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第7話 ドラムとの出会い
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翌日、アカエミュージックから電話が来た。今度は取ったのはハルの方だった。
「じゃあ取りに行きます」
『いえ、配達します。住所を』
わざわざ配達しなくてはならないものなんだろうか。それでも一応住所を教えると、夕方に配達する、とのことだった。
「ロック系の店でしたか」
とマリコさんはそう驚きもしない。
「あんまり驚かないのね」
「だってマホさん、いろいろ聴いていましたでしょ?」
「ま、そーだけど」
でも、リスナーでいるのと、プレイヤーになることの壁は厚い。聴いているぶんで幸せならば、わざわざ楽器を苦労して演るなんて…… と考える人が多いのも事実なのだ。
「でもマホさん、いったい何の楽器やろうとしてたんでしょうね」
「あの子は弦に指が馴染んでるから、ギターかベースじゃない?」
「そうですよね。ギターってのが一番妥当かも」
それはハルにしても同様だった。
*
夕方になって、楽器屋の車が門の前に止まった。
こんにちは、とインタフォンごしに元気な声が響いた。はい、とマリコさんが出ると、まだ二十歳前なんじゃないかと思われる、金に近い茶色の髪を長くして後ろで無造作に束ねている男がいた。
「注文の楽器、持ってきましたけど、何処へ運べばいいんですかね」
「え、とたくさんあるの?」
「普通はたくさんですよお」
何言ってんだ? と不思議そうな顔になる。
「あ、こっちへ持ってきてくださーい」
ハルは大きな窓を開けると楽器屋の青年に向かって言った。ああ、そうか。マリコさんは思う。そこはピアノやヴァイオリンの練習に使っている防音の効いた部屋だった。彼女は床まで続いた窓を開けていた。
「そっちでいいんですねー」
「はーい」
楽器屋は車へ戻ると、ダンボールの箱を抱えてきた。
「まず一つ」
そう言ってハルの前に置く。
え?
ハルはその箱に書かれた文字を、見間違いじゃないか、とにらんだ。
楽器屋は二つ目を持ってくる。さっきよりもう少し大きい箱だった。彼はそれを小さい箱の横に置く。ハルはそれを持ってみる。小さい箱は、その小ささのわりには重い。逆に大きい方は割合軽い。そしてまたひとまわり大きい箱――― 深い箱――― そして重そうに、細長い箱を幾つか抱えてきた。
最後に、平べったい箱を二つ。
ハルはそのどれもに書いてある文字に信じられなかった。
SNERE DRUM
TOMTOM
FLOOR TOM
BASS DRUM
HI HAT CYMBAL
CRUSH CYMBAL
……
ちょっと待て。ハルは呆然とその運ばれてくる様子を見ていたが、これらが組合わさったら何になるか、ようやく想像がついた。
「料金は前払いしてもらってますんで、あ、これ、サーヴィスです」
と言って、彼はハルに細長い紙袋を渡した。じゃあ、となかなかさわやかな笑顔を向けて、あぜんとしているマリコさんを後に、車は去っていった。
「……」
「……」
ハルとマリコさんは二人して部屋に積まれた「楽器」を眺めるしかなかった。
「ドラムですか」
「そのようね」
さすがに、これだけは想像ができなかったのだ。
「料金先払いですって」
「いつの間に」
だが、呆然としているだけではどうしようもない。とにかく返すのも何だし。
それにこれは、妹は死んでない、生きて帰ってくる、と信じているハルにとって、返してはならないものだった。
「組み立ててみるか」
ぼそっとハルは言った。マリコさんはそれもいいですがね、とつぶやくと、
「でもハルさん組立方法知ってるんですか?」
「さあ」
ハルにも全く見当がつかなかった。何しろ縁がない。
高校のときに、ジャズ好きなパーカッションの友達と、セッションを何度かしたことはあるけれど、その友達は、セッティングに凝りまくった奴だったので、絶対に他人にセットを触らせなかった記憶がある。
「パーカッションでしょう? 学校の方の知り合いはいないんですか?」
「あ、そうか」
慌てて、つい最近辞めたばかりの学校の学生名簿を引っ張り出す。パーカッション……
打楽器パートに知り合いはそう多くはない。だがゼロでもない。
コール三回。
「もしもし…… 日坂ですけど、ユーキくん?」
一瞬の沈黙。もしもし? ともう一度言うと、
『ハルさんっ。どうしたかと思ったんだよーっ』
あいかわらず軽い奴……
泣き真似のときによく使用する裏声になっている。
『ねえ、もう大丈夫なの?』
「まーね。あのさあ、あなた今日暇?」
『ひまってほどじゃないけど、あなたがオレに用事あるってのなら、すぐにでも』
「ありがと。ちょっと頼みがあるの。えーと」
すぐに家に越させるのは、家が遠い彼にはちょいと酷かな、とハルは思う。電話の線をもて遊びながら、
「とりあえずお茶呑みましょう。学校の近くのあそこ、そう、フルール」
フルール・ド・フルールという名の喫茶店を指定した。
「花の中の花」とう名の店は、沢山の種類の美味しいコーヒーと、種類は少ないが「サイコーっ」のケーキで、学生でよくにぎわっていた。ハルも、これから会いにいくパーカッションのユーキもご多分にもれない。
彼は濃いコーヒーの、砂糖だけ入れて甘くしたものと、その店の特製レアチーズケーキが好きだった。
「幾つでも食えそー」
