〈完結〉暇を持て余す19世紀英国のご婦人方が夫の留守に集まったけどとうとう話題も尽きたので「怖い話」をそれぞれ持ち寄って語り出した結果。

江戸川ばた散歩

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10 サングス商会夫人イヴリンが語る①

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「筆を舐める癖がある人に毒を盛った、って話を思い出したわ」
「何、それって画家の話?」

 ブリジットが口を挟む。

「ううん、うちのひと海外貿易の会社やっているでしょう? 特にここしばらく、東洋趣味で結構儲けさせてもらったって笑っていたのよ」

 そう言って、サングス商会夫人イヴリンは語り出す。



 東洋趣味って、ほら、結構あのクリスタル・パレスの展示会でも色々あったでしょう?
 で、うちのひとが目をつけたのは、あの極東の島国! 
 何か色々向こうでは政変とかあって、大変だったんだけど、まあおかげでそういう品は色々売れたって話も聞くし。
 で、筆の話ね。
 あの国も、清と同じで、筆記用具として、私達の様にペンを使わないのよ。
 細い筆なのね。
 それに固めた、ほらこのくらいの大きさの墨を、スレートの台? 
 何って言うのかしら、何か名前があるんだけど。
 ともかくスレートの平らな面で水と一緒に擦りだして、色んな濃さの黒い文字を巻紙に書き付けるんですって。
 向こうで二束三文で買い付けた紙の束があったから見たことがあるんだけど、まあ凄くうねうねした縦書き。
 絵入りで色刷りの冊子なんかもあって、それは印刷してあるんだけど、それでもうねうね。
 だけど向こうの人々って、案外それを読めるっていうのよ。
 特にエド? トーキョウ? に住んでるひと達は。
 そのエドだかトーキョウに変わるちょっと前なんだけど、偉いひとが唐突に亡くなったってことがああったんですって。
 それがね、何でもその筆に毒が塗ってあって……
 え? 何でそれが舐める、につながるかって?
 ええ、私もその辺りが聞いた時は上手く理解できなかったのだけど、何でも筆を使う前に舐める癖があるひとっていうのが、ある程度あるんですって。
 まあ、墨自体に毒がある訳ではないってことが大きいんでしょうけど。
 でもね、偉い人の癖を知っていた誰かがそこに毒を塗って平気な顔をしていたとしたら……?
 つまりね、私何が怖いって、政治的にもの凄く偉いひとが、ちょっとしたことで殺されそうになることなの。
 使われたのは砒素だったらしいのね。
 そう、こちらでも何かと殺人事件には使われるじゃない……
 そういう意味では、共通なのね、と思うと、ああ人間って怖いな、って。
 ……はいはい前置きが長いって。
 そう、だから、そういう事件があったのよ。
 とある知り合いの知り合いのお宅で、次々と家族が死んでいったって事件。
 公にはなっていないわ。
 だから偉いひとのところって怖いって言ったじゃない。
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