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第8話 皆からのお祝いと贈り物
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三日目のお祝いは、兼雅が執り行った。
彼は花文綾の羅を重ねた銀の衝重を十二、産着やおむつや内敷を入れた銀の透箱を六、強飯をお握りにしたものを十具ばかり、それに碁手の銭を百貫用意した。
正頼の屋敷に泊まり込んで祝っている殿上人達は、一晩中管弦をしたり、意銭――― 銭打ちの勝負をして遊んでいる。
大宮からも三夜の祝いとして、趣のある様々な品が届いた。
*
五日目のお祝いは、正頼が三日の夜同様に立派な祝いの準備をした。
正頼の息子達も、それぞれ趣の変わったお祝いを立派に送る。
やはり皆遊びに遊び、殿上人達は、三日の夜同様に、被物を受け取った。
*
そして六日目。
仁寿殿女御は麝香を沢山用意させて、栴檀や丁字といった香の材料と共に鉄の臼で搗いて粉にさせた。
そして綿を入れた練絹を袋にこさえると、その一つ一つに搗いた粉の香を入れ、柱と柱の間にある御簾に掛けさせた。
大きな銀製の狛犬の中に収まった燻炉を一宮の寝所の四隅に置いて、その香を絶えず焚いている。
廂の間には、大きな燻炉に火を入れて、良質の沈や合わせ薫き物を沢山くべてその場にいっぱいになる程に置いた。
寝所の四方に掛かる一重の絹や、壁代わりの御簾は香を移す上等の燻炉に入れていたので、その付近は非常に良い薫りが漂っている。
ましてや一宮が居る中は言うまでもない。ほんのちょっとした臭い蒜の匂いなども消されてしまう。
やがて大宮は自分の北の大殿にへと戻る。そこは現在、女御の休息所となっているので、仕える大人も童も皆それに応じた装束をまとっている。
仲忠は――― 仕人達は、いつも居る東の廂に儀式通りにお手水から膳部まで用意しておいたが、当の本人が一宮の居る母屋からまるで出て来ない。
「お食事は如何なさります」
と心配した女房が問いかけても、
「宮の残りを食べたから平気」
そう返す始末。
昼間の人の居ない時になると、妻の寝所に入りその横で眠る。誰かがやって来ると、そのすぐ外の土居にもたれかかって居眠りをする。そして夜は魔除けの弓弦を一晩中鳴らしている。
簀子には彼と仲のいい公達が揃っていたのだが。
*
七日目のことである。
「夕方は入浴しましょうね。さあ起きましょう。髪を解いてあげるわ」
仁寿殿女御は一宮に言う。元気を取り戻してきていた一宮も言われる通り、起きあがる。
白い単衣の上に、つやつやした赤の表着を羽織り、台帳の床の端へいざり出て東の方を向いた。
女御と尚侍が一宮のたっぷりとした髪を二つに分けて梳り始める。非常に量が多く、つやつやと美しく、長さは八尺程ある。
髪を上げ整える一切の仕事は、典侍と乳母が行った。
「お産の後初めて髪を上げる場合は、縁起を祝うものでございますが……」
典侍が心配そうに口を出す。
すると女御は朗らかに、
「何もそなたが気に掛けることは無い。そうでなくとも、この子のは長くて多すぎる位で心配の無い御髪なのだからね」
「長さはともかく、髪の筋や見た目の美しいのは、滅多に無いものです。宮はそのいずれの点から言っても申し分の無い御髪ですね」
尚侍もそう口をはさむ。そうそう、と二人の母は楽しそうに、それぞれ分担したあたりを梳っては褒め称える。
非常に艶やかに美しい髪で、お産の後だから、と切れたり薄くなる様なことも無い。
当人の様子にしても、少々顔色が青白い様に見えるが、それが却って尊く上品な印象を周囲に与える。そう、今が盛りとばかりに匂う様に若々しく美しい。
やがてそんな一宮の元に、藤壺からお祝いの品が届けられた。
二斗入りの酒甕が二つ。
物を入れた衝重の沈の折櫃が十二。
蘇芳の高坏には、腹に龍脳香を詰めた銀の雉の剥製が二羽、大きな松の作り枝に据えられている。
その端にはこう書かれていた。
「―――鶴/都留の都に済む雉が今日は珍しく松の枝に飛びましたからお目に掛けますね」
また文も別にやって来た。