と言う彼に、よく食えるねー、と評したのはハルである。彼女もわりと甘党ではあったが、彼には負ける。
「じゃあ取りに行きます」
『いえ、配達します。住所を』
わざわざ配達しなくてはならないものなんだろうか。それでも一応住所を教えると、夕方に配達する、とのことだった。
「ロック系の店でしたか」
とマリコさんはそう驚きもしない。
「あんまり驚かないのね」
「だってマホさん、いろいろ聴いていましたでしょ?」
「ま、そーだけど」
でも、リスナーでいるのと、プレイヤーになることの壁は厚い。聴いているぶんで幸せならば、わざわざ楽器を苦労して演るなんて…… と考える人が多いのも事実なのだ。
「でもマホさん、いったい何の楽器やろうとしてたんでしょうね」
「あの子は弦に指が馴染んでるから、ギターかベースじゃない?」
「そうですよね。ギターってのが一番妥当かも」
それはハルにしても同様だった。
*
夕方になって、楽器屋の車が門の前に止まった。
こんにちは、とインタフォンごしに元気な声が響いた。はい、とマリコさんが出ると、まだ二十歳前なんじゃないかと思われる、金に近い茶色の髪を長くして後ろで無造作に束ねている男がいた。
「注文の楽器、持ってきましたけど、何処へ運べばいいんですかね」
「え、とたくさんあるの?」
「普通はたくさんですよお」
何言ってんだ? と不思議そうな顔になる。
「あ、こっちへ持ってきてくださーい」
ハルは大きな窓を開けると楽器屋の青年に向かって言った。ああ、そうか。マリコさんは思う。そこはピアノやヴァイオリンの練習に使っている防音の効いた部屋だった。彼女は床まで続いた窓を開けていた。
「そっちでいいんですねー」
「はーい」
楽器屋は車へ戻ると、ダンボールの箱を抱えてきた。
「まず一つ」
そう言ってハルの前に置く。
え?
ハルはその箱に書かれた文字を、見間違いじゃないか、とにらんだ。
楽器屋は二つ目を持ってくる。さっきよりもう少し大きい箱だった。彼はそれを小さい箱の横に置く。ハルはそれを持ってみる。小さい箱は、その小ささのわりには重い。逆に大きい方は割合軽い。そしてまたひとまわり大きい箱――― 深い箱――― そして重そうに、細長い箱を幾つか抱えてきた。
最後に、平べったい箱を二つ。
ハルはそのどれもに書いてある文字に信じられなかった。
SNERE DRUM
TOMTOM
FLOOR TOM
BASS DRUM
HI HAT CYMBAL
CRUSH CYMBAL
……
ちょっと待て。ハルは呆然とその運ばれてくる様子を見ていたが、これらが組合わさったら何になるか、ようやく想像がついた。
「料金は前払いしてもらってますんで、あ、これ、サーヴィスです」
と言って、彼はハルに細長い紙袋を渡した。じゃあ、となかなかさわやかな笑顔を向けて、あぜんとしているマリコさんを後に、車は去っていった。
「……」
「……」
ハルとマリコさんは二人して部屋に積まれた「楽器」を眺めるしかなかった。
「ドラムですか」
「そのようね」
さすがに、これだけは想像ができなかったのだ。
「料金先払いですって」
「いつの間に」
だが、呆然としているだけではどうしようもない。とにかく返すのも何だし。
それにこれは、妹は死んでない、生きて帰ってくる、と信じているハルにとって、返してはならないものだった。
「組み立ててみるか」
ぼそっとハルは言った。マリコさんはそれもいいですがね、とつぶやくと、
「でもハルさん組立方法知ってるんですか?」
「さあ」
ハルにも全く見当がつかなかった。何しろ縁がない。
高校のときに、ジャズ好きなパーカッションの友達と、セッションを何度かしたことはあるけれど、その友達は、セッティングに凝りまくった奴だったので、絶対に他人にセットを触らせなかった記憶がある。
「パーカッションでしょう? 学校の方の知り合いはいないんですか?」
「あ、そうか」
慌てて、つい最近辞めたばかりの学校の学生名簿を引っ張り出す。パーカッション……
打楽器パートに知り合いはそう多くはない。だがゼロでもない。
コール三回。
「もしもし…… 日坂ですけど、ユーキくん?」
一瞬の沈黙。もしもし? ともう一度言うと、
『ハルさんっ。どうしたかと思ったんだよーっ』
あいかわらず軽い奴……
泣き真似のときによく使用する裏声になっている。
『ねえ、もう大丈夫なの?』
「まーね。あのさあ、あなた今日暇?」
『ひまってほどじゃないけど、あなたがオレに用事あるってのなら、すぐにでも』
「ありがと。ちょっと頼みがあるの。えーと」
すぐに家に越させるのは、家が遠い彼にはちょいと酷かな、とハルは思う。電話の線をもて遊びながら、
「とりあえずお茶呑みましょう。学校の近くのあそこ、そう、フルール」
フルール・ド・フルールという名の喫茶店を指定した。
「花の中の花」とう名の店は、沢山の種類の美味しいコーヒーと、種類は少ないが「サイコーっ」のケーキで、学生でよくにぎわっていた。ハルも、これから会いにいくパーカッションのユーキもご多分にもれない。
彼は濃いコーヒーの、砂糖だけ入れて甘くしたものと、その店の特製レアチーズケーキが好きだった。
「幾つでも食えそー」
と言う彼に、よく食えるねー、と評したのはハルである。彼女もわりと甘党ではあったが、彼には負ける。
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