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雨が降ってきた。
幾ら服がリュックが靴が防水だと言っても、この調子じゃ隙間から水が入り込んでくることは必然。危険だ。
駆け出すと、やがて右手に蝶番が片方取れた鉄製の門がぶらぶらと揺れているのが見えた。
屋根のある所は無いか、と中に入ると、亀裂の入った通路の先にメリーゴーランドを見つけた。
あれもまあ屋根だろう、と俺はそこまで走った。柵を跳び越え、足が折れていない馬の上に服や荷物を掛け、一息つく。
濡れたリュックの中から、レーションとドリンクと缶詰を取り出す。―――が、何ってこった。缶切りが見あたらない。
保存性に重点を置いた昨今の缶詰は昔あったという簡単に切れるタイプじゃない。困った。
「何かお探しかい」
びく、と声の方を向く。俺と似た様な格好。マスクのついたヘルメット。お仲間らしい。部隊解散命令の後、それなりに備品を分け与えられて解散した―――
「缶切りが見当たらなくてね」
「一つやろうか? 代わりにストローを一本くれるんなら」
「悪くない相談だ」
普段からマスクをした俺達は、専用の太いストローをつけないとドリンクを呑むことができない。通常はスペアを持っているものだが、それでも一つを洗浄しながらでも限度はある。どれだけこいつは歩いてきたのだろう。
お互いに缶切りとストローを交換すると、少し間を空けて腰を下ろす。
「奥から来たのか?」
「ああ。お前さんはそこの門からか」
「奥には何も建物が無かったのかい?」
「残念なことに屋根がもう無くてね」
爆撃で壊れたのだろう、と相手はほのめかした。
ざあざあと喧しく音を立てて雨は降り続く。
「何処まで行く気だ?」
相手が聞いてくる。
「家に帰ろうとは、思ったんだがな」
刻々と入ってくる情報によると、俺が住んでいた町は既に砲火を浴びた後らしい。
「一度向こうのアレを浴びたらそこには入れないだろ」
「まあな。死にたかったら別だが」
空からやってきた敵は二種類の爆撃を行った。一つは単純に物質を破壊するためのもの。もう一つは大気組成を変えるためのもの。
前者はいい。それまでの歴史の中で繰り返されたただの破壊だ。だが後者は。
「俺の部隊もそれで解散した」
「だろうな」
奴等の攻撃にまずは職業軍人が立ち向かった。無駄だった。
わずかに彼等が時間を稼いでくれている間に、俺等は地下を慌てて居住区にするべく働いた。
そのうち地上が更地になりだした。すると敵は次に大気組成を変える兵器を打ち出した。元職業軍人の知恵で民間人は防御するしかなかった。
と言っても、できることはただもう地下への通路を守ることと、パトロールくらいだったが。
今歩いてきた場所では、既にマスク無しでは呼吸ができない。
そしてこうやって一人歩いているということは。
「38番区は底までやられた」
「251番区もだ。だからとりあえず一番近い入り口を探してる」
「見つかったか?」
「見つかったなら、今頃入ってるさ。こんな雨に濡れずに」
「正しい」
くっ、と相手は笑った。
大気組成が変われば雨も変わる。できるだけ雨には濡れたくない。
だが時々思う。このまま雨に溶けてしまった方がいいのかもしれない、と。
「俺はまだ家族が死んだのを見てない」
不意に相手が言った。
「下手なこと考える様だったらここでお前さんを消してモノを持ってくぜ」
「家族はもう居ないんだ」
「だがまだ地下の連中を守れる。殺されるまでは生きてやろうぜ」
悔しそうな声。
地図を見せろ、と相手は言った。行ける方向への擦り合わせをしよう、と。
そうだな、と俺は荷物を探り出した。
幾ら服がリュックが靴が防水だと言っても、この調子じゃ隙間から水が入り込んでくることは必然。危険だ。
駆け出すと、やがて右手に蝶番が片方取れた鉄製の門がぶらぶらと揺れているのが見えた。
屋根のある所は無いか、と中に入ると、亀裂の入った通路の先にメリーゴーランドを見つけた。
あれもまあ屋根だろう、と俺はそこまで走った。柵を跳び越え、足が折れていない馬の上に服や荷物を掛け、一息つく。
濡れたリュックの中から、レーションとドリンクと缶詰を取り出す。―――が、何ってこった。缶切りが見あたらない。
保存性に重点を置いた昨今の缶詰は昔あったという簡単に切れるタイプじゃない。困った。
「何かお探しかい」
びく、と声の方を向く。俺と似た様な格好。マスクのついたヘルメット。お仲間らしい。部隊解散命令の後、それなりに備品を分け与えられて解散した―――
「缶切りが見当たらなくてね」
「一つやろうか? 代わりにストローを一本くれるんなら」
「悪くない相談だ」
普段からマスクをした俺達は、専用の太いストローをつけないとドリンクを呑むことができない。通常はスペアを持っているものだが、それでも一つを洗浄しながらでも限度はある。どれだけこいつは歩いてきたのだろう。
お互いに缶切りとストローを交換すると、少し間を空けて腰を下ろす。
「奥から来たのか?」
「ああ。お前さんはそこの門からか」
「奥には何も建物が無かったのかい?」
「残念なことに屋根がもう無くてね」
爆撃で壊れたのだろう、と相手はほのめかした。
ざあざあと喧しく音を立てて雨は降り続く。
「何処まで行く気だ?」
相手が聞いてくる。
「家に帰ろうとは、思ったんだがな」
刻々と入ってくる情報によると、俺が住んでいた町は既に砲火を浴びた後らしい。
「一度向こうのアレを浴びたらそこには入れないだろ」
「まあな。死にたかったら別だが」
空からやってきた敵は二種類の爆撃を行った。一つは単純に物質を破壊するためのもの。もう一つは大気組成を変えるためのもの。
前者はいい。それまでの歴史の中で繰り返されたただの破壊だ。だが後者は。
「俺の部隊もそれで解散した」
「だろうな」
奴等の攻撃にまずは職業軍人が立ち向かった。無駄だった。
わずかに彼等が時間を稼いでくれている間に、俺等は地下を慌てて居住区にするべく働いた。
そのうち地上が更地になりだした。すると敵は次に大気組成を変える兵器を打ち出した。元職業軍人の知恵で民間人は防御するしかなかった。
と言っても、できることはただもう地下への通路を守ることと、パトロールくらいだったが。
今歩いてきた場所では、既にマスク無しでは呼吸ができない。
そしてこうやって一人歩いているということは。
「38番区は底までやられた」
「251番区もだ。だからとりあえず一番近い入り口を探してる」
「見つかったか?」
「見つかったなら、今頃入ってるさ。こんな雨に濡れずに」
「正しい」
くっ、と相手は笑った。
大気組成が変われば雨も変わる。できるだけ雨には濡れたくない。
だが時々思う。このまま雨に溶けてしまった方がいいのかもしれない、と。
「俺はまだ家族が死んだのを見てない」
不意に相手が言った。
「下手なこと考える様だったらここでお前さんを消してモノを持ってくぜ」
「家族はもう居ないんだ」
「だがまだ地下の連中を守れる。殺されるまでは生きてやろうぜ」
悔しそうな声。
地図を見せろ、と相手は言った。行ける方向への擦り合わせをしよう、と。
そうだな、と俺は荷物を探り出した。
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