東宮坊の次官がやってきて、一宮の元に届ける。あて宮からの文は、薄い萌黄色の色紙一重ねに包んで五葉の枝につけてある。
一宮はそれを見ると思わず笑う。
それを見た仲忠は妻に近づき、迫る。
「何って書いてあるの? 見たいな」
「人には見せるな、って書いてあるから駄目よ」
「僕に隠し事をするの?」
そう言って彼は文を取り上げてしまう。あーあ、と一宮は思わず呆れる。
「本当に御満足な珍しいおめでたは、何よりも先にお祝い申し上げたいと存じましたのに、暫くは分別もないような有様でしたので、もしかしたら、万が一にでも見苦しい恥を隠すことができないだろうかと思いまして、とうとう今日までご無沙汰申し上げました。
誠に誠に大変珍しいおめでたが一時に集った時にこそ伺うべきですのに、お目にもかかれず、直接お祝いを申し上げないでしまったことは、この上なく残念に存じます。
入内せず、昔のままおりましたら、こうも切ない思いはしなかっただろう、と思うにつけても心が暗くなります。
―――昔、中の大殿で二人一緒に住み親しんでいましたのに、今は自分自分の生活に関わって、あなたのお慶びを他人の様に聞いているのですもの―――
繰り返しても足りない程、貴女が羨ましい。
ねえ私の愛しい貴女、こういうことがあった折りには、全く挙措の難しい私のために、必ず必ず、自由にお訪ねできる様にお力添え下さいな」
仲忠はそれを見ると微妙な笑みを漏らした。
「何と言うか…… 久しくあの方の御文を見ないうちに、ずいぶんと変わられたもんだな。何と言うか、冗談だか本気だか判らない様な書きぶりそのものは変わっていないのだけど」
「そうなの?」
一宮は問いかける。一緒に暮らしていた彼女にしてみれば、文の調子の変化はあまり判らない。ただ。
「ああでも、確かに少し調子が変わったかも」
「あなたもそう思う?」
「冗談にでも愚痴など吐くひとじゃなかったもの」
そうか、と仲忠はうなづく。
「気になるのかしら」
「大変なんだなあ、と思うだけだよ」
「それだけ?」
「うん。だいたい僕は今、目の前のひとのことで手一杯だし」
まあ、と一宮は「言うわね」と肩をすくめる。
「私まだ、疲れちゃって目がしょぼしょぼしてるの。返事はあなた書いて下さる?」
「僕が?」
「書きたいんじゃないの?」
うーん、と仲忠は一瞬悩む。
「別にあなたのことどうこう疑う訳じゃないわよ」
「そう?」
仲忠は黙って大きくうなづく一宮を見ると、そうか、とばかりに筆を取った。赤い薄様の紙一重ねを用意させる。
「御文を頂いた当人は、床上げしたばかりで、まだ目のほうがおぼつかなく、宮の代わりで失礼致します。以下宮からです。
私のことを意のままに思い通りで羨ましい、と仰ったのは、それは今の貴女が、周囲も狭いと思える程満ち足りているとお思いになっているからでしょう。
いいえ、別に私、貴女の言葉をお恨みしている訳では無いのよ。でも貴女のその言い方がちょっと悲しかったのでね。
―――あなたのお産をなさった場所で同じ様にお産をした私ですもの。その子供が成長するのは、あなただけでも見守って下さるでしょう?―――
とのこと。
私仲忠からは、いやもう、直接御文を差し上げることができない身となっておりますから、一層慕わしさが募るばかりでございます。
―――久しい間待って、やっとこの一時を得た私は、昔の恋しさ悲しさも一緒に思い出されて忘れかねるのです」
仲忠はそう書くと、同じ薄様の一重ねに包んで、良い感じの紅葉に付けた。
「あなたが書いたところ、見てもいい?」
「見たいの?」
「……」
少し考え、まあいいわ、と彼女はやめておいた。
「いいの?」
「うーん、何と言うか」
一宮は首を傾げる。
「あて宮の恋しい昔って、どういうのだったのかしら、と思って」
「宮からはどう見えたの?」
「何考えているか判らないひとだったから」
「そう」
仲忠は合点が入った様にうなづいた。
「それでもあなたにはよく返してたわ、あて宮は」
「らしいね。僕も素敵な書きぶりだとは思っていたけど」
「けど?」
「素敵すぎて、現実離れしていた」
「ふーん……」
そういうものか、と一宮は納得した。
「だからじゃないけど、僕はあなたと文をやり取りしたかったなあ」
