42 / 50
41 13人目の「私」が語る③
しおりを挟む
「あ…… 痛い!」
マーゴットが急に叫んだ。
どうしましたの、と皆が彼女の元に寄る。
「血が……」
マーゴットの小さな靴から血がじわじわとしみ出していた。
「これは……!」
医師の妻であるシャーロットは血にも臆さず、靴を脱がせようとする。
「駄目え! 触らないでえ!」
マーゴットはそんなシャーロットの手を払いのけようとする。
だがその足には力は無い。
その間にもじわじわと小さな靴は、赤く赤く染められて行く。
「マーゴット様。カーレンだったのは貴女だったのでしょう?」
私はその赤く染められて行く清朝時代の纏足仕様の靴を見下ろす。
「あの国はもうありません。今あの大陸は、各国の思惑と権力争いの中です。そしてその小さな足は、旧時代の悪習として、排除されているのです」
「あ…… 悪習ですって」
「美を感じることはできるでしょう。でも、それでは歩くことができない。歩くことができないのでは生きていくことができないのが、今のあの地です。そしてそうでなくとも、自分の足で歩きたいのがこのサイレンの鳴り響く世界の女なのです」
ああ! とマーゴットの悲鳴が飛んだ。
シャーロットはその靴を取り去ったのだ。
そこには指を切った足があった。
「……何てこと……」
シャーロットはその足を、薄手のテーブルクロスを裂いたものでくるんだ。
「そっか…… もう誰もこの足を見ても美しいとは言ってくれないのね」
「元々本当にその足を作るなら、少女の頃からの苦しみが必要なのです。それは良くも悪くも一つの文化です。でももうその時代ではないのです」
「そうなのね。……じゃあ私は、赤い靴を履いて踊ることができる場所へ行く方がいいんだわ」
じゃあね、と言ってマーゴットは闇の中へと消えていった。
だがまだ血の色が消えることはなかった。
「……ポ、ポーレット様、そのお腹……」
フレアが扇を取り落として叫んだ。
「……ああそうでしたわ。そう。マーゴット様の血を見て、私思い出しましたの。友達の友達ではなく、刺されたのは、私だったんですね……」
幾重の下着の上にまでにじんでくるその出血には、さすがにシャーロットもどうしようも無い様だった。
そもそも締めれば止められるのだったら、彼女達のコルセットというものがあるではないか。
そうではない。
記憶がそれを押しとどめていただけなのだ。
「義母は、どうしても私が伯爵家の嫁というのに家庭教師の様に子供達に教えるのも、メイドの様に家事をするのも気に食わなかったんですわ。私はそうしなくてはならないと思ったからしただけなのに。楽しかったのに。あのひとはどうしてもそれに納得がいかなくて。一言も私あのひとに文句は言いませんでしたのよ。あのひとが私にどれだけ暴言を吐いても、それはもう病気なんだ、とあきらめましたわ。あのひとがただもう現実が見えないからだと。だけどだからと言って」
あああああああ、とポーレットの目から大粒の涙が流れた。
「殺してやりたかったのは、私の方なのに」
「大丈夫」
私は彼女にそう告げた。
「貴女が話した様に、貴女の義母は自分のしたことに瞬間気付いてショックを受けて心臓発作で死んだんですよ。その時の苦しみはどうでしょう、シャーロット様」
「……ええ、心臓発作で瞬間的に意識を失えない時には、凄まじい痛みと苦しみの果ての死が待っています」
「そうですか」
涙を拭って、ポーレットはすっくと立ち上がった。
「それを聞いてすっとしましたわ。では、ごきげんよう」
ポーレットはそう言うと、闇の中に消えていった。
マーゴットが急に叫んだ。
どうしましたの、と皆が彼女の元に寄る。
「血が……」
マーゴットの小さな靴から血がじわじわとしみ出していた。
「これは……!」
医師の妻であるシャーロットは血にも臆さず、靴を脱がせようとする。
「駄目え! 触らないでえ!」
マーゴットはそんなシャーロットの手を払いのけようとする。
だがその足には力は無い。
その間にもじわじわと小さな靴は、赤く赤く染められて行く。
「マーゴット様。カーレンだったのは貴女だったのでしょう?」
私はその赤く染められて行く清朝時代の纏足仕様の靴を見下ろす。
「あの国はもうありません。今あの大陸は、各国の思惑と権力争いの中です。そしてその小さな足は、旧時代の悪習として、排除されているのです」
「あ…… 悪習ですって」
「美を感じることはできるでしょう。でも、それでは歩くことができない。歩くことができないのでは生きていくことができないのが、今のあの地です。そしてそうでなくとも、自分の足で歩きたいのがこのサイレンの鳴り響く世界の女なのです」
ああ! とマーゴットの悲鳴が飛んだ。
シャーロットはその靴を取り去ったのだ。
そこには指を切った足があった。
「……何てこと……」
シャーロットはその足を、薄手のテーブルクロスを裂いたものでくるんだ。
「そっか…… もう誰もこの足を見ても美しいとは言ってくれないのね」
「元々本当にその足を作るなら、少女の頃からの苦しみが必要なのです。それは良くも悪くも一つの文化です。でももうその時代ではないのです」
「そうなのね。……じゃあ私は、赤い靴を履いて踊ることができる場所へ行く方がいいんだわ」
じゃあね、と言ってマーゴットは闇の中へと消えていった。
だがまだ血の色が消えることはなかった。
「……ポ、ポーレット様、そのお腹……」
