女性バンドPH7④やっていけそうなバンドのメンバーを集めるのは難しいもんだ。

江戸川ばた散歩

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第17話 声に捕らわれる。

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 気付くと、頭がくらくらして胸がむかむかしていた。
 やばい、酸欠だ。ナホコはゆっくりと、曲のスキをつくようにして流れてきた空調の冷たい空気を吸い込んだ。
 だらだらと全身から汗が流れる。まわりの子の体温もあって気持ち悪いくらいだ。
 四曲連続で速い曲が続いた。その間ずっとあのリズムに合わせて身体と頭を振りっぱなしだった。心臓の鼓動の速さがもの凄く速くなっている。HISAKAのバスドラムのようだった。彼女のドラムに心臓が合わせてしまったかのようだった。
 やっと思い出して左横を見るとアナミの姿がない。いつの間にか彼女は右端にいた。よく見たら自分の位置も当初とはずいぶん違っている。
 ようやく呼吸が整った所でステージを改めて見回す。

 あれ?

 見慣れないものがあった。キーボードだった。誰が使うんだ、とナホコは首をひねる。きっと明日はこの首が回らないだろう、と思いながら。

「結構やるじゃないの」

 MAVOはあたりを見渡して言う。「一列目」はいつの間にか後ろのファンに体当たりされ、ねじ込まれた挙げ句、後ろへと大半が押し出されていた。
 だがその中でも残った連中は居た。MAVOはその残った連中の視線が自分に向いているのを確認する。

 それでいいのよ。

 彼女は笑みを浮かべる。

 あたしの方を向かないなんて許さない。
 好きでも嫌いでもとにかくあたしの方を向きなさい。

 声はそうは言ってはいないが、そう言っているような音を発している。

「じゃ最後の曲」

 そう言った時、MAVOのちょうど後ろの位置のHISAKAの姿がドラムから消えているのに誰もが気付いた。
 キン、と鋭い音が響いた。ピアノに良く似た音。

 あ。

 ナホコはその時やっとキーボードの意味が判った。HISAKAがそこには居た。
 2小節、ゆっくりした音が響き…… そして次の瞬間、まるで彼女のドラムのような速い音が舞った。ピアノに似た音は、切ないメロディを基調にして、縦横無尽に動き回る。
 16小節、それは会場を走り回り、―――不協和音が重く落ちてきた。
 ナホコは息を呑んだ。
 そして次の瞬間、今度はピアノの音が鳴った。
 ゆっくりとしたテンポで、最小限の音だけが。
 そこへベースが入る。ギターが入る。

「……」

 コトバを考えるのに、ひどく時間のかかった曲だった。
 ギター一本でTEARが作った例の曲だった。HISAKAはその曲を初のスローナンバーとすることにした。
 そしてどうせなら客を驚かせたい、と思ったのだ。実際客が驚いているのはHISAKAにも見えた。
 ドラムをぶっ続けで叩いた後だから、手がじんじんして、やや動きがよろしくない。だがそこは昔からやってきた人間というものである。ここでは「正確」より「はったり」の方が大事だった。
 TEARの原曲の歌メロは、TEARの歌える範囲でしかなかったので、HISAKAはそれをやや変えた。MAVOの音域の高低ぎりぎりまで使ったのだ。
 さすがにTEARは何じゃこりゃ、と叫んだ。だがドラマティックになったのは事実だったので、面白い、と使ってみた。

 そしてその上に乗っている歌詞は。

 わかりにくい、とTEARは言った。
 難しい単語ではないんだけど、何か奥歯にはさまっているような詞だ、と。
 そりゃそうだ、と当のMAVOは思う。そういう詞にしたかったのよ、と言って。でも、知りたい人間には判るのよ。そう付け足して。
 会場はしん、と静まっている。決して白けたムードではない。黙って音に声に詞に集中して、聴かずにはいられない、という感じの静まり方だった。

 客達はMAVOの声に捕らわれる。

 捕らわれる。

 ―――捕らわれた。



「あー全く」

 機材に卵、で一番嘆いたのはタイセイだった。

「卵って時間が経つと臭ってくるんだから」
「だから早くっ」

 トガシとイクシマ、そしてその他スタッフもPH7のメンバーもマリコさんも一斉に幕の内側で雑巾をかける。メンバーはスタッフに自分の楽器を心配しな、と言われたが。

「それにして卵とはねえ」

 HISAKAは首をぐるぐると回していた。激しい運動後は必ず整理運動、とマリコさんに厳重に言われているのだ。

「よくまあ持ってきたもんだ。一パックいくらなもんかねぇ」
「TEARさん今度来たときには美味しい卵料理をご馳走しますよ」

 スタッフと一緒に汚れた雑巾をパケツに入れて運んでいたマリコさんが言った。げ、とTEARは苦笑する。

「さっさと片付けて、今日は引き上げましょう」
「タイセイさんどーも今日はありがとうございました」
「あ、ちょっと待って」

 MAVOがマリコさんを止めた。

「何ですか?」
「さっきハルさんが女の子一人引きとめてたから」
「……ああ」

 待っててくれということか、マリコさんは納得した。

「それにあたしもDUとか見てきたいし」
「はいはい」
「あれーっMAVOちゃん、DUキョーミあったの?」

 TEARが汗と楽器を拭きながら訊ねた。

「一応」
「でもその時間はなさそうね」

 HISAKAがにっこりと笑った。関係者入り口からナホコがのぞいていた。

「タイセイさんはどうします? 薄情ですけどあたし達今日は引き上げます。トラブルの後だし、長居は無用」
「OK。でも今度全員で打ち上げしようって話があるからそれには参加してって親父が言ってたから」
「はい」

 HISAKAはうなづき、入り口のナホコを手招きした。

「他の子は?」
「あの二人はこれからが本命ですんで」
「友達見捨てちゃうのーっ? 薄情っ」

 え、とその声にナホコは目を丸くする。メイクを落としたMAVOだった。全然印象が違う。髪こそ立てたままだったが、声のトーンまで変わっている。

「MAVOさん……? ですよね?」
「うん」

 こくん、とうなづく。本当かよ? とナホコは目を疑った。
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