「あ」
そう言えば。一宮も気付く。
「考えてみたら、私とあなたって全然そういうことしていないのよね」
「そうなんだ。涼さんでもできたというのに」
「え」
「ごめん、ちょっと話に聞いた」
ああ! と一宮は思わず同じ歳の叔母のしたことを思い出す。
「あれで涼さんは今宮が好きになったというんだから、文は文で面白いんだろうね。僕がしたことあるのは、あくまで形の上のものはかりだから。そう、何って言うか、碁で次の一手を見定める時の様な緊張感が無いんだよな」
「ぜーたく」
「そ、そう?」
「まあいいわ。そのうちあなたが内裏に詰める様なことがあったら私も書くから」
本当? と笑顔を見せる夫を見て、一宮は生まれた子よりずっと犬っころみたいだわ、と思った。
*
そんな二人のやり取りをよそに、母親である女御はきびきびと動き回っていた。
非常に美しい女装束を用意させると、弾正宮を呼び、こう言った。
「これは普通は被物になどはしない様な装束です。でも今回は別です。この使いのものに差し上げなさい」
弾正宮は言われる通り、あて宮の使いにそれを渡した。そして彼はそのついでに贈り物を見渡した。
「ねえ仲忠、これはなかなか凄いものだよ、見てごらんよ」
その言葉に仲忠は早速側に持って来させる。
「へえ」
二斗入り甕の片方には、紅の練絹――― 特に光沢を出した打綾が沢山入っていた。
もう片方には、やはり紅の練絹なのだが、上等なものが甕の口元まで畳んで入れてあった。
折櫃の方と言えば。
まず一つには銀製の鯉。
次に銀製の鯛と沈の鰹。
沈や蘇芳を小さく切って切り身の様にして一つ。
合せ薫き物を三種と、龍脳香をそれぞれ黄金の壺の大きなものに入れたものを詰めて一つ。
「海松」と書き付けられたものには、少々の赤い絹と縫い目の無い白い絹、それに続飯を組み合わせて海松の様にしたものが入っており、それが一つ。
白粉に一つ。
残り二つには、えび香と丁字が鰹節の様にして拵えてあった。
「いやこりゃ大変なものだな」
仲忠は感嘆し、母尚侍にもそれらを見せる。
「これはまあ、素晴らしいものですね」
「うん。宮のために、心を込めて整えてくれたんだね。あの方も、入内以前はこういうことに気が付くひととは思えなかったのに、やっぱり御苦労なさっているんだな」
「そうかもしれませんね」
尚侍もうなづいた。
*
夜になると、大宮が生まれた子の湯浴をさせた。一宮もまた、朝から言われていた通り、入浴した。
*
そのうちに、涼からも産養の贈り物が届いた。
一宮の前に、銀の衝重が十二。
おなじく銀の台盤に据えて、敷物や内敷も皆見事なものだった。
衝重の中にはそれぞれ色々なものが入っている。
練った綾が一つ。
花文綾の羅が一つ。
色々の織物が一つ。
白い綾が一つ。
練貫が一つ。
練り繰った糸の美しいものが一つ。
練らない糸も美しく一つ。
分量も多く、高く積んで、重い物を据えたので、少しばかり傾いてしまっているのも愛嬌か。
女御の前には沈で作った折敷を、やはり沈で作った高坏に乗せて九つ。
打敷物は特に立派なものである。
沈木で作って黄金で箱の縁を飾った衣箱が六つ。その中には「被物にする様に」と女装束が一具、白い袿が十重、袴が十具。
蒔絵の衣櫃に入れて、物が五斗ばかり入るくらいの紫檀の櫃が五つ。その中には碁や弾棋の賭物の際に使う銭、その他もろもろが入れられて嵩高くなっている。
涼だけではなく、正頼や式部卿宮、民部卿からも様々な贈り物があったという。
*
そして祝宴の始まりである。
中の大殿の南の廂を開放し、客人達の座を作った。
正頼は四郎連純を使いとして、兼雅や式部卿宮を招待する。
「今夜はお七夜ですが、あなた方がおいでにならないと、大変淋しいだろうと思います。誠に誠に恐縮ですか、おいで下さいませんか。私はうちでしたら、下手な舞いでも舞ってお目にかけましょう」
すると「それは素晴らしい、見物のはずだ」と言って、やって来る。
この二人が来ると聞けば、皆もまたじっとしてはいられない。この家の婿君達を始め、名だたる人々が次々とやって来る。
これらの人々の御膳部に関する一切は涼が賄った。
彼は花文綾の羅を重ねた銀の衝重を十二、産着やおむつや内敷を入れた銀の透箱を六、強飯をお握りにしたものを十具ばかり、それに碁手の銭を百貫用意した。
正頼の屋敷に泊まり込んで祝っている殿上人達は、一晩中管弦をしたり、意銭――― 銭打ちの勝負をして遊んでいる。
大宮からも三夜の祝いとして、趣のある様々な品が届いた。
*
五日目のお祝いは、正頼が三日の夜同様に立派な祝いの準備をした。
正頼の息子達も、それぞれ趣の変わったお祝いを立派に送る。
やはり皆遊びに遊び、殿上人達は、三日の夜同様に、被物を受け取った。
*
そして六日目。
仁寿殿女御は麝香を沢山用意させて、栴檀や丁字といった香の材料と共に鉄の臼で搗いて粉にさせた。
そして綿を入れた練絹を袋にこさえると、その一つ一つに搗いた粉の香を入れ、柱と柱の間にある御簾に掛けさせた。
大きな銀製の狛犬の中に収まった燻炉を一宮の寝所の四隅に置いて、その香を絶えず焚いている。
廂の間には、大きな燻炉に火を入れて、良質の沈や合わせ薫き物を沢山くべてその場にいっぱいになる程に置いた。
寝所の四方に掛かる一重の絹や、壁代わりの御簾は香を移す上等の燻炉に入れていたので、その付近は非常に良い薫りが漂っている。
ましてや一宮が居る中は言うまでもない。ほんのちょっとした臭い蒜の匂いなども消されてしまう。
やがて大宮は自分の北の大殿にへと戻る。そこは現在、女御の休息所となっているので、仕える大人も童も皆それに応じた装束をまとっている。
仲忠は――― 仕人達は、いつも居る東の廂に儀式通りにお手水から膳部まで用意しておいたが、当の本人が一宮の居る母屋からまるで出て来ない。
「お食事は如何なさります」
と心配した女房が問いかけても、
「宮の残りを食べたから平気」
そう返す始末。
昼間の人の居ない時になると、妻の寝所に入りその横で眠る。誰かがやって来ると、そのすぐ外の土居にもたれかかって居眠りをする。そして夜は魔除けの弓弦を一晩中鳴らしている。
簀子には彼と仲のいい公達が揃っていたのだが。
*
七日目のことである。
「夕方は入浴しましょうね。さあ起きましょう。髪を解いてあげるわ」
仁寿殿女御は一宮に言う。元気を取り戻してきていた一宮も言われる通り、起きあがる。
白い単衣の上に、つやつやした赤の表着を羽織り、台帳の床の端へいざり出て東の方を向いた。
女御と尚侍が一宮のたっぷりとした髪を二つに分けて梳り始める。非常に量が多く、つやつやと美しく、長さは八尺程ある。
髪を上げ整える一切の仕事は、典侍と乳母が行った。
「お産の後初めて髪を上げる場合は、縁起を祝うものでございますが……」
典侍が心配そうに口を出す。
すると女御は朗らかに、
「何もそなたが気に掛けることは無い。そうでなくとも、この子のは長くて多すぎる位で心配の無い御髪なのだからね」
「長さはともかく、髪の筋や見た目の美しいのは、滅多に無いものです。宮はそのいずれの点から言っても申し分の無い御髪ですね」
尚侍もそう口をはさむ。そうそう、と二人の母は楽しそうに、それぞれ分担したあたりを梳っては褒め称える。
非常に艶やかに美しい髪で、お産の後だから、と切れたり薄くなる様なことも無い。
当人の様子にしても、少々顔色が青白い様に見えるが、それが却って尊く上品な印象を周囲に与える。そう、今が盛りとばかりに匂う様に若々しく美しい。
やがてそんな一宮の元に、藤壺からお祝いの品が届けられた。
二斗入りの酒甕が二つ。
物を入れた衝重の沈の折櫃が十二。
蘇芳の高坏には、腹に龍脳香を詰めた銀の雉の剥製が二羽、大きな松の作り枝に据えられている。
その端にはこう書かれていた。
「―――鶴/都留の都に済む雉が今日は珍しく松の枝に飛びましたからお目に掛けますね」
また文も別にやって来た。
東宮坊の次官がやってきて、一宮の元に届ける。あて宮からの文は、薄い萌黄色の色紙一重ねに包んで五葉の枝につけてある。
一宮はそれを見ると思わず笑う。
それを見た仲忠は妻に近づき、迫る。
「何って書いてあるの? 見たいな」
「人には見せるな、って書いてあるから駄目よ」
「僕に隠し事をするの?」
そう言って彼は文を取り上げてしまう。あーあ、と一宮は思わず呆れる。
