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プロローグ
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それは草木も眠る丑三つ時、らしい。
*
するり。
大きな天蓋つきのベッドから白い、細い足が現れた。
なめらかなライン、細い淡い産毛は目には映らない程。
綺麗な足だ、とそれを見た十人中九人は言うだろう。
その持ち主が男と判明した時―――
まず間違いなく、五人は落胆するかもしれないが、しかし残りの四人は「男でもいい!」と言うに違いない。
音も立てず、気配もなるべく動かさず、ブランケットから抜け出し、彼は柔らかな絨毯の上へと着陸する。
そしてふわりと上着を羽織り、歩き出そうとするが、ふと何を思ったか、ちら、と後ろを振り向く。
くっきりとした大きな目が、今さっきまで自分が居たベッドを見つめる。
二秒。
「気のせいか…」
ふっときびすを返すと、裸足のまま、彼は絨毯の上を歩いて行く。
そしてす、と扉を開けた。
*
さて。
扉が閉まるのを確認すると、ベッドのもう一人の住人がぱち、と目を開く。
「ふう、やっぱり、無駄でしたか…」
彼は大きくため息をつくと、むき出しの腕を毛布から出し、柔らかなくせのある髪をかき回す。
「…うーん、さすがに、ワタシもトシですかねえ…」
だがそれは、つやつやした皮膚と、白髪の一本も見られない様な奴の言う台詞ではない。
「昔はそれなりに、ワタシのことを美青年だと言ってくれるひとも、結構居たんですがねえ…」
性懲りもなくつぶやきながら彼は、ゆっくりと身体を起こす。その胸と言わず腹と言わず腕と言わず、無数の赤い染みが散っている。もっとも、先程自分の横から抜け出した相手にも同じくらいの数のものがついているはずだ。
彼もこう主張する。
「ずいぶんとワタシもがんばったと思ったんですがねえ…」
そして首をゆっくりと回す。ぐきぐき、と露骨な程に関節が鳴る音が広い部屋の中に響いた。
「こりゃあ、やっぱり運動不足でしょうかねえ…」
自覚するくらいならそうだろう。
「でもだいたい、これだって重労働なんですよ、確か一回するんで、百メートル走った後に200cc血を抜くようなもんなんだから…」
全く、と彼はしつこく続ける。
「あのひとときたら、一体いつ体力つけてんだか。大して食ってもいないでしょうに… まあでも、体力作りであのひとに付き合うのはさすがに殺人行為だし…ワタシだろうが誰だろうが容赦してくれるひとじゃあないし…」
彼はぱち、と近くのライトを点ける。そしてぼうっ、と浮かび上がる赤いマホガニィのサイドテーブルの引き出しから、薄型の端末を引き出した。
「運動運動運動… スポーツって言うのもね… うーん、こうなったら、一度船内スポーツ大会でも開きましょうか、何かもっともらしい理由つけて…お?」
四分割された端末の鮮明なモニタには、船内のあちこちの様子が映し出されている。彼はそれを見てくす、と笑う。
「…おやおや、もうこんな所に…」
やがて画面の中から、見覚えのある華奢な背中が消える。
ふふん、と彼は天井を見、端末を見、指をとんとんと膝の上で動かす。
「これはやはり、一度きっちり、釘を刺すことが必要でしょうねえ…先日頼んでおいたこと程度じゃあ、あのひとには所詮一時しのぎでしょうしね…」
さすがに難しい、と彼は実に楽しそうに口元に笑みを浮かべる。
「ホントに難しい。十の博士号取るより難しいですよ、このひとを動かすというのは…面倒で厄介で… ふっふっふ。ま、だから、面白いんですけどね…」
それはのろけだ。
「うーん… しかし、下手に動き回られるとあの場所は…」
ほんの少しだけ表情を引き締めると、彼はううむ、と親指で軽くあごに触れた。
「後で事故でも起こらなければいいんですがね」
だったら初めっからきっちり防げよ、と突っ込みを入れられそうだが、あいにくこの船にそれを出来る者はいなかった。