フレアが扇を取り落として叫んだ。
「……ああそうでしたわ。そう。マーゴット様の血を見て、私思い出しましたの。友達の友達ではなく、刺されたのは、私だったんですね……」
幾重の下着の上にまでにじんでくるその出血には、さすがにシャーロットもどうしようも無い様だった。
そもそも締めれば止められるのだったら、彼女達のコルセットというものがあるではないか。
そうではない。
記憶がそれを押しとどめていただけなのだ。
「義母は、どうしても私が伯爵家の嫁というのに家庭教師の様に子供達に教えるのも、メイドの様に家事をするのも気に食わなかったんですわ。私はそうしなくてはならないと思ったからしただけなのに。楽しかったのに。あのひとはどうしてもそれに納得がいかなくて。一言も私あのひとに文句は言いませんでしたのよ。あのひとが私にどれだけ暴言を吐いても、それはもう病気なんだ、とあきらめましたわ。あのひとがただもう現実が見えないからだと。だけどだからと言って」
あああああああ、とポーレットの目から大粒の涙が流れた。
「殺してやりたかったのは、私の方なのに」
「大丈夫」
私は彼女にそう告げた。
「貴女が話した様に、貴女の義母は自分のしたことに瞬間気付いてショックを受けて心臓発作で死んだんですよ。その時の苦しみはどうでしょう、シャーロット様」
「……ええ、心臓発作で瞬間的に意識を失えない時には、凄まじい痛みと苦しみの果ての死が待っています」
「そうですか」
涙を拭って、ポーレットはすっくと立ち上がった。
「それを聞いてすっとしましたわ。では、ごきげんよう」
ポーレットはそう言うと、闇の中に消えていった。
0
あなたにおすすめの小説
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜
来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。
望んでいたわけじゃない。
けれど、逃げられなかった。
生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。
親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。
無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。
それでも――彼だけは違った。
優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。
形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。
これは束縛? それとも、本当の愛?
穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
それなりに怖い話。
只野誠
ホラー
これは創作です。
実際に起きた出来事はございません。創作です。事実ではございません。創作です創作です創作です。
本当に、実際に起きた話ではございません。
なので、安心して読むことができます。
オムニバス形式なので、どの章から読んでも問題ありません。
不定期に章を追加していきます。
2025/12/30:『ねんがじょう』の章を追加。2026/1/6の朝4時頃より公開開始予定。
2025/12/29:『ふるいゆうじん』の章を追加。2026/1/5の朝4時頃より公開開始予定。
2025/12/28:『ふゆやすみ』の章を追加。2026/1/4の朝4時頃より公開開始予定。
2025/12/27:『ことしのえと』の章を追加。2026/1/3の朝8時頃より公開開始予定。
2025/12/26:『はつゆめ』の章を追加。2026/1/2の朝8時頃より公開開始予定。
2025/12/25:『がんじつのおおあめ』の章を追加。2026/1/1の朝4時頃より公開開始予定。
2025/12/24:『おおみそか』の章を追加。2025/12/31の朝4時頃より公開開始予定。
※こちらの作品は、小説家になろう、カクヨム、アルファポリスで同時に掲載しています。
『大人の恋の歩き方』
設楽理沙
現代文学
初回連載2018年3月1日~2018年6月29日
―――――――
予定外に家に帰ると同棲している相手が見知らぬ女性(おんな)と
合体しているところを見てしまい~の、web上で"Help Meィィ~"と
号泣する主人公。そんな彼女を混乱の中から助け出してくれたのは
☆---誰ぁれ?----★ そして 主人公を翻弄したCoolな同棲相手の
予想外に波乱万丈なその後は? *☆*――*☆*――*☆*――*☆*
☆.。.:*Have Fun!.。.:*☆
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
意味が分かると怖い話(解説付き)
彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです
読みながら話に潜む違和感を探してみてください
最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください
実話も混ざっております
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる