が行き過ぎるのを覚えながら、再びその言葉が彼の頭を巡る。

 自分はこの男に、どう呼びかけていただろう。

 あんたは、と俺は最初からこの男に呼びかけてなかったか?
 他人に対する呼びかけ方というのは、その相手をどう自分が見ているか、を時々実に素直に反映する。
 「あなた」でも「お前」でも「君」でもなく「あんた」。
 それは旧友に対するそれと同じだった。目上の、それでもややくだけた相手に対する呼びかけのための。

 ああそうなんだ。確かに似てる。

 彼は相手の背に手を回す。その回した時の感覚は違う。背の広さも、そこについた筋肉の感触も、何もかも違うのだ。なのに、その態度だけは妙に似ていた。そして、妙に憎めない。
 あの会った最初の時から自分に対してずうずうしい程の積極さで近づいてきたところも、それをすぐに行動に現すところも。
 彼は知っていた。それは結局、自分がされたいことなのだ。
 認めたくはない。だが彼は知っていた。それは自分がそうされたいことなのだ。
 そう言えば、と三たび彼は思う。
 俺は自分から、誰かにそうしたいと思ったことがあっただろうか?
 そうされたい、と思ったことはある。認めたくはないが、ある。認めたくはない。だってそれでは女のようではないか。誰かが来るのをただ待っているだけの。
 違うのか、と彼の中で何かがつぶやく。違わない、と彼はそれに答える。
 違わないんだ。
 ふと相手の動きが止まったので、彼はゆっくりと目を開けた。

「……どうしたの」

 至近距離の相手の顔は、不安気に自分を見ている。

「いや、何かひどく辛そうな顔していたから」
「別にそんなことはないさ」

 そう言って、自分から相手の首に手を回す。ふと手が、微かな違和感に気付いた。

「……これ」
「あ? ちょっとした勲章」

 肩のあたりから、斜めに背中と胸に向かって、深い傷を縫った痕があった。

「何、今頃気付いた?」
「俺鈍感だからね」

 全くだ、と彼は思う。これでまた、この男が何処かの工作員である確率が上がった。
 尤も、そんなことはどうだっていいのだ。別段この男が格別好きであるのかどうかも、彼にはさっぱり判っていないのだ。
 そもそも、本当に好きな相手と、自分がそんなことをしたことがあるのだろうか。自分を好きな、相手ではない。自分が好きな、相手だ。
 あの旧友は好きだった。だけど、それは何かが違う。好かれていることが嬉しかった。楽しかった。不安を忘れられた。それだけだ。
 現在の盟友は、あの連絡員も好きだ。肌を重ねて、それは心地よい。ただもう感覚的に、快楽だけを純粋に追求する。だけどそれはそういう感情ではない。むしろきょうだいのような、そんな穏やかで、奇妙な愛着というものに近い。
 一度だけ、あったかもしれない、と彼は再び流されつつある感覚の流れの中で思う。
 それはひどく冷たいものだった。触れた肌も、唇も、そしてその思考の流れも、全てが冷たかった。だけど、それが、ひどく心地よかった。それは、覚えている。
 司令、とその時自分は相手を呼んだ。その時まだ、その相手をどう思っているのかすら知らなかった。あったのは、畏怖だ。恐怖とも言える。
 同族の、一番上の世代。血が、無意識にそれに対して畏れるのだ。
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