「本当に御満足な珍しいおめでたは、何よりも先にお祝い申し上げたいと存じましたのに、暫くは分別もないような有様でしたので、もしかしたら、万が一にでも見苦しい恥を隠すことができないだろうかと思いまして、とうとう今日までご無沙汰申し上げました。
誠に誠に大変珍しいおめでたが一時に集った時にこそ伺うべきですのに、お目にもかかれず、直接お祝いを申し上げないでしまったことは、この上なく残念に存じます。
入内せず、昔のままおりましたら、こうも切ない思いはしなかっただろう、と思うにつけても心が暗くなります。
―――昔、中の大殿で二人一緒に住み親しんでいましたのに、今は自分自分の生活に関わって、あなたのお慶びを他人の様に聞いているのですもの―――
繰り返しても足りない程、貴女が羨ましい。
ねえ私の愛しい貴女、こういうことがあった折りには、全く挙措の難しい私のために、必ず必ず、自由にお訪ねできる様にお力添え下さいな」
仲忠はそれを見ると微妙な笑みを漏らした。
「何と言うか…… 久しくあの方の御文を見ないうちに、ずいぶんと変わられたもんだな。何と言うか、冗談だか本気だか判らない様な書きぶりそのものは変わっていないのだけど」
「そうなの?」
一宮は問いかける。一緒に暮らしていた彼女にしてみれば、文の調子の変化はあまり判らない。ただ。
「ああでも、確かに少し調子が変わったかも」
「あなたもそう思う?」
「冗談にでも愚痴など吐くひとじゃなかったもの」
そうか、と仲忠はうなづく。
「気になるのかしら」
「大変なんだなあ、と思うだけだよ」
「それだけ?」
「うん。だいたい僕は今、目の前のひとのことで手一杯だし」
まあ、と一宮は「言うわね」と肩をすくめる。
「私まだ、疲れちゃって目がしょぼしょぼしてるの。返事はあなた書いて下さる?」
「僕が?」
「書きたいんじゃないの?」
うーん、と仲忠は一瞬悩む。
「別にあなたのことどうこう疑う訳じゃないわよ」
「そう?」
仲忠は黙って大きくうなづく一宮を見ると、そうか、とばかりに筆を取った。赤い薄様の紙一重ねを用意させる。
「御文を頂いた当人は、床上げしたばかりで、まだ目のほうがおぼつかなく、宮の代わりで失礼致します。以下宮からです。
私のことを意のままに思い通りで羨ましい、と仰ったのは、それは今の貴女が、周囲も狭いと思える程満ち足りているとお思いになっているからでしょう。
いいえ、別に私、貴女の言葉をお恨みしている訳では無いのよ。でも貴女のその言い方がちょっと悲しかったのでね。
―――あなたのお産をなさった場所で同じ様にお産をした私ですもの。その子供が成長するのは、あなただけでも見守って下さるでしょう?―――
とのこと。
私仲忠からは、いやもう、直接御文を差し上げることができない身となっておりますから、一層慕わしさが募るばかりでございます。
―――久しい間待って、やっとこの一時を得た私は、昔の恋しさ悲しさも一緒に思い出されて忘れかねるのです」
仲忠はそう書くと、同じ薄様の一重ねに包んで、良い感じの紅葉に付けた。
「あなたが書いたところ、見てもいい?」
「見たいの?」
「……」
少し考え、まあいいわ、と彼女はやめておいた。
「いいの?」
「うーん、何と言うか」
一宮は首を傾げる。
「あて宮の恋しい昔って、どういうのだったのかしら、と思って」
「宮からはどう見えたの?」
「何考えているか判らないひとだったから」
「そう」
仲忠は合点が入った様にうなづいた。
「それでもあなたにはよく返してたわ、あて宮は」
「らしいね。僕も素敵な書きぶりだとは思っていたけど」
「けど?」
「素敵すぎて、現実離れしていた」
「ふーん……」
そういうものか、と一宮は納得した。
「だからじゃないけど、僕はあなたと文をやり取りしたかったなあ」
「あ」
そう言えば。一宮も気付く。
「考えてみたら、私とあなたって全然そういうことしていないのよね」
「そうなんだ。涼さんでもできたというのに」
「え」
「ごめん、ちょっと話に聞いた」
ああ! と一宮は思わず同じ歳の叔母のしたことを思い出す。