何故なら彼は、この船「ルーシッドリ・ラスタ号」の船長なのだ。
*
するり。
大きな天蓋つきのベッドから白い、細い足が現れた。
なめらかなライン、細い淡い産毛は目には映らない程。
綺麗な足だ、とそれを見た十人中九人は言うだろう。
その持ち主が男と判明した時―――
まず間違いなく、五人は落胆するかもしれないが、しかし残りの四人は「男でもいい!」と言うに違いない。
音も立てず、気配もなるべく動かさず、ブランケットから抜け出し、彼は柔らかな絨毯の上へと着陸する。
そしてふわりと上着を羽織り、歩き出そうとするが、ふと何を思ったか、ちら、と後ろを振り向く。
くっきりとした大きな目が、今さっきまで自分が居たベッドを見つめる。
二秒。
「気のせいか…」
ふっときびすを返すと、裸足のまま、彼は絨毯の上を歩いて行く。
そしてす、と扉を開けた。
*
さて。
扉が閉まるのを確認すると、ベッドのもう一人の住人がぱち、と目を開く。
「ふう、やっぱり、無駄でしたか…」
彼は大きくため息をつくと、むき出しの腕を毛布から出し、柔らかなくせのある髪をかき回す。
「…うーん、さすがに、ワタシもトシですかねえ…」
だがそれは、つやつやした皮膚と、白髪の一本も見られない様な奴の言う台詞ではない。
「昔はそれなりに、ワタシのことを美青年だと言ってくれるひとも、結構居たんですがねえ…」
性懲りもなくつぶやきながら彼は、ゆっくりと身体を起こす。その胸と言わず腹と言わず腕と言わず、無数の赤い染みが散っている。もっとも、先程自分の横から抜け出した相手にも同じくらいの数のものがついているはずだ。
彼もこう主張する。
「ずいぶんとワタシもがんばったと思ったんですがねえ…」
そして首をゆっくりと回す。ぐきぐき、と露骨な程に関節が鳴る音が広い部屋の中に響いた。
「こりゃあ、やっぱり運動不足でしょうかねえ…」
自覚するくらいならそうだろう。
「でもだいたい、これだって重労働なんですよ、確か一回するんで、百メートル走った後に200cc血を抜くようなもんなんだから…」
全く、と彼はしつこく続ける。
「あのひとときたら、一体いつ体力つけてんだか。大して食ってもいないでしょうに… まあでも、体力作りであのひとに付き合うのはさすがに殺人行為だし…ワタシだろうが誰だろうが容赦してくれるひとじゃあないし…」
彼はぱち、と近くのライトを点ける。そしてぼうっ、と浮かび上がる赤いマホガニィのサイドテーブルの引き出しから、薄型の端末を引き出した。
「運動運動運動… スポーツって言うのもね… うーん、こうなったら、一度船内スポーツ大会でも開きましょうか、何かもっともらしい理由つけて…お?」
四分割された端末の鮮明なモニタには、船内のあちこちの様子が映し出されている。彼はそれを見てくす、と笑う。
「…おやおや、もうこんな所に…」
やがて画面の中から、見覚えのある華奢な背中が消える。
ふふん、と彼は天井を見、端末を見、指をとんとんと膝の上で動かす。
「これはやはり、一度きっちり、釘を刺すことが必要でしょうねえ…先日頼んでおいたこと程度じゃあ、あのひとには所詮一時しのぎでしょうしね…」
さすがに難しい、と彼は実に楽しそうに口元に笑みを浮かべる。
「ホントに難しい。十の博士号取るより難しいですよ、このひとを動かすというのは…面倒で厄介で… ふっふっふ。ま、だから、面白いんですけどね…」
それはのろけだ。
「うーん… しかし、下手に動き回られるとあの場所は…」
ほんの少しだけ表情を引き締めると、彼はううむ、と親指で軽くあごに触れた。
「後で事故でも起こらなければいいんですがね」
だったら初めっからきっちり防げよ、と突っ込みを入れられそうだが、あいにくこの船にそれを出来る者はいなかった。
何故なら彼は、この船「ルーシッドリ・ラスタ号」の船長なのだ。
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