未来史シリーズ③銀の歌姫~忘れられた惑星に落ちた二人

江戸川ばた散歩

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第29話 「貴官は上官に向かって命令をするのか?」

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 判るだろ? と歌姫は俺のほうを向いた。俺は黙ってうなづいた。元より、そのつもりなのだ。
 そして再び車を出した。行きの道中とはうって変わって、素早く、簡単な道中だ。これだけの道に、どうしてこんな時間がかかったんだろう、と思えてしまう程だった。だが無駄ではない。無駄ではなかった。



 やがて、白い平原に、赤い色が見えた。それは初め、雪の上に落ちた血の染みのようにぽつん、と見えた。
 だがそれは近づくにつれ、その姿を大きく俺達に見せつけてきた。赤だけではなく、灰色の機体が、夜明けの空と雪の明かりを受け、鈍く光っていた。
 そしてその胴には、五本の赤のライン。

 …司令官の専用機だ。

 見覚えのある焦げ茶色の防寒着が、幾つもそこにはあった。
 落ちた船の辺り、転がった座席、こじ開けられたコンテナやらを、あれこれと調べ回っている姿。慣れないこの寒さに、身体が縮み上がっているのは、一目で判る。
 俺は車を止めた。歌姫は帽子をかぶり、マフを手にすると、外に飛び出した。俺もまた、手袋をきっちりとはめ、コートの下に銃を隠すと、ゆっくりと外に出た。途端に頬に、刺すような痛みが走る。
 ざくざく、と雪を踏む音が、耳当てごしに聞こえてくる。それだけだ。俺も歌姫も、どちらともなく、言葉は発しなかった。
 やがて、俺達の姿に気付いたのか、焦げ茶色の一群が、一度灰に赤の機体の中に飛び込んだ。中の一人は雪に足を取られて転んでいた。
 奇妙に冷静に観察している自分が判る。いや、そうなろうとしていたのかもしれない。斜め後ろを歩いていた歌姫の腕をぐっと引っ張ると、俺は自分の横につけた。何だよ、と言いたげな視線で奴は一瞬俺をにらんだが、握る手の強さが判ったのか、歌姫はそれ以上何かしらの抵抗は見せなかった。

「…アルビシン同盟の船と見たが」

 俺は焦げ茶色の一人に声をかけた。よそ行きの声だ。いつも以上に低く、圧力を込めた声。兵士の一人は、マスクと帽子の間から見せる目に、明らかに不審の色を浮かべていた。

「俺はチュ・ミン空戦隊補佐だ。アニタ・ユン司令官が、この船には乗っている筈だが」
「…!」

 まだそれでも撃墜王の俺の名と顔は、アルビシンの兵士の中には知れているようだ。兵士はまじまじと目を大きく広げて俺の顔を見ると、ああ、と大きくうなづいた。

「失礼しました!」
「司令官殿に、話がある。とりついでもらいたい」
「…判りました、しかし…」

 兵士は機体の方を向く。

「先ほど、近づいてきたあなた方の姿を捕捉した時、連絡が司令官の元に行った筈ですが…」

 間違いではなかった。この兵士が全部言うか言わないかくらいの間に、ぐぅ、という音が、機体の方から聞こえてきた。
 赤い五本のライン。

「生きていたか、チュ・ミン」

 聞き覚えのある声。よく通る声、そして、その行動とも、地位とも決して似つかわしくない程、「可愛らしい」と彼女自身悩んだ声。

「お元気でしたか、司令官どの」

 俺は声を張り上げた。遠目にも彼女は、露骨に嫌そうな顔をした。タラップを下りてくる。その降り方すらも、ひどく落ち着き払っているくせに。

「早く入るがいい。チュ・ミン空戦隊補佐、貴官には帰還する義務がある」
「そのことで話がある」

 彼女はひらりと視線を動かすと、一瞬足を止めた。

「中で聞こう」
「いや駄目だ。時間が無い。俺はここで話をする」
「貴官は上官に向かって命令をするのか?」

 可愛らしい声が、だが実に威厳を持って俺に突き刺さる。だがそれに動揺している時間は無いのだ。ここまで来るのに一時間は経っている。夜明けを鑑賞してしまったから、少し時間が経ってしまっていた。

「よかろう」

 彼女はタラップを下りる。相変わらず小柄だ。歌姫と大して変わらないのではないだろうか。いや逆だ。歌姫が彼女と同じくらい小さいのだ。
 その歌姫は、というと、俺の左腕につかまるような形になって、いつのまにか、それをぎゅっと掴んでいた。顔をその腕の中に伏せているので、彼女からは見えない位置に入っている。

「話とは何だ」

 彼女は俺を見上げる。大きな丸い、黒目がちの目。その目は決して俺にしがみつく歌姫を見ようとはしない。故意的に無視している。俺には判った。

「手短に言おう。ここから即刻撤退してくれ」
「撤退。そういう言葉を使う理由があるのか」

 ある、と俺は大きくうなづいた。

「ここから数十㎞先に、都市がある。その都市がこの船を狙っている。あと一時間以内に、出発しない限り、破壊すると」
「何を世迷い言を」

 彼女は首を大きく振る。濃い黒の、きついウェーヴのついた髪が、ゆさゆさと揺れる。そういえば、三つ編みをしていない。解いたままだ。こんな姿は久しぶりだ。

「世迷い言じゃない。俺は使者だ。平和に治めたいから、忠告しに来たんだ」
「撤退という言葉は気にくわないが、何も我々は、長居する気は無い。遠方のこの惑星に別段我々は用は無い。お前を回収したら、即刻引き上げる。それはそもそも決定していることだ。お前に言われるまでもない」

 相変わらずだ、と俺は思う。彼女の言うことは、正しい。とても正しい。
 だが。

「俺は行かない」
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