「あれで涼さんは今宮が好きになったというんだから、文は文で面白いんだろうね。僕がしたことあるのは、あくまで形の上のものはかりだから。そう、何って言うか、碁で次の一手を見定める時の様な緊張感が無いんだよな」
「ぜーたく」
「そ、そう?」
「まあいいわ。そのうちあなたが内裏に詰める様なことがあったら私も書くから」
本当? と笑顔を見せる夫を見て、一宮は生まれた子よりずっと犬っころみたいだわ、と思った。
*
そんな二人のやり取りをよそに、母親である女御はきびきびと動き回っていた。
非常に美しい女装束を用意させると、弾正宮を呼び、こう言った。
「これは普通は被物になどはしない様な装束です。でも今回は別です。この使いのものに差し上げなさい」
弾正宮は言われる通り、あて宮の使いにそれを渡した。そして彼はそのついでに贈り物を見渡した。
「ねえ仲忠、これはなかなか凄いものだよ、見てごらんよ」
その言葉に仲忠は早速側に持って来させる。
「へえ」
二斗入り甕の片方には、紅の練絹――― 特に光沢を出した打綾が沢山入っていた。
もう片方には、やはり紅の練絹なのだが、上等なものが甕の口元まで畳んで入れてあった。
折櫃の方と言えば。
まず一つには銀製の鯉。
次に銀製の鯛と沈の鰹。
沈や蘇芳を小さく切って切り身の様にして一つ。
合せ薫き物を三種と、龍脳香をそれぞれ黄金の壺の大きなものに入れたものを詰めて一つ。
「海松」と書き付けられたものには、少々の赤い絹と縫い目の無い白い絹、それに続飯を組み合わせて海松の様にしたものが入っており、それが一つ。
白粉に一つ。
残り二つには、えび香と丁字が鰹節の様にして拵えてあった。
「いやこりゃ大変なものだな」
仲忠は感嘆し、母尚侍にもそれらを見せる。
「これはまあ、素晴らしいものですね」
「うん。宮のために、心を込めて整えてくれたんだね。あの方も、入内以前はこういうことに気が付くひととは思えなかったのに、やっぱり御苦労なさっているんだな」
「そうかもしれませんね」
尚侍もうなづいた。
*
夜になると、大宮が生まれた子の湯浴をさせた。一宮もまた、朝から言われていた通り、入浴した。
*
そのうちに、涼からも産養の贈り物が届いた。
一宮の前に、銀の衝重が十二。
おなじく銀の台盤に据えて、敷物や内敷も皆見事なものだった。
衝重の中にはそれぞれ色々なものが入っている。
練った綾が一つ。
花文綾の羅が一つ。
色々の織物が一つ。
白い綾が一つ。
練貫が一つ。
練り繰った糸の美しいものが一つ。
練らない糸も美しく一つ。
分量も多く、高く積んで、重い物を据えたので、少しばかり傾いてしまっているのも愛嬌か。
女御の前には沈で作った折敷を、やはり沈で作った高坏に乗せて九つ。
打敷物は特に立派なものである。
沈木で作って黄金で箱の縁を飾った衣箱が六つ。その中には「被物にする様に」と女装束が一具、白い袿が十重、袴が十具。
蒔絵の衣櫃に入れて、物が五斗ばかり入るくらいの紫檀の櫃が五つ。その中には碁や弾棋の賭物の際に使う銭、その他もろもろが入れられて嵩高くなっている。
涼だけではなく、正頼や式部卿宮、民部卿からも様々な贈り物があったという。
*
そして祝宴の始まりである。
中の大殿の南の廂を開放し、客人達の座を作った。
正頼は四郎連純を使いとして、兼雅や式部卿宮を招待する。
「今夜はお七夜ですが、あなた方がおいでにならないと、大変淋しいだろうと思います。誠に誠に恐縮ですか、おいで下さいませんか。私はうちでしたら、下手な舞いでも舞ってお目にかけましょう」
すると「それは素晴らしい、見物のはずだ」と言って、やって来る。
この二人が来ると聞けば、皆もまたじっとしてはいられない。この家の婿君達を始め、名だたる人々が次々とやって来る。
これらの人々の御膳部に関する一切は涼が賄った。
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天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
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