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三日目の夕方の停車駅にて

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「それはどういうこと?」
「何しろ遠い国だし…… 連絡の方もとにかく急病だから、奥方が早く来てほしい、と向こうの大使館から連絡が来まして」

 取るものも取りあえず、飛び出してきたという次第だった。

「だからあんなに急いで列車に乗ろうとしていたのね、メイリン」

 私はうなづいた。
 ふむ、と彼女はテーブルで頬杖をついた。

「今までもそういうことはあったのかしら?」
「いいえ、今までは赴任地に付いていったので、その様なことは無く」
「今回は付いていかなかったのね。またそれは何故? 聞かれては困ること?」
「いいえそういう訳では。ただ彼の赴任が決まった頃に、私が妊娠していたので」
「まあ! 確かにそれだったら国を離れるのは躊躇したのでしょうね。エドワーズ家の方々もご心配して……」
「……それは」

 私は曖昧に笑みを浮かべた。
 そもそも私との結婚は彼の実家には決して歓迎されたものではなかった。
 異国で勝手に結婚したこともだが、それが東の大国の出身の奴隷上がりの娘だったというのが許せなかったのだろう。
 当然だ。
 私が彼の両親、いや親族であったら確実に追い出せ、とか愛人程度にしておけ、と言ったろう。
 だが彼はそんな周囲の声は何のその、実家と没交渉となってまで、私と結婚したのだ。
 そもそも私を元の主人のもとから手に入れた時もとんでもない賭けをしたのだという。
 賭けの内容は知らない。
 夫は言わない。
 だが彼は私と最初に出会った時に、私を手に入れたい、と思ったらしい。
 実に物好きだ、と私は当時あきれた様に思った。
 だいたい出会ったのは仕事の時だ。
 そんな場面でどうやって一目惚れだと言われて信じればいいのか。
 だがそれでも彼は元の主人との賭けに勝ち、私を引き取ることに成功したのだ。
 それからはまた実に大変だった。
 国に戻れば、東の娘を連れてきて妻にすると宣言。
 自分は跡取りでも何でもない、独立した家庭を持つので文句でも何でも言ってくれ、勝手にするから、と。
 それでいいのか、と私が問うと、構わない、と彼は言った。
「君が居てくれることがありがたいんだ」
 無論私はその時、それを単純に恋愛沙汰の言葉で受け取った訳ではない。
 とは言え、恋愛沙汰な部分も充分あったので、実際私が今回の任地に行けなかった理由は子供ができたからだった。
 彼の居ない中で出産。
 実家はともかく、彼の仲の良いきょうだいの一人の妻が何かと私を心配して、異国での妊娠出産について気を配ってくれた。
 そして今も子供は彼等のところに預けてある。

「一番仲のいいすぐ下の弟さんのところに、今は預けてあるんです。何でもあちらはなかなか子供ができないとかで、羨ましい、とか何かあったら引き取るから、と言ってくれます」
「頼もしいわ。私も子供が居れば、何か変わったかしら」

 ふっ、とアイリーンは視線を窓の外に移した。
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